【佐野稔のフィギュアスケート4回転トーク 2014~15ヴァージョン(7)】王者・羽生のライバルに、新星・宇野が名乗りをあげる~2014全日本選手権を振り返って<第1回>
●細部に宿る羽生結弦の強さ
男子については、4回転ジャンプでのミスが相次ぐ形になった全日本選手権でしたが、そのなかで合計「286.86点」と、ひとり別格の点数を出した羽生が、見事3連覇を達成しました。羽生にしてもフリー冒頭の4回転サルコゥで転倒はしたのですが、ジャッジに対して与える印象、アピール度といった部分が、ほかの選手を圧倒していました。
具体的には、技術点に直結するジャンプ、スピン、ステップといった要素「以外の」ところ。たとえば、つなぎの部分で「視線を送る方向」や、スケーティング最中の「表情のつくり方」。そういったプログラムの細部にまで神経が行き届いていて、羽生はそれを完璧にこなしている。今回ショート・プログラム(SP)、フリーの両方で、「演技表現」「音楽の解釈」など5項目ある演技構成点のうち、じつに4項目で9点台をマークしましたが、それだけの高い得点をジャッジも出さざるを得ない。羽生の演技には、総合的な質の高さがあるのです。
●一夜で「ルッツ」を修正してみせた非凡さ
今シーズンの懸念材料だった「ルッツ・ジャンプ」についても、SPの段階ではこれまで同様、身体が前のめりになってしまい、スピードが失われていました。それが一夜明けてフリーになると、しっかりと胸を張って、回転軸が真っ直ぐ綺麗に、氷上に対して垂直になっていた。まったく不安を感じさせないジャンプになっていたのです。
もちろん羽生レベルの選手であれば、「トリプル・ルッツ」は、けっして難しいジャンプではありません。とはいえ、これまでずっと解消できていなかった課題を、わずか一日で克服してみせた。その修正能力の高さには、あらためて舌を巻きました。
フリーを終えた翌日には体調不良を訴えて、エキシビションは不参加となりましたが、中国杯での衝突事故に始まった激動のシーズンを、ほぼノンストップで走り続けてきたのです。疲労も相当蓄積しているはずです。精密検査の結果が、中国杯の後遺症や大事でないことを祈りますが、しばらくゆっくりと過ごすことも必要でしょう。来年3月の世界選手権に備えるためにも、これを休養に充てる良い機会だと捉えて、まずはコンディションを万全に戻して欲しいと思います。
●2014全日本最大の驚き 宇野昌磨の躍進
以前のコラムで、私は「まず全日本で宇野が目標とすべきは、最終グループでフリーを滑ること」と書いたのですが、いきなりの表彰台。彼には「ゴメンなさい」と、素直に謝るしかありません。
山田満知子コーチ、振付師も兼ねる樋口美穂子コーチの指導のもとに頭角を現し、これまでもアイスショーやエキシビションになると決まって参加要請が届く、フィギュア界では有名な存在でした。
私も良い選手だと知ってはいましたが、あれほど精度の高い4回転ジャンプ、トリプル・アクセルができるようになっていたとは…。成長のあまりの速さに、ビックリしました。
実際、昨シーズンまで難しいジャンプはできていなかったのです。ところが、今シーズンに入ってから、瞬く間に自分のモノにすると、それが当たり前のように全日本の大舞台でこなしてしまう。
2週間前にジュニアGPファイナルでバルセロナに遠征したばかりで、疲労も残っていたはずですが、それをものともせず。さらに今回はシニア用のプログラムとして、より高度な演技に挑戦していた。そのうえで獲得した銀メダルなのです。宇野の“ここ一番”での勝負強さ。一度掴んだ感覚を再現できる“フィギュア・センス”などには、羽生結弦と共通するモノを感じます。
もちろんプログラムへの感情移入や表現力など、いまの段階では課題もありますが、あの年齢ならば、それも仕方のないところです。少なくとも全日本選手権での成績では、17歳のときの羽生を超えたわけです(羽生が17歳のとき、2011年の全日本選手権は総合3位だった)。次の平昌(ピョンチャン)オリンピックに向けて楽しみな、羽生のライバル候補が現れました。
●復調の小塚、引退の町田
宇野昌磨のめざましい躍進の前に、無良崇人、村上大介などのシニア勢は、すっかり影が薄くなってしまいました。そのなかで、逆転で3位に食い込んだ小塚崇彦だけが、なんとか面目を保ちました。だけど、フリーの演技直後に見せた会心のガッツポーズほどには、点数が伸びなかった。ジャンプの着氷に乱れのあったことが原因ですが、本来はもっともっとできる選手です。
ちょうど1年前のソチ五輪の代表漏れに始まり、今シーズンが始まってもGPシリーズの表彰台を逃し続けるなど、小塚はずっとモヤモヤしたような演技と成績が続いていました。今大会の銅メダルを、世界選手権に向けた自信と、復調のキッカケにして欲しいと思います。
町田樹の突然の現役引退については、「もったいない」というのが正直な感想です。今年3月の世界選手権で2位に終わった直後、優勝した羽生と並んで受けたインタビューで「来年は容赦なく、ぶっつぶしにいきます」と挑戦状を叩きつけ、平昌五輪まで羽生と町田のふたりにしかできないライバル物語をくり広げてくれ、フィギュア界を面白くしてくれることを期待していただけに、残念でなりません。
と同時に、常に独自の世界を歩き続ける選手だっただけに、引退表明のやり方やタイミングも含めて、「なるほど町田らしいな。周りが何を言っても無駄なんだろうな」といった気もしています。シーズンの始まる前から「今シーズン、日本でベートーベンの第九を演じるのは全日本選手権だけ。僕の第九を全日本に観に来い」といった主旨の発言をしていたのは、引退のことが念頭にあったのかもしれません。なかなか得難いキャラクターなだけに、今後も「町田らしい」形でフィギュア界を盛りあげてくれることを望みます。
●いまの羽生を超えるには
いま日本の男子フィギュア界で羽生結弦に勝とうとすれば、まずは最低限、羽生と同等のレベルか、それ以上のプログラムをこなさなくてはなりません。それには2種類の4回転ジャンプ、そして演技の後半にトリプル・アクセルを2度跳ぶ勇気が必要になります。町田の引退によって、羽生がライバル不在になるのは避けたい。宇野の成長の前に、まずはシニアの選手たちの奮起に期待したい。そういう思いを強くした全日本選手権でした。羽生がミスするのを待っているだけでは、あまりに寂し過ぎます。
※「佐野稔の4回転トーク~全日本選手権を振り返って・第2回」は、あす掲載の予定です。
(佐野稔)
PHOTO by David W. Carmichael [CC BY-SA 3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons