アギーレ監督「八百長」騒動の本質
ずっと前の話だが、路上で突然警官に呼び止められた経験がある。
聞くと、近所で犯罪が起き、容疑者とおぼしき男が口ひげをはやしていたというのだ。その地域をその時間に歩いていて、口ひげを生やした男というだけで、私に疑いの目が向けられたのだ。
現代社会では、どんな人も、突然身に覚えのない容疑をかけられる恐れから逃げることはできない。それがサッカーの日本代表チーム監督でも…。
2011年にスペインのサラゴサを率いていた時期の「八百長疑惑」で、日本代表監督ハビエル・アギーレがスペインで告発されたのが12月15日。1月9日に開幕するAFCアジアカップ(オーストラリア)に向けた日本代表23人のメンバーを発表した直後だった。
「疑惑」のうわさは、9月下旬からスペインで報道されていた。しかし日本サッカー協会はアギーレに遠慮して独自の調査を躊躇し、この「告発」の報道を受けてあわてふためいた。大仁邦彌会長は、協会として責任ある見解を出さず、「顧問弁護士」である「法務委員会委員長」、そして「広報部長」にメディア対応を任せて逃げ回った。
その挙げ句が、12月27日の「アギーレ会見」だった。
「疑惑についての具体的な質問には、弁護士(スペインにいるアギーレ自身の弁護士)の進めにより、何も話すことができない。しかし39年間のプロフェッショナルとしてのキャリアのなかで、汚点はひとつもない。勝つための唯一の道は努力することであり、勝利をプレゼントされたこともないし、望んだこともない」
アギーレはそう繰り返すだけだった。
メディアの圧力に負けて開催されたこの日の会見。そもそもアギーレとしては、本意ではなかったに違いない。私も、この会見は無意味であり、アジアカップへの準備合宿を控えたアギーレをいたずらに疲弊させただけだったと感じた。
「日本のサッカー界を騒がせた」
「日本のサッカーの名誉を傷つけた」
メディアの論調は、こうした点に集約される。
しかしアギーレとしては、メディアが勝手に大騒ぎしているだけであり、有罪が確定するどころか、起訴されるかどうかさえ未定の時点で自分が何か申し開きする義務などないというスタンスなのだ。
現時点における「アギーレ問題」は、ただただ「契約」の問題であると私は考えている。
日本サッカー協会とアギーレは、ことし(2014年)の8月11日に契約をかわした。請負契約である。その契約書には、一方が契約を解除できる条件が書いてあるはずだ。日本サッカー協会が解除できるのはどんな場合か、またアギーレ側から解除できるのはどういう状況になったときか。
日本協会の本音としては、「八百長疑惑」のある監督など速やかに解任したいところだろう。しかし「疑惑」だけでは契約を解除することはできない。「ひげの男」というだけの理由で怪しいと思われたからといって、仕事の契約を解除することなどはできないのと同じだ。
もちろん、裁判の結果有罪になり刑に服することになれば、日本代表監督としての業務は不可能になり、文句なく「解除条件」を満たすことになる。ではスペインでの「告発」の段階では? 起訴になったら?
日本サッカー協会が煮え切らない態度をとっているのは、告発だけでは協会側からの「解除条件」が満たされない、言葉を替えて言えば、仮にアギーレを解任したときにアギーレが不当だと訴訟を起こせば勝ち目がないと見ているからに違いない。
日本の社会であれば、「騒がせて迷惑をかけた」と本人が「辞任」するかもしれない。あるいは、「辞任してくれ」と頼み、その代わりある程度の補償をつけるというような「工作」もあるだろう。
しかし誇り高きメキシコ人であり、国際的な契約社会のなかで戦い続けてきたアギーレにはそんなことは通じない。自ら身を引くのは「有罪」と認めるのと同じであり、当然「休養」や「謹慎」など念頭にあるはずがない。
正式な「起訴」、すなわちアギーレが「被告」となり、裁判開始が決まったときが「解除条件」が整うときだと、私は考えている。「告発」の段階では、アギーレの仕事の都合を考慮して事情聴取が行われるとアギーレの弁護士は話しているらしいが、起訴されて裁判が始まれば仕事の都合など考えてもらえない。当然、日本代表監督としての仕事に影響する。
すなわち、「告発」という現在の時点では、アギーレを外すことはできないのだ。これは「アギーレを信じるか、信じないか」ということとは関係がない。
1月のアジアカップを、日本代表は間違いなくアギーレの指揮のもとに戦う。それ以外の選択肢はない。かなりの雑音が予想されるが、日本代表はプロフェッショナルらしい態度を示さなければならない。
(大住良之)
PHOTO by Елена Рыбакова [CC BY-SA 3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0), CC BY-SA 3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0), GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html) or CC BY-SA 3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons