<パラスポーツ・ピックアップ号外>爽やかにチームで走る~日本のブラインドランナーたち
■防府読売マラソンで、記録ラッシュ
伝統の防府読売マラソンが12月21日、山口県防府市で行われ、視覚障害ランナーの道下美里(OBRC)と和田伸也(若ちゃんFRC)がそれぞれ、日本新記録を樹立した。
道下は2時間59分21秒をマークし、自身がもっていたT12クラス(弱視)の日本記録3時間6分32秒を大きく更新し、女子総合16位(完走225人中)に入った。今年4月にはロンドンマラソンで実施された、IPC(国際パラリンピック委員会)ワールドカップ・マラソンでも好走、3時間9分40秒で銀メダルを獲得している。
【日本新記録樹立を喜び合う道下美里選手(中央)と、伴走者の堀内規生さん(左)と樋口敬洋さん=2014年12月21日/防府市スポーツセンター陸上競技場外(写真提供:樋口さん)】
「1年の集大成と決めたレースで結果を残せて嬉しい。目標を2時間59分20秒に設定し、伴走者の2人と100メートル単位でラップを刻む練習を積んできた。その結果が目標と1秒差でのゴール。完璧なレースができた。チームでつかみとった記録。支えてくださった多くの皆さんに感謝したい。そして、私たち盲人ランナーが走りやすい大会にしてくださった大会関係者にも感謝したい」
スタートから30キロをガイドした堀内規生さんは、「このレースのために、いままで以上に準備し、集中した。同じペースの集団が複数あって道が狭く、なかなか思い通りに走らせてあげられずストレスが溜まった展開だったかもしれない。でも、どうにか踏ん張り(後半を伴走した)樋口さんにつなげられた」と振り返った。
残りの伴走を引き継いだ樋口敬洋さんは、1キロごとの目標通過タイムを書き込んだ特製のラップ表を腕時計と並べて左手首に巻きつけて走った。「このレースは記録にこだわったので通過タイムを細かくチェックした。日々の練習をレースで再現できた道下さんはすごい。でも、きっとこれは彼女にとって通過点。世界の舞台で記録をもっと更新してくれると期待している」と話した。
毎日の練習に裏打ちされたペース感覚と徹底したタイム管理で、道下は前半ハーフを1時間29分58秒、後半を1時間29分23秒という目標通りのペースを刻んでの記録更新だった。
男子でも新記録が誕生した。2013世界選手権マラソン銀メダリストの和田が自らのT11クラス(全盲)の日本記録を43秒縮める2時間35分39秒をマークし、男子総合48位(完走1,853人)でフィニッシュした。
今年10月の仁川アジアパラ競技大会でトラック種目3冠を達成した和田は防府でのレース直前、「仁川での激戦の疲労があるなかで、防府に向けて走り込み、最低限のスタミナは準備できた。自分の走りにしっかり集中し、記録更新を狙いたい。そして、今年1年間、応援してくださった皆さんへの感謝の思いとともに走りたい」と話していたが、有言実行となった。
和田もまた、前半ハーフが1時間18分04秒、後半は1時間17分35秒と理想的なレースを展開した。レース後には、「今年の防府は風が強かったが、ほぼ目標通り。特に終盤がよかった。(ペースを)ガンガンあげて、どんどん選手たちを追い抜くことができた」と達成感を口にした。
前半を伴走した中田崇志さんも、「和田さんと2人の伴走者の3人がそれぞれ役割を果たした結果。プラン通り、きっちり走れた」と振り返る。後半の伴走は行場竹彦さんが勤めた。
■好走を支えた取組み
日本盲人マラソン協会(JBMA)は、防府マラソンを来年4月にロンドンで行われるIPCマラソン世界選手権の代表選考レースの一つに指定していた。そのため、道下や和田らJBMA強化指定選手が男女合わせて10名以上出場したが、その多くが重要なレースで自己記録更新の快走を見せた。
快走の要因はなにか? JBMA理事で日本パラ陸上競技連盟強化委員長の安田享平氏はまず、「選手と伴走者のコミュニケーションのよさ」を挙げる。「今回は多くの選手が、練習や戦略についてガイドとしっかり話し合い、目標達成へのシミュレーションができていた」と評価する。
視覚障害の程度により単独で走る選手もいるが、大半は伴走者のガイドによって走る。二人三脚でゴールを目指すには足を合わせ、気持ちを合わせることが欠かせない。強化選手といっても、日々の練習はJBMAの指導ではなく基本的に各選手と伴走者に任されている。密なコミュニケーションは信頼関係も強くする。
安田氏はまた、強化選手対象の合宿の充実も好走の要因に挙げた。合宿は毎月1回程度、主に千葉県富津市で開催しているが、参加は強制ではない。だが、対象選手のほとんどが、仕事や家事をやりくりし、自身で伴走者を探して参加する。
【JBMの強化指定選手の合宿で、インターバル練習に挑む選手たち=2014年5月4日/千葉県富津市】
合宿ではパラリンピックなどで活躍した選手や息の長いベテランらと身近に情報交換でき、並んで走ることで刺激し合える。「伴走者も含めた『チーム』としてかみ合い、いい形でパワーアップできた。そうした1年間の取り組みの成果が今年最後のレースで出た」と安田氏は手応えを話す。
さらに、数年前から導入している強化指定制度も好走を後押したと話す。強化指定を受けるにはフルマラソンの記録など条件が求められるが、今年度は男女合わせて約20人が指定されている。
「近頃は強化指定に対する選手の価値観が高まり、『選ばれたい』『残りたい』という強い意思を選手のなかに感じる。それが練習での集中力を生み、切磋琢磨につながっている」と安田氏はいう。
■質と量の向上を目指して
JBMAのこうした取り組みもあり、日本選手はこれまでパラリンピックでのメダルなど実績を残しているが、世界で戦う上でチーム一丸となって取り組むべき課題がもう一つある。マラソンに挑戦するブラインドランナーの存在を世界にアピールすることだ。世界的にはまだ競技人口は少なく、大会数も少ない。例えば、仁川アジアパラ競技大会ではマラソンは出場国と選手数が足りず、競技不成立となり実施されなかった。
特に女子選手は少なく、そのためパラリンピックではまだ、女子マラソンは実施されていない。昨年から始まったワールドカップでは女子の部も設けられ、日本は今年初めて4選手を派遣したが、あとはスペインとアメリカから各1名の全6選手と国際大会として成立するギリギリの状況だった。
【ロンドンマラソン女子視覚障害の部日本代表選手団。前列左から、伴走者の堀内規孝さん、樋口敬洋さんと道下美里選手、JBMA事務局の木之下仁さん、後列左から、伴走者の松浦幸雄さんと金野由美子選手、伴走者の溝渕学さんと西島美保子選手、藤井由美子選手と伴走者の大八木和佳子さん=2014年4月11日/羽田空港国際線ターミナル】
安田氏は、「競技人口が少ないことを理由に、頑張っている選手まで出場のチャンスがなくなることは避けたい。そのためには道下選手のようなタイムでのアピールとともに、競技人数でのアピールが不可欠だ。IPC世界選手権やIBSA(国際視覚障害者スポーツ連盟)競技会など出場できる大会にはすべて選手を送り、女子マラソンをアピールしたい」と話す。最大の目標は女子マラソンのパラリンピックでの採用だ。
競技人口の問題は特にパラスポーツにとっては切実だ。障害という前提条件が必要だから簡単には増えない。だが、人数は少なくても、マラソンに挑み日々努力している選手は確かにいる。大会とは、そうした努力の成果を発表できる場であり、そんな場を望むのはアスリートなら当然だ。
JBMAでは4月の世界選手権に男女各最大6選手を派遣する意向で、参加標準記録や選考レースの結果から来年1月の理事会で代表選手を決定する予定だという。自身の走力アップと世界へのアピール・・・。さまざまな期待とプレッシャーを背負ったブラインドランナーたちの挑戦をこれからも応援したい。
(星野恭子/文・写真)