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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(408) デッドヒートにワクワク。パラ陸上のハイレベルなライバル対決に注目!

パラスポーツは一般に競技人口が少なく、たとえば、パラ陸上競技では同程度の障害に分かれて競う「クラス分け」があるため、国内大会でライバル対決が見られるクラスはそう多くはありません。しかし、東京パラリンピックに向けた選手発掘事業などを機にパラスポーツをはじめたり、他競技からの二刀流選手、さらには陸上競技経験者がパラ陸上に転向するケースなど、少しずつ競技人口も増えてきています。

たとえば、パラ陸上は5月にジャパンパラ大会(京都)、6月に日本選手権(神戸)と公式戦があいついで開催されましたが、ワクワクするライバル対決がいくつも見られました。

まずは、男子視覚障害T11(全盲)クラスの和田伸也選手(長瀬産業)と唐澤剣也選手(SUBARU)です。昨夏の東京パラリンピックでも1500mと5000mでメダル争いを演じた二人ですが、さらにレベルアップした競り合いを見せてくれています。

ジャパンパラでは800mで直接対決が実現。唐澤選手がスタートからハイペースで飛ばし2分5秒68のアジア新記録で勝利したものの、残り100mから猛追した和田選手も100分4秒差のタイムというデッドヒートでした。日本選手権では1500m、5000mで顔を合わせ、こちらは和田選手が2種目とも先着するなど切磋琢磨を続けています。

2022ジャパンパラ陸上競技大会の10000mで力走する和田伸也選手(左)と長谷部匠ガイド。T11(全盲)クラスのため、ガイド(伴走者)とテザーと呼ばれるロープを握り、視覚情報のサポートを受けながら走る。チームワークが欠かせない(撮影:星野恭子)

中長距離からマラソンまで走る二人は記録も分け合っています。現在(6月1日時点)での日本記録をみると、唐澤選手が800m(2分5秒68=アジア記録)と5000m(14分55秒39=世界記録)を、和田選手が1500m(4分5秒27=アジア記録)と10000m(32分39秒29=アジア記録)、さらにマラソン(2時間26分17秒=世界記録)を保持しています。二人がいかに「世界レベル」のライバル同士かがわかります。

スプリント種目にも注目です。まずは男子上肢障害クラスで、成長株の三本木優也選手(京都教育大学)と東京パラ5位入賞の石田駆選手(トヨタ自動車)です。ジャパンパラの100mで、追い風(+2.6)参考記録ながら、三本木選手が10秒85、石田選手も10秒86という好タイムをマークしました。パラ陸上の公認大会で100m10秒台を記録した日本人選手は初めてのことで、スタンドはどよめきました。

実は障害クラスは石田選手がT46(片上腕の障害など)、三本木選手が少し障害の重いT45(両上腕の障害など)と異なっていて、日本記録は現在、石田選手がもつT46が11秒05、T45 は三本木選手の11秒07です。ちなみに、それぞれの世界記録はT46が10秒29、T45が10秒94となっています。

ただし、パラリンピックではより障害の軽いT47も含めた3クラスのコンバインド(混合)で一つの金メダルを争います。二人とも、高校や大学の陸上部で活躍し、東京パラを目指してパラ陸上に転向してきました。三本木選手はクラス分けの関係もあり、出場がかないませんでしたが、次のパリでは「表彰台を目指したい」と意気込みます。

また、視覚障害T13(軽度弱視)クラスも「パラ転向組」が多く、激戦必至のクラスとなっています。一足早く2020年秋からパラの大会に出場し始めた福永凌太選手(中京大クラブ)はもともと大学陸上部で10種競技選手として活躍した実績もあり、現在はパラの5種目(100m、200m、400m、走り幅跳び、円盤投げ)で日本記録をもつオールマイティなエースです。

2022ジャパンパラ陸上競技大会の400mを制した福永凌太選手。T13(軽度弱視)クラスの選手で、ガイドはつけず、自身の視力や視野で走るルールとなっている。ちなみに、左奥は同じT13クラスの選手たち、右奥はT11の和田選手と長谷部ガイド。パラ陸上では出場選手が少ない場合、異なるクラスの選手が同レースで走ることもある(撮影:星野恭子)

しかし、5月のジャパンパラから吉田匡貴選手(陸上物語)が、さらに6月の日本選手権から川上秀太選手(アスピカ)と石山大輝選手(聖カタリナ大)という、高校や大学の陸上部出身者が新たに100mに参戦しました。福永選手を含めたデッドヒートを制したのは川上選手で、マークした10秒73はT13男子の日本記録を0.48秒、アジア記録も0.3秒上回るほどの好記録でした。200mも日本記録を0.63秒も上回る22秒14で二冠を果たしました。

さらに、100mで11秒05をマークし、福永選手を抑えて2位に入った石山選手は走り幅跳びで初優勝。マークした7m03(+0.9)は日本記録(6m81)とカザフスタン選手のもつアジア記録(6m93)をも上回る7m03(+0.9)の大ジャンプでした。残念ながら、川上選手も石山選手もクラス分けが未確定のため、クラス分けの規定上、新記録としては認定されませんが、大きな可能性を感じさせるパフォーマンスだったのは間違いありません。100mを軸に、福永選手は400m、川上選手と吉田選手はスプリント種目、石山選手は走り幅跳びとそれぞれメイン種目が異なる点も見どころが多く、楽しみです。

車いすクラスでも新たなライバル関係が生まれています。東京パラで400mと1500mの二冠に輝いたT52クラスの佐藤友祈選手(モリサワ)ですが、パリパラリンピックでは1500mが実施除外となってしまったため、「400mと100mで二冠」の目標を掲げ、今季から100mにも参戦を始めたのです。

2022ジャパンパラ陸上競技大会の1500mで力走する佐藤友祈選手。この日は他に、100mと400mにも出場し、「ヘトヘトです。でも、新たなチャレンジは楽しい」と笑顔を見せた (撮影:星野恭子)

T52クラスの100mでは東京パラ銀メダルの大矢勇気選手(D2C)が第一人者で、ジャパンパラ、日本選手権とも先着しましたが、持久力が持ち味の佐藤選手は「新たな挑戦は楽しい」と話し、今はスタートダッシュの強化に取り組みます。一方の大矢選手も「選手が増えることは競技のレベルアップにもつながる」と佐藤選手の挑戦を歓迎。とはいえ、100mのスペシャリストとして、「もっと上げていきます」と、その座を簡単に譲るつもりはありません。さらには、2018年アジア大会で優勝し、東京パラ出場を目指していた伊藤竜也選手(新日本工業)も加わり、目が離せないメダリスト同士の戦いとなっています。

女子ではT63(片大腿義足など)の走り幅跳びに注目です。東京パラ4位の兎澤朋美選手(富士通)と同5位の前川楓選手(新日本住設)が競り合っています。現在は兎澤選手が5月に樹立した4m79の日本記録を持っていますが、前川選手もこの春、スペインやイタリアなどヨーロッパで長期合宿を張り、その間に自己ベストを4m58まで伸ばしています。兎澤選手もこの夏、さらなるレベルアップを狙い、ドイツでの長期合宿を予定しています。武者修行帰りの二人の直接対決が今から楽しみです。

このように、さまざまな障害クラスで、「ライバル対決」が見られるようになってきたパラ陸上。ぜひ、ご注目ください。

(文:星野恭子)