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【佐野稔のフィギュアスケート4回転トーク 2014~15ヴァージョン⑥】ジュニアから新しい風の吹く予感~ GPファイナルを振り返って<第3回> 

●17歳とは思えないトゥクタミシェワ 完全復活の金メダル

 出場6選手のうち、じつに4人がロシア勢だった女子ですが、優勝したエリザベータ・トゥクタミシェワの放つ輝きは、ほかの3人とはやや趣が異なっていました。大人の表現力とでも言うのか。ときに妖艶さすら感じさせる演技は、とても17歳とは思えなかった。

 

 2位に入ったエレーナ・ラジオノワが15歳、ユリア・リプリツカヤとアンナ・ポゴリラヤは16歳と、年齢だけ見れば、それほど大きな差はないのに、トゥクタミシェワが表現する世界と較べると、かなり‘子ども’みたいな印象を受けるほどでした。

 

 トゥクタミシェワは14歳のとき、シニアデビュー戦となった2011年のスケート・カナダでいきなり優勝。ところが、その後体重の増加に苦しみ、関係者の間では「もう終わった」と囁かれていたのです。それが今シーズン、復活を果たしたことで、私も注目していた選手です。

 

 17歳らしからぬ、あの表現力は、そうした挫折を乗り越えたところに由来するのかもしれません。技術的にもひじょうに質が高かったし、SP(ショート・プログラム)、フリーとしっかり揃え、観ていた誰もが納得のGPファイナル制覇でした。

 

●健闘の本郷だが、足りないものも浮き彫りに

 グレイシー・ゴールド(アメリカ)の負傷欠場により、急遽くり上げ出場となった本郷理華ですが、フリーでのジャンプのミスが響き、自身初のGPファイナルは最下位の6位に終わりました。

 

 それでも、SPでは自己最高となる60点台をマークしましたし、ファイナル独特の緊張感のなか、本人なりによく頑張っていた。けっして悪い内容ではありませんでした。

 

 それでもやはり、観ている人を魅了するための技術であったり、柔軟性を活かした振り付けの妙であったりといったところでは、ロシアの選手たちに見劣りがしました。そうした自分に足りないものを目の当たりにできたことが、彼女にとって何よりの収穫だったのではないでしょうか。

 

 シニアデビューしたばかりで、まだ新鋭のイメージがある本郷ですが、今回優勝したトゥクタミシェワや、ソチ五輪金メダリストのアデリーナ・ソトニコワは同じ年の生まれ。そのほかの今回GPファイナルに出場したロシア選手たちは、みんな年下なのです。

 

 いつまでも若手の立場ではいられないのが現実です。26日から始まる全日本選手権には、村上佳菜子や宮原知子といった先輩たちの胸を借りるのではなく、来年3月の世界選手権の出場切符を掴み取るくらいのつもりで、真正面から勝ちに行って欲しいと思います。

●宇野、樋口 新しい風が吹きそうな日本フィギュア

 今回GPファイナルと並行して開催された、ジュニアのGPファイナルには、男女合わせて日本人選手が5人出場。そのうち、宇野昌磨(しょうま)と山本草太が男子の1位、2位に。女子では樋口新葉(わかば)が3位に入り、じつに3選手がメダルを獲得しました。日本のジュニア勢は近年、世界大会で苦戦を強いられていただけに、羽生結弦の優勝に匹敵するくらい。スケート連盟の喜びは、相当大きかったことでしょう。

 

 宇野は、4回転ジャンプ、2度のトリプル・アクセルを成功させたフリーで163.06点。合計238.27点と、どちらもジュニアの世界最高得点で、日本人選手3人目のジュニアGPファイナル優勝者になり、いまのままでもシニアの一角に食い込めるだけの技術を持っています。

 

 ただ、ジュニアの場合、男子フリーの滑走時間は4分と、シニアより30秒間短いのです。たかが30秒と思われるかもしれませんが、体力的に最も厳しいフリー終盤での30秒だけに、けっして小さな違いではありません。宇野は今度の全日本選手権に出場する予定ですが、まずはSP6位以内。フリーを最終グループで滑ることが、当面の目標になるでしょう。

 

 SPでジュニアの歴代最高得点をマークした山本は、ひじょうな綺麗にトリプル・アクセルを決めていました。どうやら本番でトリプル・アクセルに成功したのは、今回のSPが初めてだったそうですが、その勝負強さも“買い”です。フリーではトリプル・アクセルがシングル・アクセルになってしまい、宇野に逆転を許しましたが、そのほかの要素はキッチリ決めていました。自分のできることを最大限にやっていた印象です。

 

 山本も全日本選手権に出場しますが、いまの男子シニアでは4回転ジャンプがないと、勝負になりません。ですから、まず山本の場合はジュニアGPファイナルと同じく全日本でも、いまできることすべてを出し切って欲しいと思います。

 

 シニア同様、ジュニアのGPファイナルも、女子ではロシアの選手が1位、2位を占めたのですが、樋口の演技はそのふたりに、まったく引けを取ってはいませんでした。SPでのトリプル・フリップが「eマーク(ロングエッジ:誤ったエッジで踏み切った)」と判断されたことが響き、順位は3位に終わったものの、かなり難易度の高いプログラムに取り組んでいましたし、3回転+3回転のコンビネーション・ジャンプも自在に操っていました。

 

 何よりそのスケーティングには圧倒的なスピード感、観る者を惹き込むような迫力があるのです。シニアのお姉さんたちが悠長に構えているようだと、もしかしたら樋口が全日本選手権の表彰台に昇っているかもしれない。場合によっては一番高いところだって、あり得るんじゃないか。そう思わせるくらいの魅力。日本の女子フィギュアに新しい風を吹かせてくれる予感が、彼女の滑りにはあふれていました。

 

 今回はミスが出てしまい、それぞれ5位、6位に終わった永井優香、中塩美悠の両選手も、良い素質を持っていることは伝わってきました。今後の飛躍が楽しみです。

 

●世界が注目する「全日本選手権」

 もちろんジュニア勢だけではありません。12月26日からの全日本選手権には、NHK杯で優勝した村上大介、実績十分の小塚崇彦、田中刑事や日野龍樹たちも、おそらく準備万端に待ち構えていることでしょう。

 

 女子については、今年は誰が勝っても初優勝になります。昨年は日本フィギュア界の歴史に残るような大熱戦の末、当時28歳の鈴木明子さんが出場13回目にして悲願の初優勝を成し遂げ、私たちの涙腺を緩めてくれました。今年はいったい何が起こるのか。正直予想はつきません。

 

 男子については、いま世界一レベルの高い競争が、日本でくり広げられています。10代、20代の若い方たちにはピンと来ないかもしれませんが、上村春樹さん、山下泰裕さん、斉藤仁さん…。かつて柔道男子の重量級では「日本王者」=(イコール)「世界王者」を意味していた時代がありました。それと同じように、いまの日本で男子フィギュアの頂点に立つためには、世界のトップになるくらいの力量が求められます。なにせ越えるべき相手が、羽生結弦なのです!

 

 国内大会ではありますが、今シーズンの全日本選手権は、まさしく世界レベル。全世界のフィギュア・ファン注目の大会になることでしょう。

 

※次回の「佐野稔のフィギュアスケート4回転トーク」は全日本選手権終了後、掲載の予定です。

 

(佐野 稔)

PHOTO by David W. Carmichael [CC BY-SA 3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons

(2011 Skate Canada International)