「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(396) 障がいのある人もない人も「まぜこぜ」で競い合う、「オール陸上」初開催!
斬新なコンセプトの陸上競技大会、「オール陸上競技」が3月21日と26日、27日と3日間にわって東京・駒沢陸上競技場などで開催されました。障がいの有無や年齢、競技経験などにかかわらず、基本は「誰でも」参加でき、一緒に競い合えるという大会です。
東京パラリンピックを機に共生社会の認知が広がりつつあるなかで、多様な人が一緒に競技場に集い、陸上競技を楽しむことで、互いを理解し認め合うことなどを開催の趣旨とし、日本知的障がい者陸上競技連盟と東京陸上競技協会が主催し、日本パラ陸上競技連盟と日本デフ陸上競技協会が共催する形で、初めて開催されました。
パラリンピックや国内のパラ競技会では障がいの内容や程度に応じた「クラス」ごとに分かれて競いますが、「オール陸上」では健常者も、さまざまな障がいのある人たちも、基本的に「持ちタイム」で組み分けされて競います。たとえば、中・高校生の隣に義足のパラリンピアンがいたり、伴走者と走る視覚障がいランナーがいたり、これまでの大会ではなかなか見られない「対決」もありました。
「障害の有無など問わず、誰もが競い合える『オール陸上競技フレンドリー記録会』。伴走者と走る視覚障害ランナー(左)や義足のランナー(右から2人目)が健常者と混じって疾走
大会はより幅広く多くの人が挑戦できるように、21日は小学生対象の部などもある「フレンドリー記録会」、26日は投てき種目、27日はより競技性の高い「チャレンジ記録会」に分かれて実施されました。
多様な人が同時に公平に競い合えるよう、それぞれのニーズに応じたさまざまな配慮もされていました。たとえば、聴覚障がいのある人向けに手話通訳士が情報伝達のサポートをしたり、号砲の代わりに光でスタートを知らせる「スタートランプ」が導入されました。また、選手に何らかの障害がある場合はプログラムの選手名の横に印を入れる工夫をしたことで、一緒に走るランナーも審判も配慮のきっかけにもなるなど、「少しの工夫で、誰もが一緒にレースができる」ヒントが随所に見られました。
聴覚障害のあるランナーにスタートのタイミングを知らせる「スタートランプ」を体験するゲストの川内優輝選手(左)。ランナーの脚の間にあるランプの色が変化し、赤が「位置について」、黄色が「ヨーイ」、白が「ドン(スタート)」を意味する。5月のデフリンピックでは日本製のスタートランプが使用される予定
21日の「フレンドリー記録会」には目や耳の不自由な人、体のまひや知的な障がい、車いすや義足の人など何らかの障がいのある180人を含む約300人が短距離走や走り幅跳び、リレーに参加しました。競技用でなく日常用の車いすで参加可能な種目も設定。記録会後には競技用車いすなどの体験会やかけっこ教室なども行われました。
ゲストの一人、プロマラソンランナーの川内優輝選手(あいおいニッセイ同和損保)はこの日、スペシャルリレーに参加し、日本パラ陸連の増田明美会長らとバトンをつないで笑顔。「長距離選手なので、リレーは15年ぶりくらいだったが、これも『オール陸上』の魅力。義足の選手が隣にいたり、こういう大会が東京だけでなく、日本各地に広がってくれると嬉しい」と話していました。
3月21日は国連が制定した「世界ダウン症デー」でもあり、26人のダウン症の人がかけっこ教室などを中心に参加していました。近年、ダウン症の人にもスポーツの機会を広げようと、知的障害クラスに、新たにダウン症クラスを追加する動きも出ています。今後、国際大会での活躍も期待されます。
3月21日の世界ダウン症デーを記念して招待されたダウン症の人たちを対象に、かけっこ教室も行われた。実業団選手による走り幅跳びのデモンストレーションでは大ジャンプに大歓声が
27日の「チャレンジ記録会」にも300人以上が参加。その名の通り、多くのチャレンジがあり、日本新やアジア新など計12個の新記録も誕生しました。たとえば、義足のパラリンピアンで、走り幅跳びなどのメダリスト、山本篤選手(新日本住設)が800mに出場し、2分52秒06をマークして、T63 (片大腿義足など)クラスの世界記録を樹立しました。
「世界記録を狙って挑戦した。ペース配分を考えながら走った」と話し、目標達成に笑顔。21日のフレンドリー記録会では専門の走り幅跳びに出場しましたが、800mと5000m(25分02秒22でフィニッシュ)と専門外の種目に出場しました。
「僕自身、いろいろなこと(トライアスロン、スノーボード、ゴルフなど)に挑戦しながら成長してきた。今年はいろんなことを試しながら、来年の(パラ陸上の)世界選手権に向かいたい。今日は、いろいろな人がチャレンジするきっかけになればというメッセージ性もこめて、専門外の種目にもチャレンジした」
専門外の800mに挑戦し、T63 (片大腿義足など)クラスの世界新記録を樹立した山本篤選手(右)と日本パラ陸上競技連盟の増田明美会長
パラリンピアンのほか、大会を通して目立ったのは聴覚に障害のある「デフ」の選手たちです。なかには、5月(1月~15日)にブラジルで開催予定のデフリンピック日本代表選手たちも多数、健脚を披露。最終種目の男子4x100mリレーでは、「バトンパスにミスが多かった」(アンカー佐々木琢磨選手)というなか、43秒27と他を圧倒するスピードで優勝。
2走を務めた北谷宏人選手は「リレー以外の種目の選手たちとも力を合わせて、ブラジルでいい結果を残せるように頑張りたい」と話し、短距離のエース、山田真樹選手は「世界記録を更新して優勝したい」と活躍を誓っていました。デフリンピックもぜひご注目ください。
デフリンピックの陸上競技日本代表の選手たち。左から山田真樹選手、坂田翔悟選手、北谷宏人選手、山本剛士選手、佐々木琢磨選手
日本パラ陸連の増田明美会長は、「陸上という名のもとに、みんなが集まれる大会になった」と大会を総括。また、大会実行委員長で、日本知的障がい者陸連の奥松美恵子理事長は、「障害があるとかないとかが、気にならない大会だったかと思う。こういうことがあたりまえの社会が早く来るといい」と苦労の末にようやく実現した大会への手ごたえを口にしました。
さらに、「選手だけでなく、運営や審判などもさまざまな人の協力があり、まさに『オール陸上』だった。『東京モデル』として、全国に広がれば。できるところから始めていきたい」と今後への展望も話しました。
「オール陸上競技」大会はスポーツ庁の委託事業として開かれ、3月27日には同庁の室伏広治長官(左)も激励に。「健常者と障害者が一緒に競いあい、また応援する方や審判の方など、皆さんで開いた素晴らしい大会」
コロナ禍による無観客開催がとても残念でしたが、取材していても楽しく、可能性を感じた大会でした。ぜひ、「次回」を期待したいと思います。
(文・写真:星野恭子)