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佐野稔のフィギュアスケート4回転トーク 2014~15ヴァージョン②主役は日本男子とロシア女子~グランプリシリーズ前半戦

●髙橋大輔引退をよい刺激にした日本男子

 前回(11月11日掲載)は羽生結弦の話題に終始しましたので、今回は前半の3大会を終えたグランプリ(GP)シリーズのここまでを振り返っていきます。まずは男子についてですが、まるで「日本勢のためにやっているような」シリーズになっています。

 

 開幕戦となったスケート・アメリカでは、ジェレミー・アボット(アメリカ)、デニス・デン(カザフスタン)といった過去のGPシリーズの優勝経験者や五輪メダリストが集まったなか、町田樹が頭ひとつ抜け出す形で優勝してみせた。見事でした。今年3月の世界選手権が終わった直後、並んでテレビのインタビューを受けていた羽生に対して「来シーズンは自分が世界一を獲りに行く」ことを宣言していましたが、まさに有言実行。もともとの彼の特長であった「自分の世界」を、さらに突き詰めている。いつでも「町田ワールド」をつくることができ、そこへ自在に入って行けるようになっている。動きのひとつひとつがより洗練されている印象を受けました。

 

 続くスケート・カナダで優勝した無良崇人については、うまくまとめることさえできれば、良い順位に行くかと思って観ていたのですが、演技全体に落ち着きが出てきました。一昨年11月のエリック・ボンパール杯でGPシリーズ初優勝をした実力者です。去年の5月に第一子が誕生して、父親になったと聞きましたが、そのことも精神的にプラスに働いているのではないでしょうか。無良自身、いち早く「4年後の平昌(ピョンチャン)オリンピック」を目指すことを公言していますが、このまま良いスタートのシーズンにして欲しいです。

 

 中国杯での羽生のアクシデントで3大会連続優勝こそなりませんでしたが、今シーズンも日本勢同士でのレベルの高い切磋琢磨が続いています。2000年代前半から、日本の男子フィギュアを牽引してきたエース髙橋大輔の引退で、多少は競争が鈍くなるのかとも思ったのですが、むしろ髙橋が抜けて空いたポジションを、みんなが「俺が奪ってやる」くらいのつもりで、良い方向の刺激にしています。

 

 だからこそ、敢えて厳しく言わせてもらいますが、スケート・カナダでの小塚崇彦の内容には「どうしちゃったの?」と、不満が残りました。ソチ五輪の代表選考の3枠目に髙橋が入ったことで、誰よりも悔しい思いをしたのは小塚だったはずです。ぜひ次のGPシリーズ、ロステレコム杯(11月14~16日)では「俺を忘れるなよ」と言わんばかりの、大いなる巻き返しを期待しています。

 

●女子の主役はロシア勢

 女子についても、スケート・カナダで宮原知子が、中国杯では村上佳菜子が、それぞれ3位で表彰台にのぼりました。スケート・アメリカで8位だった今井遥も含めて、充分に健闘していると言えます。休養中の浅田真央、引退した鈴木明子、安藤美姫ら、表彰台が当たり前だった選手たちが比較の対象になるので、どうしても物足りなさを覚えるかもしれませんが、彼女たち個々の演技を見れば、着実に成長していることは間違いありません。

 

 ただ、その印象を薄くしてしまっているのが、ロシア勢の大活躍です。彼女たちのインパクトがあまりに強すぎて、日本の女子選手たちが大きく遅れを取ってしまったかのように映ります。ソチ五輪金メダリストのアデリーナ・ソトニコワがまだ登場していないにも関わらず、ここまでのGPシリーズ3大会すべてで優勝、2位が2度。男子のGPシリーズは「日本勢のためにやっているような」と言いましたが、女子については「ロシア勢のためにやっているような」シリーズになっています。

 

 この背景には、やはりソチ五輪の開催があります。プーチン大統領の大号令のもと、国を挙げて取り組んだ強化策が見事にハマった結果、若く優秀な才能が次々に開花しています。スケート・アメリカで2位、中国杯で優勝したエリザヴェータ・トゥクタミシェワなどは、一時期かなり体重が増えてしまい「もう終わった」とささやかれていた選手ですが、本来の輝きを取り戻しています。女子フィギュアは、しばらくロシアの時代が続くかもしれません。それに引き替え、ロシアの男子は、お世辞にも強化が上手くいっているとは言えません。なんとも不可思議と言うか、興味深いところです。

●ロシア勢を止めるカギは、ジュニアの選手たち!?

 じつはシニアのGPシリーズに先駆け、8月から行われていたジュニアのGPシリーズでは、7大会すべてで日本人選手が表彰台に立ち、男子は宇野昌磨(中京大中京高)と山本草太(邦和スポーツランド)、女子では樋口新葉(日本橋女学館中)、永井優香(駒場学園高)、中塩美悠(広島スケートクラブ)のあわせて5選手が、12月のジュニアGPファイナルに出場することが決まっています。五輪の翌シーズンは休養に充てるトップスケーターも多い反面、こうした次世代の選手たちの台頭を見ることができます。

 

 この2~3年、日本のジュニア勢は世界大会で苦戦を強いられ、表彰台から遠ざかっていたのですが、連盟の地道な強化策が実り、将来楽しみな選手たちが育ってきています。なかには11月22~24日の全日本ジュニア選手権(新潟アサヒアレックス・アイスアリーナ)が終わったあとで、シニアデビューする選手が出てくるかもしれません。宮原、村上、今井をはじめとするシニアの女子たちにとっては、これ以上ない発奮材料でしょう。そうやって互いに刺激し合い、全体のレベルが上がっていくことが、ロシア女子の独走を止める最善の策なのかもしれません。

 

●うまく大会を引き締めているルール改正

 もうひとつの今シーズンの注目ポイントに、ルール改正があります。特に話題になっているのが、シングルとペアでヴォーカル(歌詞)入りの曲が解禁されたことです。本音を言うと、今シーズンが始まって、まだテレビ観戦しかしていなかったときには、なんだかエキシビションを見せられているような違和感がありました。ところが、実際に公式戦の会場に足を運んで、その現場のなかに身を置いてみると、やはり従来と変わらない緊張感があって、テレビの前で気になっていた違和感など、すっかり吹き飛んでいたのです。

 

 私が「このヴォーカル曲の使い方は魅力的だな」と特に印象に残ったのは、中国杯のフリーで閻涵(エン・カン)が使用した「Fly Me to the Moon」です。最初はインストゥルメンタルでスタートして、サビになるとフランク・シナトラの唄声が聴こえてくる。さらにピアノ・ソロ、ビッグ・バンドによる演奏があって、最後にまたシナトラのヴォーカルで締めくくられるのですが、あからさまな編集ではなく、演出が巧みで、聴き慣れたはずのスタンダードナンバーがとても新鮮に聴こえました。閻涵の出来は本来のものではありませんでしたが、氷上の演技にもひじょうにマッチしていました。ただ、あまりに音楽の演出に凝りすぎると、肝心の演技のほうが“食われて”しまう懸念も感じました。ヴォーカル曲を使う選手には、その歌詞が描く世界に負けないくらいの、豊かな表現力が求められそうです。

 

 選手が名前をコールされてからスタート位置につくまでの時間が30秒間に縮まったことも、間延びせず心地のよい進行につながっています。また、ルッツとフリップ、ふたつのジャンプの踏み切りを厳しく判定するようになりましたが、この2種類のジャンプに不安がある選手は、最初から捨てている傾向が見られます。ほかにもフリーでの2回転ジャンプは1種類につきそれぞれ2回までになるなど、ジャンプにまつわる制限が増えています。跳べるジャンプの種類の少ない選手にとっては、工夫のしどころでしょう。

 

 いずれにせよ、今シーズンのルール改正には「かえって悪くなったんじゃないか」といったような項目がなく、現時点ではおしなべて大会全体を引き締めるプラスの効果をもたらしているように、私は感じています。

 

(佐野稔)

PHOTO by en:User:Dr.frog (en:Image:Figure-skates-2.jpg) [Public domain], via Wikimedia Commons