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荒井太郎のどすこい土俵批評(12)【九州場所展望】“百年に一人”の“怪物”逸ノ城の弱点はコレだ!

 先の秋場所は15日間のうち14回の「満員御礼」。これは17年ぶりのことで回復基調にある大相撲人気が、いよいよ本格的に軌道に乗り始めたと言えそうだ。その“立役者”は千代の富士と並ぶ31回目の優勝を果たした横綱白鵬でもなければ、昨今のブームの“火付け役”の遠藤でもなく、まだマゲも結えない入門から5場所目の新入幕、逸ノ城であったことに、異論を挟む者はいないだろう。

 

 “幕内デビュー場所”は1横綱2大関を撃破して13勝。100年ぶりとなる新入幕優勝の可能性を千秋楽まで残すという、驚愕の活躍ぶりだった。9日に初日を迎える九州場所は一気に新関脇に躍進。入幕2場所目での昇進は史上最速のスピード出世である。

 

 192センチ、199キロという巨漢でありながら、動きも俊敏。右四つ、左上手の型を持ち、決して攻め急ぐことのない冷静沈着な相撲ぶり。加えて落ち着き払った土俵上の態度は、とても21歳の新鋭とは思えないほどの貫録すら感じさせる。

 

 大関稀勢の里戦や横綱鶴竜戦で見せた立ち合いの変化は賛否両論あるが、新入幕でしかも初顔で平気でやってのけるとは、かなりの強心臓の持ち主とも言えよう。稀勢の里戦は「相手が待ったをしたので」、鶴竜戦は「最初から決めていた」というから、なかなかの策士でもある。

 

 武双山、雅山、把瑠都…、過去にも“怪物”と呼ばれた逸材はいたが、逸ノ城は彼らとは明らかに一線を画す。立ち合いで突っ込むわけでもなく、チャンスが訪れるまで慌てることがない。ただし、廻しを取ってからの攻めは速く、投げや叩くときの体の開きも素早い。先場所は白鵬戦を除けば“ポカ”と言えるのは、勢戦での最後の呼び込むような上手投げぐらいだ。千秋楽は安美錦が肩透かしにいく瞬間を逃さず、右からおっつけながら、すかさず相手に密着して押し込んだ。パワー一辺倒ではなく勝機は絶対に逃さない、こうした緻密な相撲が取れるのも“怪物”の強みである。

 

「次の場所も勝ち越しが目標」という言葉さえ、控え目に聞こえるほどで、横綱、大関総当たりとなる今場所も壁に跳ね返されるイメージは今ひとつ、沸いてこない。しかし、九重親方(元横綱千代の富士)は言う。

 

「自分も小錦との初顔では負けたが、一度、肌を合わせれば感じるものがある。上位陣は負ければ必ず研究してくるはず。逸ノ城がこのまますんなり上がれるほど、この世界は甘くない」。

 

 今から30年前の昭和59年秋場所、小錦は入幕2場所目だったが、2横綱1大関を撃破して最後まで優勝を争った。“黒船来襲”と言われ角界を震撼させたが、翌場所は関脇で5勝(6敗4休)に終わり、次の場所も平幕で負け越した。

 

 果たして、逸ノ城に弱点はあるのか―。突破口となりそうなのがスタミナ面だ。秋巡業でのぶつかり稽古では、直々に指名を受けた横綱鶴竜の胸を借りたが、2、3番ぶつかっただけですぐに息が切れて土俵上で大の字に。周囲の力士には攻略のヒントに映ったかもしれない。

 

 先場所、白鵬以外に唯一の黒星を喫した勢戦は1分近くの長い相撲となり、逸ノ城が俵まで相手を寄り立てながら「あそこで投げにいったのが駄目」と自ら墓穴を掘ってしまった。逆に言えば、勢の執拗な左からのおっつけに痺れを切らした逸ノ城が、思わず呼び込むような投げにいってしまったと見ることもできる。“長期戦”に持ち込み、“怪物”のスタミナ切れを待つのも一考の余地があるのかもしれない。

 

 一方で逸ノ城自身も対戦相手に関してはかなりの研究熱心だ。どちらの研究成果が功を奏するか、そのあたりも注目だ。

 

 周囲からは早くも大関候補に推す声が囁かれている。もはや横綱になれるのかどうかではなく、いつ綱を張るのかが焦点となっているが、それには心技体が揃ってなくてはいけない。まだ大きな連敗がないが、上位との連戦で黒星が続いたときに集中力を切らさずにしっかり相撲が取れるのか、黒星が先行した経験すら無いだけに何とも言えないところだ。立ち合い変化も多用すると安易な勝ち方が心と体に染みついてしまい、自分の相撲を忘れてしまうのはありがちなこと。劣勢に立たされた時でも、自分の気持ちをコントロールできるのかどうかが、今後は重要になってくる。

 

 一躍、“時の人”となり、先場所後からは取材が殺到。ストレスが原因と見られる帯状疱疹で秋巡業を途中休場し、入院も余儀なくされた。こうした環境の激変が相撲にどう影響してくるのか。「100年に1人の逸材」最大の敵は案外、“土俵外”にいるのかもしれない。

 

(荒井太郎)

PHOTO by Wikimedia Commons