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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(385) 山脇康氏がパラリンピック勲章受賞、マセソン美季氏がIPC理事に初当選!

IPC国際パラリンピック委員会が12月11日から12日かけて開いた第20回総会のなかで、日本人2名がこれまでの活躍が評価され、存在感を示しました。

一人は日本パラリンピックサポートセンター会長の山脇康氏で、パラリンピックムーブメントに関わる人にとって最高の栄誉といわれるパラリンピックオーダー(勲章)を受賞しました。

もう一人は東京パラリンピックで日本選手団副団長を務めたマセソン美季さんで、オンラインで行われた理事会メンバーの改選選挙で、理事に初当選を果たしました。

IPCの理事に初当選したマセソン美季さん。1998年長野パラリンピックの金メダリストで、東京大会では日本選手団副団長も務めた (提供:日本パラリンピック委員会)

なお、パラリンピックオーダーとはパラリンピックの理想を行動で示した人やパラリンピックスポーツで顕著な進歩を遂げた人、パラリンピックのために優れた貢献をした人などを称えるために贈られる賞です。

山脇氏は新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大のなか、1年延期を経て開催された東京パラリンピックにおいてIPC 理事、および大会組織委員会副会長としての尽力や、IPCや加盟組織との連携拡大への寄与、IPC公認のパラリンピック教材『I’m POSSIBLE (アイム・パッシブル)』を通じたパラリンピック教育の国際的な普及への多大な貢献などが評価されての受賞となりました。

山脇氏はIPCを通して、受賞の喜びを次のようにコメントしています。

「パラリンピック勲章を受賞したことは、私の人生の中で最もやりがいのある瞬間であり、真の名誉です。パラリンピックムーブメント推進のために、多くの素晴らしいアスリートや献身的なリーダー、スタッフとともに仕事ができたことは私にとって光栄なことでした。このような仕事ができたことに深く感謝しています。パラリンピックムーブメントは私の人生を良い方向に変えてくれました。これからもこの素晴らしいムーブメントの一員として、さらなる発展に貢献していきたいと思います」

一方、マセソン氏は1998年長野冬季パラリンピックのアイススレッジスピードレースで金メダルを獲得し、競技引退後はジャーナリストや教育者として活躍。公認教材『I’m POSSIBLE』日本版の開発などにも中心となって携わるなど、障がいのある人たちのインクルージョンに向けた社会の変容を促す役割を果たしています。

当選にあたり、マセソン氏は日本パラリンピック委員会を通じて、次のようにコメントしています。

「今回の当選は、史上最も難しい状況下で大会を開催した日本、オリパラに関係なく、諸外国で見返りを求めず支援を続けてくださった大勢の日本人の力のお陰です。パラスポーツを通してインクルーシブな世界を具現化する活動に力を注ぎ、結果を示していくことが使命だと感じています。パラリンピアンとして、障がい当事者として、女性として、アジア人として、旗幟鮮明(*)を心がけてまいります」 (*旗幟鮮明(きしせんめい):主張や態度などがはっきりしていること)

なお、新理事10名は3回の投票を経て選出されました。任期は2025年後半に開催される第22回IPC総会までの4年間です。

新理事を含み全13名のIPC理事会には過去最多となる6名の女性理事が就任し、ほぼ半数を占めることとなりました。また、過去最多となる8名がパラアスリートやパラリンピアンとなります。パラリンピックムーブメントを推進する政策や意思決定においてアスリートの視点が増すこととなり、「アスリート・センタード」がさらに進むことでしょう。

多様多彩な人材からなるIPC理事会により、パラリンピックムーブメントがさらに広がり、そして、進化・深化していくことを期待したいと思います。

(文:星野恭子)