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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(373) 東京パラリンピックが閉幕。日本はメダル51個を獲得

新型コロナウイルスの影響から、異例の1年延期を経て開催された東京2020パラリンピックが9月5日、すべての日程を終了しました。同日夜に行われた閉会式では、次の開催都市のパリへとパラリンピック旗も引き継がれ、13日間にわたる熱戦が幕を下ろしました。

コロナ下の難しい状況の中ではありましたが、過去最多に迫る、162の国と地域、難民選手団も加わり、約4400人の選手が参加しました。

日本からは全22競技に254選手が出場し、51個(金13、銀15、銅23)のメダルを獲得したほか、入賞や自己記録更新を果たした選手も少なくありません。金メダルはなく、銀10、銅14だった前回のリオ大会を大きく上回る結果は、母国開催に向けた普及や強化活動が一定の成果を示したといえるのではないでしょうか。

今号では数多く生まれたメダリストから厳選してご紹介します。まずは、日本選手団の主将も務めた国枝慎吾選手が男子シングルスで金メダルを獲得しました。ケガや手術など苦しい時期を乗り越えて、今大会は世界ランキング1位に返り咲いて臨み、2大会ぶりに王座奪還しました。

「夢の中にいるような気持ち。この日のためにすべてを費やしてきたので、報われてよかったです」

9月4日、車いすテニス男子シングルスを制し、日の丸を掲げる国枝慎吾選手(撮影:吉村もと)

また、視覚障害マラソン女子の道下美里選手は大会最終日、3時間0分50秒で快走し、最有力の呼び声通り、金メダルをしっかりとつかみ取りました。リオ大会での「悔しい銀」を、力強い伴走者二人とともに、しっかりとリベンジしました。

「5年前の忘れ物を絶対に取りに行くぞっていう強い気持ちで、みんなで準備してやってきました。それが取れてすごくうれしいです」

9月5日早朝、東京の名所を巡る42.195kmのコースへと走り出した道下美里選手(中央)。右は前半の伴走を務めた青山由佳さん。後半は志田淳さんが務めた(撮影:吉村もと)

今大会から正式競技として初めて採用されたバドミントンで、日本勢は金3、銀1、銅4とメダルラッシュの活躍を見せました。その一人、梶原大暉選手は男子シングルスで金、村山浩選手と組んだ同ダブルスで銅メダルを獲得しました。野球部で活躍していた梶原選手は中学2年のときに交通事故に遭い、右脚を太ももから切断しましたが、高校1年で出会ったバドミントンで才能が開花しました。

「たくさんの支えをいただき、この舞台に立てました。感謝の思いを伝えたいと思っていたので、結果で恩返しができてうれしいです」

野球で鍛えた基礎体力や肩の強さを生かしたダイナミックなプレーが魅力の、パラバドミントン、梶原大暉選手 (撮影:吉村もと)

最後は団体競技から。車いすバスケットボールは9月5日の最終日に男子決勝が行われ、日本代表が前回覇者のアメリカ代表を相手に堂々とわたりって大接戦を演じ、惜しくも60-64で敗れましたが、初めての銀メダルを獲得しました。日本は過去のパラリンピックでは7位が最高順位で、決勝戦初進出の日本が世界を驚かせましたし、持ち味とするs「走ってつなぐトランジションバスケ」をやり通した姿は見る人の心をつかみました。

京谷和幸ヘッドコーチは、「地道な努力がもたらした結果。ここにいない選手たちも含め、バスケットファミリー全員でつかんだ銀メダル」と、チーム一丸を強調しました。

コートの中を縦横無尽、攻守にわたって大きな存在感を示した鳥海連志選手は、「5年間、積み重ねてきた日本のバスケットボールを証明することができたことが何よりもうれしい」と喜びを語りました。

史上最高の銀メダルを獲得し、達成感あふれる笑顔を見せる車いすバスケットボール日本男子代表の12選手とチームスタッフ。中央は京谷和幸ヘッドコーチ (撮影:吉村もと)

ここに挙げたメダリストだけでなく、すべての選手が精いっぱい素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。選手たちの力強い姿が発するメッセージはテレビ放送などでも伝わり、大きな反響があったと聞いています。パラスポーツの今後の発展につながる大きな一歩になったと思っています。

次号では、東京パラリンピックの大会全体の振り返りなどをお送りしたいと思います。

(文:星野恭子)