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荒井太郎のどすこい土俵批評(10)秋場所展望/白鵬の“大鵬超え”を日本人3大関はどう阻むのか!?

 白鵬にとって、先場所の30回目の優勝の味は格別だったようだ。

「一つ乗り越えたという達成感がある。かなり苦労したので、喜びも大きいものがあった」

 9月1日の番付発表会見ではそう振り返った。

 

 本人が「かなり苦労した」と語ったように、相撲内容は盤石というわけではなかった。敗れた豪栄道戦や稀勢の里戦は、強引な投げや攻め急ぎで墓穴を掘った。慎重に攻めていれば、自分のほうへ流れを引き寄せることもできたであろう。

 

 そもそも、どんなに凄い大横綱でも、15日間連続して集中力を高いレベルで維持すること自体、至難の業だ。しかもオフシーズンのない年6場所制ではなおさらなこと。だとすれば、実力差が歴然の格下力士でも、もっと心理的に揺さぶりをかければ、勝機につながるかもしれない。豊真将に立ち合いで変化されただけで、あれだけ心を乱された横綱である。隙はまだまだあるはずだ。

 

 仕切りのテンポをずらす、塩を相手の足元を目がけて放る、こうしたことは過去の力士が横綱戦で実践してきたことだ。工夫次第でやりようはいくらでもある。ちょっとしたことだが「いつもと何か違うな」と思わせるだけで十分。体調が普段よりも若干、すぐれない、前の取組で波乱が起きたといった要素と連鎖すれば、効果も期待できるかもしれない。人間の心は些細なことでも微妙に影響することがある。いずれにしても、何もやらないよりはマシだろう。

 

 先場所は千秋楽まで優勝争いがもつれたが、白鵬以外に最後までこれに絡んだのは大関琴奨菊、関脇豪栄道、平幕の高安だ。本来なら日馬富士、鶴竜の2人の横綱が白鵬の前に立ちはだかるべき立場だが、まるで機能しなかった。

 

 直接対決での白鵬の立ち合いの踏み込みは甘かったにもかかわらず、鶴竜、日馬富士ともいったんはいい体勢になりながら、積極的な攻めは最後まで見せずじまい。V30を目前にした横綱に対し、相撲内容という以前に気迫や意地がまったく感じられなかった。

 

 最強横綱に誰がストップをかけるのか。それを期待できるのが稀勢の里、豪栄道の両大関を筆頭に、あとは関脇以下に見出すしかないという現状は、番付本来の意味に鑑みればあまりにも寂しい。綱を張っているのなら“同胞”の引き立て役に甘んじることなく、せめて直接対決ぐらいは意地を見せてほしい。

 

 白鵬がこのまま優勝32回の“大鵬超え”をすんなり果たすのか。

「大鵬関が引退したあと、数十人の横綱が誕生し、その横綱が日々、夢見てきた憧れの数字。早くという気持ちがある」と本人は新記録達成に意欲満々だ。

 

 あるいは1場所でも余計に“待った”がかかるのか。それは周りの横綱、大関陣の頑張りにかかっている。一人の力士にこれだけ突出した優勝回数とハイペースを許したことを彼らはどれだけ恥じているのか。先場所終盤戦の相撲内容を振り返ってみると、そう思わずにはいられない。

 

 史上最長の14場所連続で関脇に在位した豪栄道が、先場所後、大関に推挙された。昇進ムードは唐突に訪れた。3月場所は12勝を上げたが、翌5月場所は千秋楽にようやく勝ち越し。7月場所は本人も大関取りの“足場固め”と位置づけていたはずだ。ところが、千秋楽取組前、伊勢ケ浜審判部長(元横綱旭富士)の「関脇で安定しているし、まだ強くなるだろう。大関としてもやっていけるのではないか」という発言で風雲急を告げた。勝てば大関昇進という琴奨菊戦を制して12勝を上げ、この瞬間に「大関豪栄道」が事実上、誕生。先々場所、先場所と白鵬に連勝したことも大きな評価となったようだ。

 

 以前から大関候補の呼び声が高かったが、本人はそのたびにはぐらかしてきた。変わってきたのは今年に入ってから。機会あるごとに「大関になります」と公言するようになった。「自分にプレッシャーをかける意味もあった」とその理由を明かす。自信もついてきたに違いない。

 

「立ち合いで強く当たれるようになった」。

 大関昇進が叶った最大の要因をそう語った。過去には立ち合いで左前褌を取りにいったかと思えば、白鵬戦では左上手を取られることが明白にもかかわらず、両差しを狙うこともあった。当時は無謀とも思えたが、技術的なレベルアップより、悔しい思いを重ねながらも横綱にも通用する圧力を身に着けることを選択したのだった。先場所の白鵬戦はそれを見事に証明して見せた。白鵬戦連勝、大関昇進はこれまで培ってきたひとつの集大成でもある。

 

「ここ一番で自分の相撲で相手をねじ伏せるような心の強い力士」と理想の大関像を語る豪栄道。「次は優勝です」と新たな目標もキッパリ言い切ったが、先場所12日目の日馬富士戦で左ヒザ半月板を負傷し、夏巡業は全休。9月5日の稽古総見の時点でも本格的な稽古は行えていない。新大関場所はいきなり正念場を迎えるが、持ち前の強じんな精神力でこの難局も乗り越えてくれるだろう。

 

 三役陣は総入れ替えとなり、豪風が35歳にして新関脇。日ごろからストイックに自分を追い込み、ハズ押しの威力は20代のころよりむしろパワーアップしている印象すら受ける。立ち合いでぶちかましたと思えば、思い切った立ち合い変化も見せるため、相手も慎重にならざるを得ず、出足が鈍る効果もある。押し上げてからの引きのタイミングも絶妙で、自身よりはるかに大きく力も強い大砂嵐や照ノ富士を手玉に取った先場所の相撲は痛快ですらあった。

 

 妙義龍は1年ぶりの関脇復帰。同部屋の豪栄道の大関昇進に刺激を受けているはずで、相乗効果に期待したい。

 

 東西の小結には常幸龍、千代大龍とフレッシュな顔ぶれが並ぶ。左足をしっかり前に踏み出す立ち合いになった常幸龍は、得意の左前褌が早く取れるようになったことで星も伸びた。初の上位総当たりの場所は壁に当たるだろうが、スケールの大きさでは日大の後輩、遠藤よりも上だろう。長らくくすぶっていた大器が、ようやく本領を発揮するときが来た。

 

 千代大龍も当たりの強さに加え、センス、身体能力も抜群。これらがすべて噛み合って波にも乗れば、“旋風”を吹かせることも可能だろう。

 

 さらに平幕上位には新三役を狙う照ノ富士、遠藤が躍進。高安も先場所は大きなきっかけを掴んだようにも感じられ、返り三役、さらには定着を狙う。

 

 そして、逸ノ城がついに新入幕。落ち着いた取り口と土俵態度はすでに貫録十分だ。2ケタ勝利はそれほど高いハードルではないだろう。

 

 秋場所は、モンゴル出身の3横綱を日本人大関3人が突き上げる構図となる。うかうかしていると照ノ富士、逸ノ城という2人の“怪物級”のモンゴル出身が、すぐ後に控えている。その展開は、まったく予断を許さないほどの大混戦になりそうだ。

 

(荒井太郎)

PHOTO by 江戸村のとくぞう (投稿者自身による作品) [CC-BY-SA-3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons