夏の甲子園・高校野球での「投手の酷使・投げすぎ」の最大の問題点は?
今年の夏の甲子園大会でも、酷暑猛暑の炎天下、ギラギラ輝く太陽のもとで、マウンドに立った投手(エース)に150球以上の投球を「強制する」試合が見受けられた。また、明らかに肘や肩を壊している投手が、痛みを堪えながら投球している(投球させられている?)姿も見られた。
いったい「誰」が、あるいは「何」が、そうさせているのだろう?自らの身体を痛めつけ、選手寿命を縮め、さらに一生野球ができなくなるかもしれない危険をも顧みず、高校球児はボールを投げ続け、監督はその投球を黙認し、または命令し、主催社をはじめとする多くのマスメディアは、その行為を絶賛する……。
今シーズン、ヤンキースの田中将大投手が深刻な肘の故障に見舞われたとき、メジャーの中4日での投手起用が「苛酷」だとする意見がメディアで騒がれた。
それも、たしかに一因(近因)として存在するかもしれない。が、メジャーで日本人投手だけが次々と肘や肩を故障することを思うと、高校野球での球数の多い完投や連投こそ最大の原因(確かな遠因)と言うべきだろう。
そのことを日本のメディア(特に朝日新聞やテレビ朝日の報道ステーションなど)が指摘しないのは、朝日新聞社が、夏の甲子園大会の主催社で、自らの「責任問題」になりかねないからだろう。
確かなデータをとったわけではないが、毎年行われる高校野球大会で、多くの投手が投球数過多で次々と肘や肩を壊していることは事実で、それに気付いた結果(でもないだろうが)高野連も、ようやく投手の起用法の見直しに手をつけ始めた(という声が今年の夏の大会前にはあがった)。
タイブレーク方式(延長回は一塁か一、二塁に走者を置き、試合が早く終わる可能性を高める)や、投手の球数制限など、最終的にどんな「ルール」が採用されるのか、まだ判然としない……と思っていたら、結局は有耶無耶に終わってしまった。
が、この問題を考えるうえでの最大の障害は、高野連などの野球を統括するあらゆる団体が、「野球選手の最終目標」をはっきり規定できないことだろう。
サッカーの場合ならば、最終最大の目標がワールドカップと定まっている。そのことを、関係者も、ファン(サポーター)も、さらにマスメディアの人間も、ハッキリとわかっている(はずだ)。だから優秀な若い選手たちを、高校の試合で使い潰す(連続して多くの試合に出す)ことなどは、日本のサッカー界にとって大きな損失であり、絶対に許されない行為として禁止することができ、サッカー・ファンも、それを納得する。
高校サッカーを(高校野球と並ぶほどの人気イベントに)盛りあげて高い視聴率を獲得したい=多くの利益を上げたい=と考えている日本テレビであっても、無茶な試合スケジュールは組むことができない(はずだ)。
では、日本の野球界、日本の野球選手の「最終最大の目標」とは何だろうか?
WBCでの優勝が目標……という世論(野球選手や野球ファンの声)は、まだ形成されていない。いや、そもそもアメリカのメジャー主催のWBCが、この先いつまで続くかもわからないような「世界大会」でしかない。
選手がメジャーや日本のプロ野球で活躍することも、「個人の目標」にはなり得ても、日本球界全体の目標とは言えない。
そうなると、高野連にとっては高校野球の盛りあがりが最大の目標となり、母校の勝利をめざして投手が少々無理を承知で投げ続けることも、「美談」でしかなくなる。将来みずから稼げるかもしれない高額の収入など投げ打って、身体をこわしてまで投げ続ける高校球児は、英雄(ヒーロー)以外の何ものでもなくなる。
そのとき、自分の目標はプロ野球(メジャーリーグ)の選手としてプレイすることであり、高校野球で「酷使」されたことによってその夢が断たれたとして、多額の賠償金を求める訴訟を起こすよう選手が現れ、何十億円、あるいは何百億円の賠償金の支払を、主催社である朝日新聞社と高野連に命じる判決が出るような事態になれば、話は非常に簡単な方向に進み、主催社が損失を避けるために、高校野球での投手の球数制限が、すぐにでもルール化されるだろう(アメリカの高校や大学で、投手の球数制限がやかましく言われ、高校野球や大学野球があまり盛りあがらないのは、アメリカが「訴訟社会」だから、とも言えるだろう)。
結局はプロ野球から少年野球まで、日本の野球組織はまったく統一性を欠いたままバラバラで、そのため「日本野球の最終最大の目標」が確定できないことこそ、最大の問題といえそうだ。
ならば、なぜ日本の野球組織はバラバラのままかというと、プロ野球は讀賣、高校野球は朝日、社会人野球は毎日と、それぞれに大手新聞社(とその系列のテレビ・ラジオ局)によって支配されているからにほかならない。
日本の野球が正しい発展の道を歩むためには、とにかく、この事態を解決し……つまり、マスメディアによる日本球界の支配に終止符を打ち、新聞の販売やテレビの視聴率、大学や高校の人気向上(受験生の増加)…等を、野球よりも重要なことと考える人々には、球界の運営から去ってもらい、野球の発展を第一義に考える人々によって運営されるようになるべきでしょう。
マスメディアのなかには、そういう考えをするジャーナリストは存在しないのか? 自社の企業利益を考える連中ばかりなのか?……。
(玉木正之)