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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(351) パラ陸上の日本一決定戦。厳しい風雨のなか、限界に挑戦した選手たち

パラ陸上競技の日本一を決める、「第32回日本パラ陸上競技選手権大会」が3月20日から21日にかけて東京・駒沢オリンピック公園総合運動運動場陸上競技場で開催されました。例年は夏から初秋に行われていますが、東京パラリンピックを控える今年は出場を狙う選手たちの世界ランキングを上げる機会を増やすため、前倒しされました。

本来なら3月は冬季練習を経て本格的な陸上シーズンが始まる時期であり、また特に21日は風速10メートルほどの風と雨が吹き荒れる厳しい気象条件もあり、残念ながら、今大会で新たに東京パラ出場内定につながるランキング6位以内に入る記録を出した選手はいませんでした。それでも、選手たちはそれぞれの目標に挑んで躍動。好記録もいくつか誕生し、今後につながる大会となりました。

現時点で、陸上競技で東京パラ出場内定を決めている選手は16名。今大会で順調な調整を示した一人は、女子T63クラス(大腿義足)の兎澤朋美選手(日本体育大学)です。初日の100mでは16秒22をマークし、自身の持つアジア記録を0秒17更新して優勝。また、2日目に行われた、代表に内定している走り幅跳びでは激しい風雨に翻弄されたなか、4m52の大ジャンプを見せました。これは追風3.2mの参考記録ながら、自身の持つアジア記録を8㎝更新する記録で二冠に輝いています。

進化しつづける兎澤朋美選手。100mの強化で上がった助走スピードを生かし、走り幅跳びの記録も向上。4月からは実業団の富士通・陸上部で、可能性をさらに広げる (撮影:吉村もと)

「気温も低く、強い雨風。これまで経験した中で一番と言えるほど厳しいコンディションだったが、最低限、やるべきことはできた」と自身を評価。冬場は助走スピードの強化をはかり、踏切や空中動作などの技術面にも進化の手ごたえがあると言い、「徐々に自分の理想としている部分に近づいている」

3月15日には日体大の卒業式に出席し、4月からは名門、富士通の陸上部で活動し、東京パラリンピックでのメダル獲得を目指します。「メダル争いは5mが基準になる。どれだけ自分が近づけるかがポイント」とさらなる進化を誓っていました。

また、初日に行われた男子T11クラス(視覚障害・全盲)の5000mではともに東京パラ代表内定を決めている唐沢剣也選手(群馬県社会福祉事業団)と和田伸也選手(長瀬産業)がデッドヒート。最終的に唐澤選手が0秒23先行する15分30秒59で競り勝ちました。唐澤選手は2日目、10000mに出場するも途中で強風にあおられ、ラインの内側に入ってしまい失格となってしまいましたが、マークした32分39秒93はアジア新に相当する好タイム。「失格にはなったが、昨日の5000m、今日の10000mで2日間、しっかり走れたのでいいトレーニングになった。目標は31分台だったが、コンディションが悪い中、このタイムは最低限の走りができた」と前向き。

「3月まではスタミナ強化に重点を置いている。和田さんに勝ったことがなく、(前日の5000mで)勝てたことは自信になる。4月からはスピード強化をしていく。スタミナにスピードがついていけば、さらに記録は更新できる」と、初出場となる大舞台を見すえていました。

現在、5000mの世界ランキングでは和田選手が1位、唐澤選手が2位にランクされており、本番でも二人の金メダル争いが大いに期待されます。

男子T11(視覚障害・全盲)の5000mで先行する唐澤剣也選手(前方右)と茂木洋晃ガイド。後方は和田伸也選手(左)と長谷部匠ガイド。切磋琢磨しながら、世界の頂点へ! (撮影:吉村もと)

男子T52クラス(車いす)の100m代表に内定している大矢勇気選手(ニッセイ・ニュークリエーション)は自身が持つアジア記録を0秒05上回る17秒19で優勝。昨年11月の大会から2大会連続での記録更新に、「練習よりは遅くて悔しいが、ベスト更新は素直にうれしい」と笑顔。東京パラに向けての仕上がりは、「7割くらい。スタートダッシュが得意な先行逃げ切り型。アメリカの(世界記録保持者)、レイモンド・マーティン選手と競えるよう、頑張りたい」と意気込みました。

平昌冬季パラのアルペンスキーでメダル5つを獲得し、“二刀流”で東京パラを目指す村岡桃佳選手(トヨタ自動車)は女子T54クラス(車いす)で二冠を達成。東京パラで出場を目指す100mは「スタート後に漕ぎミスがあった」と言い、タイムは17秒33に留まり、現在6位の世界ランキングを上げることはできませんでしたが、400mでは58秒ジャストで自己新をマークしました。1週間前には、アルペンスキーのアジアカップで5勝しての“連戦”。それでも、「タイトなスケジュールは、しんどさはあるが、私の中ではスキーと陸上は切り分けているので、気持ちを作るのは難しくない」と、アスリートとして充実感をにじませていました。

今大会に「特例」で出場し、男子T47クラス(上肢障害)の100mで、自己記録を更新する11秒42で優勝を果たしたのは、南スーダン共和国のクティヤン・マイケル・マチーク・ティン選手です。母国での練習環境に恵まれないため2019年11月、東京大会出場を目指す同国選手団(選手4人、コーチ1人)の一員として来日し、ホストタウンの群馬県前橋市で長期合宿を続けています。滞在費は前橋市や地元企業の支援を受け、市民とも交流を深めながら練習を続けています。コロナ禍で帰国もかなわず、大会出場を切望していると知った日本パラ陸上競技連盟が出場資格を変更し、出場が実現しました。

「初めてパラ陸上の大会に出場し、日本のトップ選手たちと競えてとても刺激になった。実力が伸びていることを実感し、日本パラ陸連や前橋市の皆さんに感謝している。パラリンピック出場は人生にとって重要なことで、スポーツは平和のために取り組んでいる。母国に帰ったら、『人を愛すること、人とのつながりが大切』など、日本で学んだことを若い選手たちにしっかりと伝えていきたい」

マイケル選手は2日目の200mでも24秒33で優勝しました。なかなか交流機会のない外国との触れ合いも東京大会開催の意義のひとつ。マイケル選手の東京パラでの活躍も楽しみです。

東京パラリンピックに向け、ホストタウンの群馬県前橋市で長期合宿しながら強化中の南スーダン共和国のクティヤン・マイケル・マチーク・ティン選手(左から2人目)の100mでの力走。パラ陸上の大会出場は自身初の経験で、日本記録保持者の多川知希選手(右)らと競り合い、「ワクワクした」と笑顔 (撮影:星野恭子)

東京パラでは、「世界新で二冠」の目標を掲げる佐藤友祈選手(モリサワ)は代表に内定している男子T52クラス(車いす)の400mと1500mで優勝。天候もあり、今大会での記録更新はなりませんでしたが、「シーズンインした大会の中では過去で一番良かったレース。(本番に向けて)、しっかりメニューを組み立て直し、スプリント系を多めに入れて調整したい」と決意を新たにしていました。

レース後のインタビューで、東京大会で海外からの観客断念が決まったことへのコメントを報道陣から求められた佐藤選手は銀メダル2個を獲得した初出場の2016年リオ大会での自身の経験をあげ、「僕自身、声援をいただいて大きな力になった。(東京パラでも)海外から参加する選手に対しても平等に応援してほしい」と、日本の観客に呼びかけていました。

なお、今後の代表選考のプロセスは大きく2段階になります。まずは4月1日までの24カ月間で出した記録順に並べた「参加資格ランキング」で6位以内に入ること。そこで内定できなかった選手にはもう1回チャンスがあります。6月中をめどにWPA(世界パラ陸連)より陸上競技分として各国に割り当てられる「ハイパフォーマンス割当枠」の数に応じ、国内の選考委員会によってメダル獲得可能性などから代表推薦選手が選出される予定です。いずれにしても、自身の記録更新が大前提。残り少ないチャンスをモノにすべく、選手たちの挑戦は続きます。

(文:星野恭子)