「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(344) “上半身だけの力比べ”、パラ・パワーリフティングの全日本選手権で熱戦展開!
下肢などに障害のある選手が台上に仰向けになり、上半身の筋力だけで重いバーベルを押し挙げて競うパラ・パワーリフティングの国内最高峰の大会、「第21回全日本パラ・パワーリフティング国際招待選手権大会」が1月30日から31日にかけて東京の千代田区立スポーツセンターで開催されました。
「第21回全日本パラ・パワーリフティング国際招待選手権大会」の試合会場内はPCR検査陰性者のみ最低限のスタッフで試合が運営された (写真提供:日本パラ・パワーリフティング連盟/撮影:西岡浩記)
新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言期間中でもあり、大会は無観客で開催され、海外選手の招待も見送られました。国内選手も前回より減少となりましたが、ベテランから初出場の新人など男女約30選手がエントリー。日本一の称号や東京パラリンピック出場に向けた記録更新など、「それぞれの目標」に挑む熱い戦いが繰り広げられ、男子の部では4つの日本新記録が誕生しました。
パラ・パワーリフティングは障害の程度によるクラス分けはなく、一般の重量挙げと同様に体重階級別で競われます。東京パラリンピックを見据え、国内の選手発掘や強化も進められ、選手層も厚みを増していますが、パラリンピックの代表は1階級に1カ国1選手というルールがあり、今大会でも興味深いライバル対決がいくつか展開されました。
まず、男子72㎏級は80㎏級日本記録(186.5㎏)保持者の宇城元選手が階級転向も見据えて出場し、176㎏を挙げて72㎏級の日本新を樹立して優勝しました。2大会出場のパラリンピアンですが、ここ数年は左ひじの2度の手術や左肩の故障などが続き、「支えられる重量が減っている」と感じていたと言います。コロナ禍の自粛期間などに競技と改めて向き合い、前向きに階級を下げることを決意。「しっかり食べながら」、5カ月で8㎏の減量に成功し、今大会に備えました。一方、170㎏の記録で2位になった樋口健太郎選手(フリー)は72㎏級の第一人者。自身の日本記録が塗り替えられましたが、「今日は170㎏をしっかり挙げることが目標で、調子も絶好調。日本記録にこだわりはなく、今はパラリンピック出場だけを考えている。ドバイ(6月に開催予定のワールドカップ)で190㎏を挙げるつもりでやっていて、今回はその過程」と独自の調整ぶりを披露。新たなライバル対決の行方にも注目です。
男子72㎏級日本新記録となる176㎏を成功させた宇城元選手の試技。「重量」を感じさせる、バーベルのバーのしなり具合にも注目! (写真提供:日本パラ・パワーリフティング連盟/撮影:西岡浩記)
男子最軽量の49㎏級では日本記録保持者(138㎏)で、リオパラリンピック54㎏級代表の西崎哲男選手(乃村工藝社)が第1試技(132㎏)失敗から立て直し、第3試技で136㎏を成功させて優勝。「反省点ばかり。もっと精度を上げて安定感ある試合をしたい」と課題を口にし、失敗からの切り替えについては、「リモートで応援してくれている人たちを思った」と感謝しました。2位にはリオ大会5位入賞のベテラン、三浦浩選手(東京ビックサイト)が入り、体調不良からの復活を印象付けるとともに、第1試技で133㎏を挙げて西崎選手にプレッシャーをかける健闘。「やっと西崎選手と競えるくらいまで戻ってきた。また頑張りたい」
59㎏級は伸び盛りの光瀬智洋選手(シーズアスリート)が137㎏を挙げ、ライバルの戸田雄也選手(北海道庁)を破って優勝を決めた後、特別試技(*)に挑戦し、戸田選手が持っていた日本記録(140㎏)を上回る141kgの日本新を樹立しました。「戸田さんは超えなければならない壁。言葉にならないくらい嬉しい。(日本記録は)3,4回目のチャレンジだったので、いろいろな人の手助けや応援に、やっと恩返しができた」を感極まった表情をみせました。敗れた戸田選手は131㎏に留まり、「(昨秋のケガの影響を)引きずっていたし、光瀬選手が伸びてきて焦りはあった。でも、彼が力をつけてきているから僕も頑張れる。次に向けて修正したい」と前を向いていました。
(*)試技は3回までだが、新記録挑戦の場合のみ、4回目となる特別試技が認められる。ただし、大会結果(順位、記録とも)には反映されない。
男子59㎏級で日本新記録(141㎏)を樹立し、喜ぶ光瀬智洋選手(写真提供:日本パラ・パワーリフティング連盟/撮影:西岡浩記)
4選手の競り合いとなった97㎏級は今大会一ともいえるスリリングな展開となりました。馬島誠選手(日本オラクル)が第3試技で161㎏をきれいにクリアし、自身が持っていた日本記録を1㎏塗り替えて優勝しましたが、2位となった佐藤芳隆選手も第3試技で先に160㎏を成功させ、馬島選手にプレッシャーをかける展開に。また、佐藤和人選手は第1試技で160㎏クリア後、165㎏に挑戦。連続して失敗し順位は3位に留まりでしたが、特別試技で再び165㎏に挑み、見事に成功。新たな日本記録保持者となる執念を見せました。ヒリヒリする試合展開を馬島選手は、「戦っている感があって楽しかった」と振り返りました。これまで東京パラの参加標準記録(MQS)の165㎏クリアを焦るあまり、失格となる試合もつづき、「絶対重量だけでなく、試合で勝つことも大事。ジョン(日本代表ヘッドコーチ)からも『クレバーに』とアドバイスされた」と、次につながる勝利をつかめたことに安堵の表情を見せました。
また、ジュニア49㎏級では17歳の中川翔太選手が45㎏をクリアし、ジュニア日本記録を更新。今後のさらなる成長が期待されます。
試合会場とは別フロアに設けられた、パブリックビューイング形式の記者席(写真提供:日本パラ・パワーリフティング連盟/撮影:西岡浩記)
女子はコロナ禍の影響もあり、出場は6選手に留まりましたが、各自の目標に向けて果敢なチャレンジが続きました。東京パラ出場を目指し、MQS突破(65㎏)を目指す山本恵理選手(日本財団パラリンピックサポートセンター)は昨夏、亜急性甲状腺炎を発症し、快方に向かうもまだ「病気と共生しながら」と明かし、本来の55㎏級でなく61㎏級で出場。60㎏をしっかり挙げての2位に、「可能性を感じられた試合だった。一時は50㎏も挙がらず、東京(パラ)はもう無理ではないかともよぎったが、その思いが払しょくされた」と、納得の表情を示しました。
台上で試技前のルーティンを行い、集中力を高める山本恵理選手(写真提供:日本パラ・パワーリフティング連盟/撮影:西岡浩記)
67㎏級は森﨑可林選手(立命館守山高)が第3試技で66㎏をクリアして優勝し、笑顔を見せました。昨秋の国内大会で3連続失敗による失格を喫し、「正直に言うと、試合に対して怖いという気持ちが芽生えていた。でも昨日(試合前日)からワクワクし、楽しみな気持ちになった。(コロナ禍の)この時期に大会を開催してくれたことに感謝しつつ、自分が楽しむためにこの競技をやっているのだ、楽しんでやろうと取り組み、記録を残せた」。期待のホープが貴重な手ごたえを得たようです。
なお、今大会はコロナ感染症対策を徹底して開催されました。主催した日本パラ・パワーリフティング連盟の吉田進理事長は緊急事態宣言発令中の開催について、「連盟内でもさまざまな意見があったが、(対人競技でないなど)競技の特性上、気を付ければコロナ対策も取れて、密にならない状況をつくって試合ができるだろうと考えた」と開催決定に至った経緯を説明しました。
無観客開催となった大会の模様はオンラインでライブ配信され、日本パラ・パワーリフティング連盟の吉田進理事長が務めた試合解説者やアナウンサー席も会場とは別室に設置された(写真提供:日本パラ・パワーリフティング連盟/撮影:西岡浩記)
無観客をはじめ、事前のPCR検査や少人数制のセッションに分けての実施など慣れない形での開催となりましたが、参加した選手からは「大会開催への感謝」や「新しい形でも気にならない」といった声が聞かれました。
とはいえ、自身の体調、職場や家族の意見などさまざまな事情で出場を見合わせた選手も少なからずいたことも事実です。また、不透明な東京パラについては、「開催するかしないかは選手にはどうにもできない。ただ信じて準備をするだけ」と答える選手が多かったのも印象的でした。選手たちの努力が報われる形の大会とはと、改めて考えさせられる機会にもなりました。
▼大会情報サイト (試合のアーカイブ動画も公開中)
https://jppf.jp/news/detail/id/531
(文:星野恭子)