「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(340) 視覚障がい者マラソンの道下選手が世界新、堀越選手もアジア新。東京パラへ弾み!
12月20日、山口県防府市で行われた第51回防府読売マラソンを舞台に、第21回日本視覚障がい者マラソン選手権大会が行われ、日本の男女ブラインドランナーたちが地力と厚みを示しました。
まず、女子は来年の東京パラリンピック代表を内定させている道下美里選手(三井住友海上)が自身のもつ世界記録を9秒更新する2時間54分13秒で4年連続5度目の優勝を果たしました。塗り替えた記録は今年2月の別府大分毎日マラソンで出した自己記録で、道下選手は今年2度目の世界記録更新となりました。
視覚障害(T12)女子のマラソン世界記録を更新する2時間54分13秒で優勝した道下美里選手(左)と、前半担当の伴走者、青山由佳さん(中)と後半担当の志田淳さん (撮影:星野恭子)
「世界新は嬉しいです。でも、目指していたのは(2時間)52分台だったので…。最後、悔しい気持ちです」
まだまだ自身に可能性を感じるからこそ、笑みを浮かべながらも悔しさをにじませた道下選手。重度弱視(T12クラス)のため伴走者を必要とすることから、コロナ禍の影響を受けた4月、5月は練習には苦労もしたと言いますが、一人でもできる筋トレや踏み台昇降なども取り入れながら基礎体力を増強し、伴走者数を絞って人気のない山道を走るなど工夫を重ねました。さらに、10月、11月の月間走行距離は約800㎞と、「思い通りに練習を積めた」と自信をもってスタート。
その言葉通り、序盤は余裕を感じさせるリラックスした表情で、順調に世界新ペースを刻んでいましたが、40kmすぎに向かい風もあり「体が固まった感じ」になって失速。それでも、粘りの走りで記録を塗り替えました。
前半17㎞すぎの道下美里選手と伴走の青山由佳ガイド。144㎝と小柄ながら、力強い走りでピッチを刻む (撮影:星野恭子)
リオパラリンピックでは銀メダル。来年の東京ではもちろん、金メダルを狙います。「(記録を)更新できて(東京パラを)迎えるのと、できないのでは全然違う」と笑顔を見せ、「スピードのあるライバル選手も出てきているので、もっと強くなりたい」と、さらなる進化を誓っていました。
また、道下選手だけでなく、出場した女子選手の大半が自己ベストを大幅に更新する健闘で、ブラインドランナーの層の厚みも感じました。なかでも、4位に入った軽度弱視(T13)の松本光代選手(JBMA)は自己記録を7分以上縮める3時間13分10秒をマークする好走。同時に、これまで空位だったT13女子の世界記録も樹立しました(国際パラリンピック委員会に申請中)。T13は見えにくいなかで単独で走らなければならないクラスです。空位だったのは世界でも女子選手が少ないことを意味し、それだけ難しい挑戦なのだと思います。松本選手は現在、T13のマラソンがパラリンピック実施種目ではないため、トラック種目に軸を置いていますが、ポテンシャルの幅広さを示してくれましたし、さらなる活躍が期待されます。
自己ベストに向けて果敢な走りを見せた松本光代選手(中)。透明のビニールで、寒さと風対策もしっかり(撮影:星野恭子)
なお、T12の道下選手、T11(全盲/伴走者あり)の井内菜津美選手(3時間12分55秒)と合わせ、これで視覚障害女子マラソン全3クラスの世界記録保持者はすべて日本人選手となりました。選手や伴走者、支えるスタッフなど多くの人の努力や切磋琢磨の結晶でしょう。
男子の部でも新記録が誕生しました。同じく、東京パラ代表に内定している堀越信司選手(NTT西日本)が自己記録を約3分半も縮める、2時間22分28秒で3連覇を達成し、アジア記録、日本記録をともに塗り替えました。しかも、堀越選手もまた、終盤までT12クラス男子の世界記録(2時間21分23秒)更新も狙えるペースを刻んでいました。ちなみに、T12(重度弱視)は伴走者の有無を選べるクラスで、堀越選手は単独で走ります。
「しっかり練習できている感覚があったので、自信を持ってスタートに立つことができました。(2時間)21分半くらいまでと思ったが届かなかった。でも、大崩れすることなく粘って帰ってくることができました」
堀越選手は東京パラの代表内定を決めた昨年4月のロンドンマラソン以降、故障による苦しい時期が続きましたが、地道に練習を続け、この日の結果につなげました。特に、フルマラソン以上の長距離走などにも取り組み、じっくりと脚を作ったことが力になったと話していました。
自己ベストを大幅に更新し、世界記録にも迫る2時間22分28秒で日本選手権3連覇を飾った堀越信司選手。苦しい時期を乗り越えての快走に、力強いガッツポーズ (撮影:星野恭子)
とはいえ、「35㎞以降、もう一度ギアを上げられなかったのは反省点。今日の35㎞の走りでは(東京パラでは)戦えないと感じるので、そこを課題に克服できるよう、来年の夏までしっかり取り組みたい」と、もっと上を見据えています。
なお、今年で第51回目を迎えた防府読売マラソンはコロナ禍により、参加者を昨年の約3500人から約400人と大幅に縮小し、一般参加も山口県民に限られました。沿道の応援も自粛要請や報道陣の数も制限されるなど工夫を重ねた上で、「伝統の大会を続けていこう」との思いで実施されました。
「大変な時期に、地元の方々のご理解のおかげで、このレースをつくっていただいた感謝の気持ちで、積極的な走りをしてチャンスを無駄にしないように頑張りました」と話した堀越選手をはじめ、多くの選手の口から大会開催への尽力に対する感謝の思いが語られました。
マラソン大会がほとんど中止になるなか、貴重な挑戦の機会をモノにし、結果を出したブラインドランナーたち。来年に延期された東京パラリンピックでは視覚障害者マラソンは大会最終日の9月5日、オリンピックスタジアム(国立競技場)を発着点に東京都内を巡るコースで実施予定です。男女ともメダルの期待がかかります。選手や伴走者たちの挑戦を、今後もぜひ、応援ください!
(文・写真:星野恭子)