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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(336) 鈴木選手の圧勝、土田選手の復活。「希望が見えた」大分車いすマラソン

「このスタートは希望のはじまり。」というキャッチフレーズのもと、「大分車いすマラソン2020」が11月15日に大分市で開催され、大分県庁前をスタートし、大分市営陸上競技場にフィニッシュするコースを約100名の車いすランナーが駆け抜けました。この大会は、新型コロナウイルス感染拡大を受け来年に延期された「第40回大分国際車いすマラソン」に代り、国内在住選手のみを対象とした独自大会として実施されました。さまざまな感染防止対策を工夫しての開催に、選手たちからは「尽力された皆さんに感謝の思いを走りで表したい」と言った声が聴かれ、また地元の皆さんにも力を与え、まさにキャッチフレーズ通りの大会となったように思います。

大会は男女別に障害の程度により3つのクラスに分かれ、マラソンの部で20人、ハーフマラソンの部で74人の計94選手が完走。障害の最も軽い男子マラソンの部は、すでに東京パラリンピックのマラソン代表に内定している鈴木朋樹選手(トヨタ自動車)が1時間22分2秒の好タイムで優勝。コロナ禍を経て、大分のコースでの「初」優勝に、「すごく嬉しい」と笑顔を見せました。
堂々の王者の走りを見せ、優勝した鈴木朋樹選手 (撮影:星野恭子)

今大会は、東京パラ・車いすマラソン日本代表の、事実上の国内最終選考会となったレースでもあり、鈴木選手以外の男子選手が代表圏内に入るには最低限1時間22分23秒を切ることが求められていました。この設定は昨年の優勝タイムを30秒近く上回るタイムで、最初から積極的に行かないと厳しい条件。とはいえ、暖かく、ほぼ無風と気象条件も選手を後押しする形となり、「ガチンコ勝負の高速レース」が期待されていました。

ところが、レースは10時の号砲とともに鈴木選手が飛び出し、そのまま6㎞過ぎには独走態勢を築くという予想外の展開に。後続集団も必死に追い、洞ノ上浩太選手(ヤフー)など集団から抜け出しアタックする様子も見られましたが、安定したペースで差を広げた鈴木選手がそのままフィニッシュ。圧倒的なスピードで、ライバルたちを力でねじ伏せたかっこうとなりました。

コロナ自粛期間中の約2カ月半は自宅での練習のみで、7月からようやく競技用車いす(レーサー)での練習を再開できたと言う鈴木選手は3月の東京マラソン以来となった今大会を、「自分のコンディションを確かめる大会にしたい」と事前に話していました。勝利者インタビューでは、「今までの競技人生で一番ハードなレースだった。レース展開は決めておらず、スタートから飛び出したが(独走となり)、『こうなったら自分一人で行くしかない』と思って、それを達成できたので、すごく嬉しい。タイムは考えず、自分の体力だけにこだわってレースをした。この大会を開催してくださっている方々に、感謝の気持ちを込めて、自分の力を出し切ろうと思った」と充実の表情でコメント。
国内在住選手のみの独自大会で実施された「大分車いすマラソン2020」のスタートの様子。例年よりかなり少なく寂しいなか、スタートダッシュを決めた鈴木朋樹選手(先頭) (撮影:星野恭子)

内定済みの東京パラに向けては、「世界のモンスター(強豪)たちと戦うことになるが、来年に向けて、もっとステップアップできる。もう1、2段階上げてメダルを目指したい」ときっぱり。主戦場はトラックの中距離で、マラソン用の走り込みはしておらず、むしろ最近は「100mの重要性に気づき、自粛期間中に取り組んだ」と言います。直前のトラック大会の100mで14秒50の自己新を出し、今大会でもスタートダッシュで「余裕度」を確認できたそうで、自身の強化方法にも手ごたえを得た様子。「トラック種目を強化したから、(マラソンにも強い)今の自分がある。だからこそ、二刀流は崩さず、今後もがんばりたい」と力強く語りました。

圧倒的な鈴木選手の走りに対し、4分42秒遅れの1時間26分44秒で2位に入ったベテラン、山本浩之選手(はぁとスペース)は、「スタートから鈴木選手について行けなかったのが残念。でも、力は全部出し切った」と話し、山本選手と同タイムで3位となった渡辺勝選手(凸版印刷)は、「(鈴木選手に)ついていけなかった。順位もタイムも全くダメ。悔しい」と唇をかみました。

日本パラ陸上競技連盟の指宿立強化委員長は、「鈴木選手の力は安定している。東京パラのメダルも期待できる」と評価したものの、他の選手は目標タイムに届かず東京パラ出場が見えない状態に、「残念。このままだと世界で戦えるレベルにないことが明確になった」と厳しい表情。

日本開催の選考レースはこれが最後であり、今後、海外の大会開催も不透明ではありますが、東京パラ出場の可能性はわずかには残っています。ぜひ、もう一度奮起を期待したいです。

■女子はレジェンド、土田和歌子選手が復活の優勝

同女子の部は現日本記録保持者と元保持者、新旧女王の一騎打ちと注目されましたが、ベテランの土田和歌子選手(八千代工業)が1時間39分42秒で優勝し、存在感を放ちました。
復活優勝で笑顔を見せる土田和歌子選手。トライアスロンとの「二刀流」続行も宣言 (撮影:星野恭子)

1994年からパラリンピック7大会に出場し、日本人初の夏冬パラリンピック金メダリストとなったレジェンド。2016年リオ大会以降はトライアスロンに転向し、さらに昨年からは車いすマラソンとの「二刀流」での東京パラ出場を目指しています。今大会の目標1時間36分26秒切りは未達に終わったものの、東京パラ出場要件の世界ランキングを13位から7位に浮上させました。

土田選手は、「挑戦者として挑んだレース。目標タイムが切れなかったのは残念だが、今の自分の力は出し切れたと思う」と話し、「二刀流は続けます。東京(パラ)は諦めていない。自分が競技を続けるにあたって多くの方に勇気や元気を与えられていると思うし、応援者からの支えが自分の力にもなっている」と話し、挑戦し続ける理由を語りました。

1時間41分24秒で2位となった喜納翼選手(タイヤランド→沖縄)は、まだ代表には内定していませんが、昨年樹立した日本記録1時間35分50秒で現在、世界ランキング4位と、東京パラ出場圏内につけています。「楽しく走れた。今大会にピークを合わせたわけでなかった。年間を通したトレーニングの成果は感じられた」と明るい表情で順調な調整ぶりをうかがわせました。

指宿強化委員長は、土田選手の復活を「評価できる」とし、東京パラ代表の可能性はあるが、「もう1段階ギアを上げてほしい」、喜納選手については「今後は1時間35分台以上を見据えて、地力をあげてほしい」と両選手のさらなる進化に期待を寄せました。

■歴史重ねる大会。若手のチャレンジや地元の元気にも

今大会は感染防止対策で、レース前日、全選手にPCR検査を実施し(全員陰性)、競技場内は無観客、沿道の応援も自粛を要請され、代りにテレビやインターネット中継での観戦を呼びかけるなど異例の形で行われました。実際、沿道での観戦者はかなり少なかったですが、喜納選手は、「少なくても、姿が見えると嬉しかった」と言い、鈴木選手も、「テレビやスマホからの応援を感じながら走れた」と話しました。

大分の大会といえば、トップ選手の勝負だけでなく、若い選手たちのチャレンジの場でもあります。例えば、次世代選手発掘プロジェクトJ-STARの3期生で、今大会最年少選手の14歳、遠山勝元選手(千葉)はハーフマラソン初挑戦で、57分49秒で24位と大健闘。「目標は1時間切だったので、達成できて嬉しい。走っていて楽しいのでロードは好き」と満面の笑顔。次の目標はトラック種目で来年の世界パラ陸上ジュニア選手権に出場することと力強く語ってくれました。
初ハーフで大健闘を見せた14歳の遠山勝元選手 (撮影:星野恭子)

また、同じくJ-STAR3期生の18歳、見崎真未選手(熊本)はフィニッシュ直前で一人を抜くガッツを見せ、1時間9分32秒で、女子ハーフで2位に入りました。「去年(の大分)より、坂道を止まらずに走れた。コーチから『最後のトラックは全力で』で指示されていたので、一人くらい抜きたいと最後まで粘った」と自身の成長に手ごたえを得た様子でした。
「去年より坂をしっかり上れた」と笑顔の見崎真未選手 (撮影:星野恭子)

この大分での車いすマラソンは1981年の国際障害者年を記念して創設され、今年で40年の歴史を重ね、大分市の秋の風物詩として定着しています。自粛要請はあったものの、やはり沿道の応援者もちらほら見られました。橋の上り坂の途中で選手たちを見つめていた男性に声をかけると、大分市出身の71歳ですぐ近くに住んでいると言い、毎年の応援が恒例行事だと話してくれました。「応援するのが楽しくて。今年は特にいろいろ大変で生活も変わったけれど、こうして見慣れた(車いすマラソン)大会が戻ってきて、とても嬉しい」。大きな声援は自粛しつつ、選手が通るたびに大きな拍手でエールを送っていました。
「大会が戻ってきて、嬉しい」と、選手みなに拍手を送り続けた地元の71歳の男性(右) (撮影:星野恭子)

時おり止まりそうになりながらも必死に車いすを漕ぐ選手を、足を下ろして温かく見守る白バイ隊員 (撮影:星野恭子)

国内外でまだ、コロナの終息は見えず、不安な中ではありますが、有力選手が実力を示し、新人選手の成長も感じられ、工夫を凝らせば安全に大会が開催できるという事例がまた一つ増え、「希望の見えた」大会だったように思います。スポーツができること、選手の雄姿が誰かの元気になることも強く感じました。来年には平穏が戻り、地元の温かい応援で世界各地の車いすランナーから愛される「オーイタ」大会が、例年通りの国際大会として開催されることを願ってやみません。

(文・写真:星野恭子)