「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(334) パラ陸上の年内最終公式戦、東京で開催。貴重なレース機会に選手は躍動
新型コロナウイルス感染拡大の影響で多くの大会が国内外で中止されていますが、感染防止策を徹底した上で、パラスポーツの大会も少しずつ再開かれるようになってきています。11月7日から8日にかけては宮城県で水泳の秋季記録会とパラ射撃の全日本障害者ライフル射撃選手権、群馬県では全日本自転車競技選手権大会トラックレースが行われました。今号ではもう一つ、東京・多摩市の国士舘大学競技場で開催された、パラ陸上の関東選手権大会をリポートします。
同大会は例年、主に7月に行われていますが、今年はコロナ禍によりこの日程に延期され、パラ陸上としては年内最後の国際公認大会となりました。大会開催が少ないなか、東京パラリンピック代表入りを目指す選手たちにとっては出場要件の一つ、国際ランキングを上げる貴重な試合機会ですが、陸上では一般的にオフシーズンでの開催となり、調整やモチベーション維持などは難しい大会だったかもしれません。
大会はコロナウイルス感染防止対策が徹底され、無観客はもちろん、取材陣も代表制で少人数に限定されました。フィニッシュ地点には係員が待機し、フィニッシュ直後の選手の手のひらに消毒スプレーを吹きかけるなど、さまざまな対策が講じられていました。
なかなか慣れない環境の中ではありましたが、選手たちの果敢なチャレンジが印象的で、好記録もいくつか誕生しました。例えば、初日の第1レース、男子全盲(T11)5000mでは東京パラ代表に内定している、和田伸也選手(長瀬産業)が自身の記録を20秒以上更新する15分11秒79のアジア新記録を樹立。さらに、2位に入った唐沢剣也選手(群馬県社会福祉事業団)も同じく20秒以上の自己新、15分13秒14をマークし、従来のアジア記録を上回るなど快走を見せました。
世界新記録ペースで好レースが展開された男子全盲(T11)5000m。デッドヒートの末、和田伸也選手(左から3人目/伴走:長谷部匠ガイド)が唐澤剣也選手(同2人目/茂木洋晃ガイド)を抑え、アジア新で優勝した(代表撮影)
レース展開も見ごたえたっぷりで、スタートから唐澤選手が飛び出して先行し、世界記録(15分11秒7)ペースを刻みますが、少しペースが落ちた3000m手前で和田選手がすかさず前へ。冷静に後ろにつきチャンスを狙っていた唐澤選手は残り2周手前でギアを入れ替えて和田選手を抜き返し、グイグイと突き放します。ところが、残り100mを切ったところで突然、唐澤選手は転倒。何とか起き上がり、再び走り出しましたが、後ろから追ってきた和田選手がかわして優勝しました。
和田選手は「コロナで国際大会がない中、1秒でも記録を更新しようと思っていた。5000m1本に絞って臨んだが、大幅に記録更新できてよかった」と声を弾ませました。「唐澤君もこの1年強くなり、特にラストが強いので、中盤で積極的に前に出た。でも、転倒がなければ負けていた。この記録に満足せず、この冬練習したい」とさらなる進化を誓いました。
敗れた唐澤選手は、「世界記録と、和田選手に勝つことが目標だったので、少し悔しいが、自己ベストで走れたので次につながる。(転倒は)勝ちを意識しすぎもあったかも」と振り返りました。後半で伴走を務めた茂木洋晃ガイドは、「ラスト(2周)はいい切り替えだったし、いいレース展開だった。ここを磨いていけば、もっとタイムは出てくると思う」と前を向いていました。
和田選手はさらに、「今、この二人が世界のトップ2。(東京パラ)本番では1500mも5000mも二人で金・銀メダル争いができると思う」と力強く語っていました。世界トップクラスのライバル対決、これからも楽しみです。
また、視覚障害女子マラソンで代表内定済みの道下美里選手(三井住友海上)も、女子重度弱視(T12)5000mで18分48秒96をマークし、自らのアジア記録を20秒以上も更新しました。7月の記録会で出したという37秒台には届かず、残念そうな表情も見せましたが、「基礎スピードをあげてマラソンに生かしたい」と笑顔を見せました。トラック種目は専門ではありませんが、国立競技場がフィニッシュとなる東京パラのラストスパートもイメージしながらトラック練習にも取り組んでいるそうです。
義足クラスも近年、選手数も増え、特に短距離や走り幅跳びでライバル対決の激しさが増しています。成長株の一人、男子片ひざ下義足(T64)の大島健吾選手(名古屋学院大)はまず200mで第一人者の井谷俊介選手(SMBC日興)を抑えて優勝。記録も井谷選手のもつアジア記録を塗り替える23秒69をマークする快走でした。また、井谷選手が欠場した100mでも10秒60の好記録をマークし、圧勝で二冠を達成しました。
「100mは11秒47(井谷選手のアジア記録)を更新することが目標だったので残念。この冬、しっかり練習して3月までにこのタイムを切っていきたい」と意気込みました。大島選手には先天性の左足首欠損の障害がありますが、日常用の義足をつけて高校時代にはラグビーを、大学入学後に競技用義足で行うパラ陸上を始めて3年目。今年2月に義足を一新した矢先にコロナ禍による練習自粛となってしまったものの、その間に新しい義足を使いこなせるよう、じっくりトレーニングに取り組み、調整できたことも快走の要因と語っていました。マイナスをうまくプラスに転化できたようです。
勢いのある新星の一人、大島健吾選手の100mの力走。男子片ひざ下義足(T64)の短距離二冠達成 (代表撮影)
次世代を担う10代選手たちも多数参加し、それぞれの目標に向けて果敢にチャレンジしていました。例えば、女子車いす(T54)の見崎真未選手(熊本車椅子陸連)は日本スポーツ協会主催で新人選手を発掘する「J-STARプロジェクト」で見出された有望新人の一人。100mに出場し、記録は20秒58と9月に出した自己ベスト20秒26には及ばなかったものの、「走りやすく、いつも以上の力が出せた」と手ごたえを語りました。前日には800mに出場したほか、今週末にはハーフマラソンにも挑戦予定。さらに、パラ・パワーリフティングの女子ジュニア55㎏級の日本記録保持者(45㎏)でもある二刀流選手です。
「陸上のほうが今は比重が多いが、パワーリフティングは陸上の筋トレにもなるし、いろいろ組み合わせてやっていきたい。どの種目が自分に向いているかまだ分かっていないので、いろいろ挑戦して見つけていきたい。パラリンピック出場に向かって頑張りたい」と力強く目標を語ってくれました。
新人選手発掘を目的にした「J-STARプロジェクト」を経てパラリンピックを目指すホープの一人で、女子車いす(T54)100mを力走中の見崎真未選手 (代表撮影)
実は、他にもリポートしきれないほど、今後の活躍が楽しみな選手たちが大勢見られました。次の国内での公式戦は来年3月の日本パラ陸上競技選手権大会(20~21日/東京・駒澤競技場)が予定されています。冬季練習を経て、さらなる高いパフォーマンスを期待したいと思います。
(文:星野恭子)