「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(329) パラ・パワーリフティングの公式戦、8カ月ぶりに無観客で開催。5つの日本新も誕生!
下肢障害を対象とするベンチプレス競技、パラ・パワーリフティングの公式大会、「第3回チャレンジカップ京都」が10月3日と4日、サン・アビリティーズ城陽(京都府城陽市)で開催されました。新型コロナウイルス感染防止策が徹底され、無観客で行われましたが、今年2月の全日本選手権大会以来、8カ月ぶりとなる国内公式戦の開催に、選手たちも気合十分なパフォーマンスで応えた大会となりました。
国際パラリンピック委員会の公認大会で、選手たちは自己記録更新や東京パラリンピック最低出場資格基準(MQS)の突破など、それぞれの目標に果敢に挑戦するなか、5個の日本新記録が生まれたほか、「大会初挑戦」の新人選手も複数参加するなど、日本のパラ・パワーリフターのすそ野の広がりも感じさせました。
徹底したコロナ対策下で開催されたパラ・パワーリフティング公式戦、「第3回チャレンジカップ京都」の競技風景 (提供:日本パラ・パワーリフティング連盟)
感染症予防のため、ベンチ台やバーベルなどは選手の試技1回ごとに消毒を徹底 (提供:日本パラ・パワーリフティング連盟)
女子79㎏級の坂元智香選手(メディケアアライアンスあおぞら病院)は自身のもつ日本記録を4㎏更新するとともに、念願のMQSも突破しました。余裕のある70㎏からスタートし、74㎏、77㎏とクリアし、記録に挑戦する特別試技で79㎏まで伸ばす会心のパフォーマンスに、「ビックリしました。まさか、ここまでやり切れるとは」と笑顔で喜びを語りました。
女子79㎏級で日本新記録(79㎏)とMQSも突破し、笑顔でガッツポーズする坂元智香選手。「東京も目指しつつ、パリ大会まで長期プランで考えたい」 (提供:日本パラ・パワーリフティング連盟)
コロナ禍で練習拠点のジムが思うように使えず、自宅でやれることだけに集中し、今大会には、「まずは、胸でしっかり止めてから押し切るという課題をクリアしよう。そうすれば結果はついてくるはず」と臨んだそうです。無観客のため、普段なら帯同する夫の声援もなく、「心の支えがなく、寂しい思いもあった」という状況での快挙でした。
男子49㎏級の西崎哲男選手(乃村工藝社)も138㎏の日本新記録を樹立しました。130kg、134㎏と順調にクリアし、3回目の136㎏で自身が2月にマークした135.5kg の日本記録を更新。さらに特別試技で138㎏にも成功しました。
コロナ禍でも勤務先のジムで練習を積んできたといい、8カ月ぶりの大会にも日本記録更新を目標に臨み、「しっかりクリアできた。冷静に試合を運べた」と安堵の表情を見せました。
リオ大会につづき、東京パラ出場を目指しています。今大会では、全4回の試技で3人の審判からオール白判定をもらい、完璧な試技を見えましたが、「自分では4本目は納得のいく試技の精度ではなかった。次の課題が見つかった」と振り返った西崎選手。さらなる高みを目指しています。
男子49㎏級で138キロの日本新記録に成功した西崎哲男選手の力強い試技 (提供:日本パラ・パワーリフティング連盟)
男子65㎏級の奥山一輝選手(サイデン化学)は2月に自ら樹立した日本記録(141㎏)を越える144kgから強気のスタートでしたが、148㎏、151㎏と3連発で日本記録を塗り替えました。自己記録を一気に10kgも伸ばす快挙に、「2月に樹立した141㎏を大幅に更新でき、嬉しい」と喜びを爆発させました。
次世代育成選手で伸び盛りの一人で、この春大学を卒業したばかりの新社会人。コロナ禍で練習拠点の大学は閉鎖されましたが、ダンベルとベンチ台を購入し、自宅で練習を継続。「2カ月間の自粛がいい休養になったが、体重も落ち、『周囲から小さくなった』と言われた。なにくそと思ってトレーニングに励み、自粛前より大きくなれた」と、逆境も成長につなげるタフさも示しました。「1年延期は自分にはチャンス」と前を向き、東京大会で初出場を狙うホープです。
日本新記録を3連続で樹立し、思わず雄叫びを上げた奥山一輝選手(提供:日本パラ・パワーリフティング連盟)
大会は、屋内競技のパラ競技としてコロナ禍で行われた公式戦の第1号でもありました。屋外より感染リスクが高いとされるため、車いすの消毒や会場の換気など厳重な感染防止策の中で実施されました。
また、検討を重ねた結果、選手に試技中のマスク着用も義務付けました。西崎選手は「違和感はそれほどなかった」と話し、坂元選手も、厳しい対策には「戸惑いもあるが、コロナ禍でも当たり前のように試合ができる状況をつくっていくためのベースだと理解している。選手として対応していくのがスマートだと思う」とポジティブに対応している様子がうかがえました。
コロナ対策のため無観客で行われたほか、競技エリアや報道エリアにも十分なソーシャルディスタンスを確保。(提供:日本パラ・パワーリフティング連盟)
同連盟チームドクターの徳永大作氏 (京都府立心身障害者福祉センター附属リハビリテーション病院)は、「選手と介助者など人との接触も多いパラスポーツで、屋内競技では前例のない中での試みだったが、連盟や京都市、施設などと綿密なガイドラインを作成して実施した。スムーズにはできたのではないか」と一定の評価を示し、来年の東京大会に向けては、「改善点していきながら、他団体とも情報を共有し、安全で、かつ競技の支障がでない形を模索していきたい」と話しました。
出入り口での車いすの車輪の消毒も徹底し、屋内にウイルスを持ち込まない工夫も (提供:日本パラ・パワーリフティング連盟)
今大会の開会式で同連盟の吉田進理事長は、「この大会には、1)選手として記録への挑戦、2)連盟として感染者を出さない安心・安全な運営、3)初めてのライブ配信という3つのチャレンジがある」と話していましたが、1つ目は、日本新のほか自己記録を伸ばした選手もいました。3つ目についても、ライブ配信のおかげで、実は私も東京の自宅にいながら、京都での大会をしっかり取材することができました。
ライブ配信はまた、これまでなかなかチャンスがなかった人にも観戦の機会が広がったと思いますし、試技中の選手の顔に迫ったカメラワークによって臨場感もあり、競技の迫力を伝える大きな可能性が感じられました。
2つ目の感染症対策についての評価はもう少し先になるかもしれませんが、2日間の大会でいいチャレンジができたのではないかと思います。屋内競技での大会開催という実績もでき、パラスポーツ界も一歩ずつ前に進んでいます。
(文:星野恭子)