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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(328) 全米Vの国枝慎吾、組織委とコロナ対策で意見交換。「東京2020大会開催に一歩近づいた」

新型コロナウイルス感染症の収束はまだ見えませんが、スポーツ界ではさまざまな対策を模索しながら少しずつ開催される大会も増えてきました。9月前半にはテニスの全米オープンが開催され、世界中から選手が集まる国際大会を無事に成功させました。同オープンの車いすテニスの部男子シングルスで5年ぶり7度目の優勝を果たした国枝慎吾選手(ユニクロ)が9月18日、東京2020大会組織委員会とオンラインによる意見交換会に臨みました。来夏に延期された東京大会成功のために、同オープンでの感染症対策など自身の経験を共有し協力したいということで実現したそうです。

同オープンは全豪、全仏、ウィンブルドンと並ぶテニスの4大大会「グランドスラム」のひとつで、毎年8月の最終月曜日に開幕します。今年はコロナ禍によりウィンブルドンは中止、全仏は9月下旬に延期されたなか、同オープンは例年通り8月下旬に開幕。とはいえ、ダブルスや部門数を減らし規模が縮小され、全試合無観客という異例の形で行われました。さらに、会場と宿泊施設を「バブル」と呼ばれる選手・関係者だけの隔離空間にし、外部との接触を極力制限する徹底した感染防止対策が実施された中での開催となりました。

国枝選手は、「世界中から1カ所に選手が集まる国際大会という点で来年のオリンピック・パラリンピックに最も近い」とし、「(規模が異なるため)単純な比較はできないが、クラスターを発生させずに終わり、東京大会開催に一歩近づいたのではないか」と評価しました。

国枝選手自身、同オープン開催が決まった6月時点では、「コロナ禍で行くのは怖い」と感じていたものの、大会主催者とオンラインでのミーティングを重ねていくなかで、「これなら大丈夫。出場したい」と気持ちが変化したと言い、「対策をしっかりすれば、選手側は安心して大会に臨める。このプロセスがヒントになると思った」と振り返りました。

会合自体は報道陣には非公開でしたが、国枝選手が組織委と共有した情報はアメリカ入国からホテルへの移動、大会会場での練習や試合時、審判方法などにいたるまで20~30項目にも及んだそうです。

たとえば、「バブル」以外への外出は厳禁で、「『これ以上外に出ると失格』という立て看板があり、監視員もいた」そうです。なかでも有効に感じた対策として「頻繁なPCR検査」を挙げ、国枝選手自身も現地ホテルに到着後、2日後、4日後に受けたそうです。「大会関係者が常に陰性だと思える環境は大きかった。日本にいるよりも安心して過ごせた」と振り返り、感染への心理的な負担が減ることで、「コロナにビクビクしながら過ごすのでなく、選手は試合だけに集中できた」とアスリートとしての実感を語りました。

他にも、試合ではボールボーイが選手にタオルを渡すのをやめ、選手自身が箱から取り出したり、線審でなくビデオ判定が導入されたりなど、新しい試みもいろいろ取り入れられていたようです。

会合に参加した中村英正ゲームズ・デリバリー・オフィサー(GDO)は共有された項目を振り返り、「とても勉強になった。特にアスリートとしてどう思ったかという声は貴重だった。たとえば、(隔離生活で)ストレスを感じても、安心・安全な中で試合ができることをポジティブに考えるようにしたと聞き、安心・安全な環境を提供することが最も大事だったと分かったことがよかった」と国枝選手に感謝しました。

一方で、同オープンでは大会期間中に陽性者が出て途中棄権となったケースもあり、また、PCR検査の精度もまだ絶対ではありません。中村GDOは「濃厚接触者の定義が難しい。アスリートが納得できるようなルールづくりが必要」と今後の課題を挙げ、国枝選手も、「そこが東京大会でも大きな課題になると思う。どういう判断や対応をするのか、私自身も気になる」と話していました。

次期スポーツ庁長官に決まっている室伏広治スポーツディレクターは、「国枝選手はスポーツ界全体をみて、経験をシェアしてくれた。選手の生の声を聴けるのは貴重。参考になる話が多々あった。成功体験を重ねることが、オリパラ開催につながる。引き続き分析して取り組んでいきたい」と意気込みを示しました。

国枝選手は、オリンピック・パラリンピックは大会の規模が大きいため、「組織委が対策をどう練るかが一番のカギ。でも、やってくれると信じている」と期待を寄せ、中村GDOも、「来年の大会は開かれると思っている。あとはどう安全・安心にやり抜くか。知恵を絞っていきたい」と前向きに応じていました。

つづいて今月27日には、同じくテニスの全仏オープンが開幕しました。主催する仏テニス連盟によれば、感染防止策を講じた上で、全米オープンとは異なる「有観客」で行われています。ただし、観客数は7月には1日2万人と発表されましたが、その後、フランス国内のコロナ感染状況悪化に伴い仏政府などの要請もあって段階的に見直され、開幕直前に1日1,000人にまで制限されました。全体的な感染症対策も全米オープンに比べると、不安の声も聞かれます。とにかく無事に大会が進行することを祈ります。

とはいえ、立ち止まっていては、未来は開けません。今回の意見交換会のように、選手をはじめ皆が一丸となって知恵を絞り工夫を凝らして対策を講じること。そして、トライ&エラーを重ねながらより精度の高い対策を見つけて前進することが大切でしょう。それが、来夏の東京大会開催をはじめ、スポーツ界の発展につながるものだと信じます。

(文:星野恭子)