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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(326) パラ公式大会もリスタート! パラ陸上日本選手権が開催。「東京パラ成功のエビデンスに」

新型コロナウイルス感染拡大を受け、パラスポーツの大会も軒並み延期や中止となっていましたが、コロナ禍の国内で開かれた公式戦第1号として、9月5日から6日までパラ陸上の日本一を決める「第 31 回日本パラ陸上競技選手権大会」が熊谷スポーツ文化公園陸上競技場(埼玉県熊谷市)で開催されました。感染予防対策を徹底した運営方針のもと、さまざまな規制が敷かれ、また、無観客での開催でしたが、「試合に出られて嬉しい」という喜びで躍動する選手たちの姿が印象的で、さらに好記録も多数生まれた大会となりました。

猛暑のなか、審判や役員はフェイスガード着用が義務付けられ、競技用具は頻繁に消毒されるなど、感染症対策が徹底された (撮影:吉村もと)

日本パラ陸上競技連盟の増田明美会長は、大会開催に向けてオンラインでの理事会を何度も開いて検討し、反対意見もあったなか、開催にこぎつけたと言い、「選手には大会への枯渇感があった。多くの人の尽力によって大会が開催でき、『ありがとう』の気持ちで、選手たちが結果で答えたことが何よりうれしい」とコメント。

反対意見を動かしたのは、「選手の声」だったと言います。開催可否の議論の中では、選手を代表する「アスリート委員会」にも意見を求めたそうです。

副委員長を務める、義足のハイジャンパー鈴木徹選手は、「選手としては試合をしたい気持ちが強かった。『やるか、やらないか』でなく、『やりながら対策を』という選手の声を聞き、前向きに動いてもらえ、皆さんの協力に感謝している。選手としてはパフォーマンスできることが第一」と感謝を口にし、「パラ陸上からスタートさせてもらったが、他の競技でも順調に大会が開ければ、東京パラも開けるのではないか」と、今後の進展にも期待を寄せました。

アスリート委員会副委員長としてリーダーシップを発揮した鈴木徹選手は、男子走り高跳び・ひざ下義足クラスを1m90で優勝。「1m95はクリアしたかった」と悔しさものぞかせたが、東京パラでのメダル獲得を見据え、義足やフォームの改良に取り組んでいる途中と言い、「延期をプラス材料にしたい」と前向きだった (撮影:吉村もと)

同連盟の三井利仁理事長は、今大会は来年の東京パラを成功させるための「エビデンスを求める第一歩と位置付けた」と言い、無観客開催については、「選手に競技に集中してもらうことを優先するため。とにかく、クラスターを避けたい」と苦渋の決断だったと話しました。観客を入れて広く競技をアピールすることも重要です。コロナ禍ではオンライン観戦なども増えているなか、今大会のインターネットでのライブ配信は初日のみに限られていた点については、現時点では熱中症対策も含め、限られた予算のなかで優先順位をつけての運営だったと説明。

また、審判員やボランティアの人数は約3割減らしたものの、実施種目や出場枠は減らさず、「従来のスタイル踏襲」にこだわったと言い、「(コロナ禍でも)練習を続けてきた選手たちには、できるだけ参加してほしいと思った」と選手中心の運営姿勢を強調しました。

実際、「対コロナ仕様」は徹底されました。会場内での手洗いや消毒、マスクの励行はもちろんのこと、選手やスタッフのほか、報道陣にも大会2週間前からの検温や健康データ提出が義務付けられ、大会後2週間も健康観察が必要です。「2週間」という期間は選手の「障害」を考慮し、日本陸上競技連盟が設ける「1週間」よりも厳しい規定を導入したそうです。

また、報道陣にとって久しぶりに選手と交流できる機会のはずでしたが、取材対応の選手数は大幅に絞られ、特に感染による重症化のリスクが高いと思われる障害の重い選手は外されました。

有力選手の中でも感染リスクを考慮して止むなく参加を見合わせたり、あるいは所属先の理解が得られない選手もあったようです。

ミックスゾーンには、選手と記者の間に透明ボードが立てられ、ビニール袋をかぶせたマイクを使った新スタイルでの質疑応答が行われた。左は女子走り幅跳び・ひざ下義足クラスを、5m70のアジア新記録で制した中西麻耶選手(撮影:吉村もと)

万が一、クラスターが発生すれば、他のパラスポーツも含めた今後の大会や、さらには東京パラ開催にも大きな影響を及ぼしかねません。感染防止策に対する「結果」はこの先数週間の状況しだいですが、手探りのなか、まずは今大会の開催にこぎつけたことはパラスポーツにとって大きな一歩だと思います。

■好記録も連発!

競技内容については、コロナ禍による活動自粛や練習環境の制限などもあり、置かれた状況によって選手のコンディションには差が見られましたが、それぞれが掲げた目標に向けて果敢に挑み、実際、多くの新記録も誕生しました。

コロナ禍がなければ、9月6日は東京パラリンピックの最終日の予定でした。その舞台は幻となりましたが、逆境の中でも目標をぶらさず、高い意識と工夫を凝らすことで、選手は強くなれることを証明してくれたように思います。

多くの選手から聞かれたのは、練習拠点が閉鎖され、自宅などでの限られた練習環境の中で、普段はできていなかった筋トレやフォーム改良などにじっくりと取り組んだり、自分自身を見つめなおしたり、あるいはライバル選手の動画を見て参考にするなどで、「以前よりも強くなれた」という声です。

もう一つ、東京パラが「中止でなく、延期でよかった」という声も大きかったです。ターゲットを1年後にスライドさせることでモチベーションを保ち、「もっと強くなれる」と気持ちを新たに再始動していました。

女子走り幅跳び・ひざ下義足クラス(T64)を制した中西麻耶選手は5m70の大飛躍を見せ、自身の持つアジア記録を19㎝更新しましたが、コロナ禍はものともせず、「調子はよかった。5m80以上は跳びたかったので、課題が残った」とさらなる向上心を口にするほど。自粛期間中も公園や河川敷など練習できる場所を必死に探し、可能な限りトレーニングを継続した結果だったと振り返り、東京パラ延期にも、「練習の質は落とさず、あくまでも(今年の)東京パラを目指したピーキングを今やっている」とし、状況や周囲に流されない強いメンタルと覚悟が感じられました。

コロナ禍をものともせず、アジア新となる5m70をマークした、中西麻耶選手の大ジャンプ。筋トレなどにより、「助走の走力が上がっているので、スピードを生かした踏切が課題」とさらなる進化を誓った(撮影:吉村もと)

男子T11(視覚障害・全盲)の1500mではベテランの和田伸也選手(伴走:長谷部匠ガイド)が自己記録を5秒以上も縮める4分5秒75をマークして優勝。2位に入った唐澤剣也選手(同:茂木洋晃ガイド)も4分7秒72と自己ベストを大幅に更新。2人とも、アジア新、日本新での快走となりました。

視覚障害、とりわけ全盲選手の場合、「手で触る」行為は日常生活でも不可欠であり、また競技には伴走者も必要です。人との接触がはばかられるコロナ禍では苦労も大きかったはずです。和田選手は、「競技場も使えず、人と会うことを減らすため伴走者を限定したことで練習も限定された。それでも、成績が維持できるようトレーニングを続け、(東京パラ代表に内定している)1500mに絞って、アジア新を狙って走れた」とコメント。2人はともに、東京パラ代表は内定させていますが、今回の記録により、東京パラランキングで和田選手が2位、唐澤選手が3位となり、一気にメダル圏内に浮上しました。

男子1500m視覚障害・全盲T11クラスをアジア新で制した和田伸也選手(中)と長谷川匠ガイド。先行する唐澤剣也選手(後方)を残り300m地点からの一気のスパートで抜き去った (撮影:吉村もと)

1500mでは知的障害クラスでも好走が目立ちました。女子の古屋杏樹選手が 4分36秒56、男子も赤井大樹選手が3分56秒24をマークし、ともにアジア新での優勝を果たしました。この快走で、ランキングも順に、2位、3位へとランクアップ。「来年4月1日時点で6位以内なら代表枠獲得」となるため、互いに目標とする東京パラ出場に大きく近づいたことになります。古屋選手は「4位以内なら東京パラ内定」だった昨秋のドバイ世界選手権で6位に終わった悔しさをバネに体も5kgほど絞り、コロナ禍でも練習できる場所を探してトレーニングを続けたと言います。東京パラ出場に大きく迫る快走に、「体も軽く、調子はよかった。37秒台を目標に走り、最後の1周でペースを上げられたのがよかった。うれしい」と喜びを語りました。

女子1500m知的障害クラスを4分36秒56のアジア新で制した古屋杏樹選手。スタートから一人飛び出し、設定タイムを意識してペースを保ち、ラストスパートにつなげ、強さを見せた(撮影:吉村もと)

日本知的障がい者陸上競技連盟の奥松美恵子理事長によれば、知的障害のある選手は、「1年後の延期」をイメージしにくかったり、テレビ報道などから必要以上に「コロナ感染」を怖がったりする選手も多いそうです。コロナ禍でモチベーションが落ちる選手も多いなか、前向きに競技に取り組み、結果につなげられた選手が多かったのは家族やコーチ、福祉施設スタッフなど日常的に関わる人たちのきめ細かい気遣いや声がけなどサポートの力も大きかったと言います。

コロナ禍は世界中の人々に大きな影響を与えていますが、さらに障害特有の苦労も少なくありません。アスリート委の鈴木選手は、パラスポーツ大会を通して情報発信されることで、「障害者理解にもつながる」と話していました。パラリンピックも含めたパラスポーツ大会の開催意義は、こんなところにもあるのだと、改めて気づかされました。

一方で、「モチベーションが落ちて、今、少しずつ戻している」や、「練習不足で思ったような記録ではなかった」などコロナによる活動自粛のマイナスの影響を語る選手ももちろん見られました。久しぶりの大会開催や仲間たちとの再会がよい刺激となることを期待したいです。

先行きはまだ不透明ですが、まずは新たな一歩を踏み出したパラスポーツの大会開催。他の競技の動向も含め、今後の展開にも注目したいと思います。

(文:星野恭子)