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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(321) オンラインセミナーで熱いトーク。「義足で走ることが当たり前の社会に」

東京パラリンピック開催も近づき、パラアスリートの高い競技性が注目されていますが、パラスポーツの普及にはすそ野を広げる取り組みも欠かせません。7月23日に行われたオンラインセミナー「義足で走ることを楽しむために」はそんな取り組みの一つ。「アスリートだけでなく、より多くの義足ユーザーが日常的に楽しく走れる環境づくりとは?」をテーマにしたセミナーで、主催したのは競技用義足やロボット義足の開発・製造を行うXiborg(サイボーグ/https://xiborg.jp/)社です。同社の遠藤謙代表と義足のパラリンピアン、山本篤選手(新日本住設)をゲストに、オリンピアンで同社のランニングオフィサーでもある為末大氏がMCを務め、活発なトークを展開。義足ユーザーや義肢装具士、医療関係者ら約100人が耳を傾けました。
7月23日開催のオンラインセミナー「義足で走ることを楽しむために」より。主催したXiborg社代表の遠藤謙氏(右上)と、同社製の競技用義足(ブレード) (提供: Xiborg社)

遠藤代表も義足の研究・開発エンジニアで、2014年にXiborgを創業。義足ユーザーの中で走る人はまだ一握りであるという現状に、「当たり前に走れる環境を東京パラリンピックのレガシーの一つとして残したい」と活動しており、今回のセミナーはその一歩であると開催趣旨を説明。

「例えば、コロナ禍の外出自粛期間中にも、ソーシャルディスタンスを保ったうえでのランニングが推奨されていたように、走ることは人間にとって大切な行為だと思います。でも、走りたいと思っても気軽に走れる状況にない義足ユーザーは健常者より制約が多かったはずです。もちろん、走りたくないという人もいますが、『走れるけれど走らない』のと、『走れないから走らない』では似ているようで全く異なる。義足ユーザーの多くは後者の状況にあり、そこを変えていきたいと思っています」

山本選手は2008年からパラリンピックに3大会連続出場し、3つのメダルを獲得。昨年秋の世界選手権で走り幅跳び(T63/片大腿義足クラス)でも3位に入り、東京パラ出場も内定させているトップアスリート。約20年前、高校2年時のバイク事故で左足を太ももから切断し、義足生活になりましたが、リハビリを経て再び走れるようになった当時を、「風を切って走る感覚は単純に嬉しかった」と振り返ります。そして、「競技用義足」と出会って本格的に陸上競技に取り組み、記録も向上していくなかで、「成功体験ができて、『もっとこんなこともやってみたい』と挑戦心も強まり、自己肯定感も上がっていった」と走ることの効用を語りました。

ここで、義足について確認しておきましょう。一般的な義足は大きく分けて上下2つのパーツに分かれます。上部は脚の切断部(断端/だんたん)を覆う「ソケット」で、その下に「足部」がアダプターで接続されています。なお、山本選手のように大腿部切断の場合はもう一つ膝関節の代わりをする「膝継手(ひざつぎて)」という部品が必要なので3パーツになります。

「ソケット」は体格や断端の状態に合わせた完全なカスタマイズ品で、「足部」は通常、市販品から適したものを選び、長さなどを調整して使います。ソケット作りや足部との組み合わせ、調整などを手がけるのが、義肢装具士という国家資格をもつ専門家です。

一般に「競技用義足」と呼ばれるのは日常用とは別の、走りやすさを追求した足部のことで、「ブレード」や「板バネ」と呼ばれます。主に「Jの字型」ですが、最近は「Cの字型」なども開発され、選手は市販のモデルから自身の筋力や競技の特性などに適したものを選びます。

Xiborg社の遠藤謙代表。背景奥は運営する「ギソクの図書館」で、さまざまな競技用のブレード(義足)を試すことができる (提供: Xiborg社)

■「走りたい」を妨げる課題とは?

セミナーでは義足ユーザーが走るための課題についても議論されました。最も大きいと思われるのが、「経済的負担」です。競技用義足は約25万から60万円と高価で、日常用とは異なり保険適用外なので自己負担です。

この課題に応えようと、Xiborg社では今、安価なブレードを開発中と言い、「できれば、10万円台を目指したい」と遠藤代表。実現すれば、ハードルは下がりそうです。

また、「競技用義足を気軽に試せない」「安心して走る場所が少ない」ことも課題に挙がりました。解決策の一つとして遠藤代表は2017年秋、「ギソクの図書館」(https://bladelibrary.jp/)を開設。「図書館」という名の通り、さまざまなメーカーの競技用ブレードが並び、誰でも気軽に借りられます。しかも、同施設は東京・江東区に2016年にオープンし、為末氏が館長を務める陸上用施設、「新豊洲ブリリア・ランニングステーション」(http://running-stadium.tokyo/)内に併設されているので、本格的なタータントラックで安心して試走もできます。

定期的にランニング教室も開催し、選手や義肢装具士のサポートを受けながら練習できる機会も提供。参加者は徐々に増えていますが、教室の参加者の中には「教室以外では走らない」という人も多いそうです。その理由には、「人目が気になる」「転倒が怖い」といった声のほか、「足部の交換」を挙げる人もいます。先に説明したように、義足はソケットと足部の組み合わせであり、走るには競技用の足部に付け替える必要があります。一般にソケット下部のアダプターに足部を着脱する構造なので誰にでも交換可能(一部、交換不可のアダプターもあり)ですが、ネジの締め方や取り付ける角度(アライメント)など注意すべき点もあります。転倒や破損の恐怖感もあり、「義足の交換は義肢装具士が行うもの」と思っている人も多いそうです。山本選手はアライメントが狂わないような交換方法を工夫した上で、「自分で付け替えている。慣れれば1分半ほどでできる」と話していましたが、多くの義足ユーザーにはまだ、「難しさ」や「抵抗感」があるようです。
セミナーのゲストは、義足のアスリートとして活躍する山本篤選手。自身の経験をさまざま紹介するとともに、日常用義足から競技用義足への交換する方法も実演 (提供:Xiborg社)

質疑応答も活発に行われました。特に考えさせられたのは、「自分で交換して事故が起きた場合、責任の所在は?」という質問です。山本選手は、「転んだり、(義足が)壊れたりはある。でも、責任はやりたいと思う本人が負うものだと思うし、僕もそう思って走っている」と言い、為末氏も、「用具を使うスポーツの場合は健常者でも同じ構造で、自己責任が基本。もちろん、周囲も最大限のサポートをする」。遠藤代表も、「究極は自己責任になると思うが、我々(開発者)も何らかのリスクを一緒に負いながらつくっていくことが落としどころかと思う」と答えていましたが、新しいことを切り開いていくことの難しさと意義の大きさを感じました。

■多くの人に体験する機会を

セミナーの終わりには、義足で走れる環境作りの一環として、9月に開催予定のイベントも告知されました。静岡県障害者スポーツ協会などが主催する、「静岡県ブレードランニングクリニック」で、義足での走り方や交換方法の指導、交流会などが予定され、山本選手も講師の一人として参加します。また、Xiborg社が開発中の安価なブレードもお披露目されるようです。

実は山本選手と遠藤代表が静岡県出身ということもあり、「まずは静岡から始めて、その後、各地でコピーモデルができれば」と遠藤代表は期待を寄せ、山本選手も、「僕自身も脚を切断後、走れる喜びを感じた一人。多くの人に伝えていきたい」と参加を呼び掛けていました。

<静岡県ブレードランニングクリニック/TOKYO2020公認プログラム>
日時: 2020年9月22日(火・祝)13:00~16:00(予定)
会場: 草薙総合運動場 このはなアリーナ (静岡市駿河区)
詳細・申込:
https://blog.goo.ne.jp/s-spokyo/e/2209bf4c775cb48429fdf1243a02e137
9月22日に静岡市で開催予定の「静岡県ブレードランニングクリニック」の案内。右上は、同イベントでもMCを務める為末大氏 (提供: Xiborg社)

今回のセミナーを聞いて思ったことは、「誰もが走るべき」「走らなければならない」わけではないけれど、例えば、「走るための義足がないから、体育の授業はいつも見学」などはやはりおかしい。走れる環境があった上で、「走るか走らないかを自分で決められる環境が大切」であり、障害の有無に関わらず、走りたいと思った時に走れるという「機会の平等」は実現されるべきだということです。

一方で、費用や本人の意識などさまざまな課題がある現状も分かりました。また、自転車やスキーのように道具を使うスポーツにもケガなどのリスクはつきものですが、やりたいと思った時に「事故が起きたときの責任」まで考えることはほとんどありません。でも、義足でのランニングに抵抗感があるのは、やはりまだ「走ることが当たり前ではない」からでしょう。「楽しさ」や「安全性」を伝え、広めていく活動の重要性も強く感じました。

こうした課題を解決し、「当たり前の環境づくり」に挑むXoborg社や選手たちの活動に、今後も注目していきたいと思います。

(文:星野恭子)