「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(316) テニス界も無観客のイベントマッチで再始動。ダニエル太郎と車いす・国枝慎吾の「本気ラリー」も魅了!
「スポーツのある日常」が少しずつ戻ってきていますが、国内テニス界でも先週末27日から28日にかけて画期的なイベントが行われました。日本の男子トップ選手が集結し、首都圏のテニスコートで開かれた無観客のエキシビションマッチ「橋本総業チャレンジテニス」です。非公式戦とはいえ、新型コロナウイルス感染拡大により3月にツアーが中断して以来、国内で行われた初の実戦となりました。オンライン(WOWOWメンバーズオンデマンドとWOWOW公式YouTubeチャンネル)で無料ライブ配信されたので、ご覧になった方も多いかもしれません。
このイベントは、男子プロのダニエル太郎選手(エイブル)と男子車いすテニスの国枝慎吾選手(ユニクロ)が「日本のファンにテニスを届けたい」と発起人となり、国内在住の男子トッププロ9選手と男子車いすの2選手が「Team Taro」と「Team Shingo」の2チームに分かれ、特別ルールのもと、団体戦で競われました。私もオンライン観戦しましたが、選手が躍動する様子は「テニスができる喜び」にあふれていましたし、そんな様子を共有できる「テニスが観られる喜び」も堪能できました。
開催にあたって、いろいろ工夫もありました。1試合45分制という特別ルールで、制限時間いっぱいゲームを重ね、各試合の獲得ゲーム数を合算し総数の多いチームが勝利します。45分という設定は絶妙で、「もう少し見たい」感も募りますが、テンポよく試合が進むので、ネット観戦という枠には適したフォーマットに感じました。
コロナ感染予防策も徹底されていました。無観客はもちろん、コート上に線審やボールパーソンも不在で、転がった球は選手自ら拾ったり、タオルも自分で取りに行きます。試合中も試合後も握手はなく、ラケットでタッチ。中継スタッフも最少人数で行われ、報道陣はオンラインでの取材だったようです。
無観客試合を意識したエンターテインメント面での工夫もよかったです。例えば、サイドチェンジのインターバル中に選手が放送席からのインタビューに応じ、オンラインで募った観戦者からの質問にも答えていました。ダニエル選手のアイデアだそうで、「無観客だからこそ、選手が考えていることをファンにリアルに伝えることの大事さを思った」といい、「今のゲームでは、どんなことを考えてプレイしていましたか?」など、公式戦ではありえないようなやりとりは新鮮でした。
さらにYouTubeではチャット機能を利用して観客がプレイに対する感想などをつぶやきあい、リアルタイムで交流。会場観戦とはまた違う、臨場感や一体感も楽しめました。
試合ももちろん、2日間通して見ごたえたっぷりでしたが、「パラスポーツ・ピックアップ」としてはまず、1日目に行われた車いすのシングルス1戦をリポートしましょう。世界ランク1位で車いすテニス界のエースでありレジェンドでもある国枝選手と、同18位で車いすテニス歴約5年ながら急成長中の荒井大輔選手との一戦でした。最終スコアは8-3で国枝選手が圧倒したものの、0-7とリードされていた荒井選手が第8ゲームから巻き返し、3連続でゲームを奪ったシーンには日本車いすテニス界の層の厚みも感じ、見入ってしまいました。
さらに、何といっても観客を驚かせ沸かせたのは2日目に行われた大会最終戦、「ニューミックス」だったのではないでしょうか。これは車いす選手と健常の選手とがペアを組む「新しいダブルス」で、今回はTeam Shingoは国枝選手と西岡良仁選手(ミキハウス)が、Team Taroは荒井選手とダニエル選手がペアとなり、熱戦を繰り広げました。
通常のダブルス戦のルールに加え、車いす選手に限り「返球は2バウンドまで」という車いすテニスのルールも適用されて行われたのですが、「いったいどんな展開に?」と思われた内容は、ワクワク感を裏切らない真剣勝負そのもの。特にダニエル選手と国枝選手のラリーは見ごたえたっぷりでした。
例えば、ダニエル選手が全力で繰り出す高速サーブに、一歩も引かない国枝選手のリターンから始まる激しいクロスラリーの応酬には手に汗握りました。車いす選手と健常の選手のサーブでは打点の高さが違うし、トッププロの強烈なサービスは球速も速く、勝手が違ったはずです。それでも果敢に挑む国枝選手の姿に、チャット欄も大いに盛り上がりました。「見ごたえあるラリー」「ダニエルのガチさが余計に試合をおもしろくしてる」「国枝さん、凄すぎる」「このダブルス見てると人の可能性の大きさを感じる」など、多くのポジティブなコメントが並んでいました。
試合後のインタビューでは国枝選手も、「太郎選手のサーブが容赦なかったので、なんとかリターンエースを決めてやろうと思いましたが、さすがにそれはできなかった。でも反応はできていたので良かった」と満足そうな笑顔を浮かべていましたし、ペアとして真横で見守った西岡選手は、「(ダニエル選手のサーブには)私でも後ろに下がって取るのに、前に突っ込んでリターンしていた国枝選手は尊敬」と舌をまいたほど。それにしても、コート上の4選手がガッツポーズや時おり笑顔も見せながら楽しそうだったのが印象的で、「ニューミックス」の魅力や可能性を感じさせるマッチだったと思います。
さて、大会結果ですが、1日目は全5試合でTeam Shingoが27-23で勝ち、全6試合が行われた2日目もTeam Shingoが32-28で勝利しました。とはいえ、勝敗よりも大切なメッセージがこのイベントにはあったように思います。国枝選手は、「そろそろ1テニスファンとして、『テニスが観たい』と思って企画したが、実現できてよかった。テニスっていいなと思いました。(コロナ対策を徹底した)条件下なら、テニスもできるというメッセージになれば」と話し、ダニエル選手も、「WOWOW、スポンサーの協力、そして選手のみんなの協力があってできた。週末、見てくれてありがとうございました。楽しんでくれたら嬉しいです」とコメント。本当に久しぶりに見たテニスの試合に、「コロナ禍でも、スポーツは楽しめる」、そんな思いを強くしました。
なお、試合の模様は下記のリンクから、YouTubeのアーカイブで今からでも観戦できます。全試合、面白いですが、2日目の最終戦(5時間10分頃から)の「ニューミックス」、おすすめです。ぜひ一度、チェックしてみてください!
▼【第1日】日本男子トップ選手集結!チャレンジテニス【WOWOW】
▼【第2日】日本男子トップ選手集結!チャレンジテニス【WOWOW】
(文:星野恭子)