「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(300) 東京マラソン車いす、男子は鈴木朋樹、女子は喜納翼がともに大会新で初優勝!
3月1日に行われ、東京オリンピックの日本代表を目指す大迫傑選手の日本新での快走に沸いた、「東京マラソン2020」でしたが、車いすの部でも好記録が生まれています。男子は鈴木朋樹選手(トヨタ自動車)が1時間21分52秒で、同女子は喜納翼選手(タイヤランド沖縄)が1時間40分00秒で、ともに大会新記録での初優勝を飾ったのです。
ガッツポーズでフィニッシュに飛び込む、鈴木朋樹選手。東京マラソン2020車いす男子の部で念願の初優勝! (提供:©東京マラソン財団)
14回目となった今大会は、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、約38,000人が出走予定だった一般ランナー部門は中止され、車いすとエリートマラソンの部約200人のみでの縮小開催でした。当初は世界のトップ車いすランナーが顔を揃え、東京パラリンピックとコースが一部重なることもあり、「前哨戦」とも言われていましたが、車いすの部では海外勢を中心に出場辞退があいつぎ、男子はエントリー20名から11名に、女子は同10名から3名にと、約半分の出走者によるレースとなりました。辞退者の大半は、もちろん新型コロナウイルスの影響によるもので、例えばアメリカ選手(男子1、女子3)は同国パラ陸上競技連盟の指示による辞退だったようです。
異例の事態のなかで、車いすの部は大迫選手らエリートマラソンより5分早い9時5分に東京都庁前を力強くスタート。男子は序盤4㎞地点の市ヶ谷の下り坂付近で集団がばらけ、3選手が先頭集団を築いたものの、8㎞地点を前に鈴木選手が抜け出して独走。終盤まで日本記録(1時間20分52秒)更新ペースで駆け抜け、従来の大会記録を4分以上も更新する快走でフィニッシュしました。
15㎞手前の浅草雷門前を独走で通過する鈴木朋樹 (撮影:吉村もと)
「海外選手がいれば、違った展開になったと思うが、優勝できたことはすごく嬉しい。天気も良く気持ちよく走れた」と充実の笑み。独走状態については、「気づいていたら(後続が)離れていた。大会新は狙いたかったので、淡々とレースをした」と振り返り、自己ベストも1分以上、縮めました。
鈴木選手は昨年のマラソン世界選手権で銅メダルを獲得し、東京パラリンピックの出場内定を得ていますが、専門はトラックの中距離で、東京パラでは「二刀流」を狙っています。車いすマラソンは一般のマラソンとは少し異なり、スプリント力も重要で、ゴール前のスパート合戦で勝敗が決するレースも少なくありません。鈴木選手も今大会に向け、トラック練習主体で臨んだと言います。
「メインはトラックをやっていきたいが、(世界で)勝ちにいくことを考えると、マラソンもありだと思っている。ただ、マラソンに専念した練習では今日の結果はないと思う。今後も、ぶれずにやっていきたい」
鈴木選手はこのあと、4月のロンドンマラソン兼ワールドカップに出場予定です。今回欠場した世界の強豪たちの出場も見込まれています。「表彰台に上がることで、東京パラでのメダルも見えてくると思う。しっかり準備したい」と話しました。
一方、女子を初制覇した喜納選手はスタート直後から一人旅となったようですが、2月28日行われた事前会見で掲げた目標タイム通りの快走に、「天気も良く気温も暖かく走りやすいレースだった。設定したペースで走りきれたのは自信になった」と笑顔がこぼれました。
優勝賞金などは、「海外遠征や用具費にあてたい」という喜納翼選手。まずは、東京パラリンピック出場権獲得を目指す (撮影:吉村もと)
沖縄出身で、バスケットボール選手として県代表にもなるほど活躍していましたが、大学1年でトレーニング中に重いバーベルの下敷きになり車いす生活となりました。2016年の初マラソン以来、昨年11月には第一人者、土田和歌子選手が持っていた日本記録も更新するなど右肩あがりで成長中です。好調の要因に、「これまでの積み重ねが結果に反映されてきているのかなと思う」と努力の継続を挙げました。初出場を目指す東京パラの出場権がかかった4月のロンドンマラソン兼ワールドカップに臨みます。
「今回、東京の町を走れたのは(東京パラの)イメージができたが、浮き足立つことなく、ロンドン(のワールドカップ)でしっかり走ることが一番。気持ちはもう、切り替えています」ときっぱりと話していました。快走に期待です。
競技用車いす(レーサー)との“相性”も走り大きな影響を及ぼす。喜納選手は自身のレーサーを1年半前に新調して以来、「親友です!」と話す。浅草雷門前で快調に飛ばす(撮影:吉村もと)
「男女とも、好タイムが出てよかった」と安堵の表情を見せたのは、車いす部門の副島正純レースディレクターです。東京マラソンは一般に「高速コース」と言われますが、車いすレースについては平坦で仕掛けどころがないコースの特性もあり、このところ記録の停滞が続いていました。
「高速コース」は有力選手の参加も見込まれ、「魅力的な大会」の一要因でもあります。そこで、大会主催者の東京マラソン財団は、「選手のモチベーションアップにつながれば」と記録更新を期待したいくつかの「仕掛け」が用意されていました。
見事、優勝した鈴木選手と喜納選手にはそれぞれ、今大会から倍増された優勝賞金(200万円)、大会新ボーナス(20万円)、「大会記録更新を狙って設定されたタイムスプリットタイムボーナス」(15万円)が贈呈されました。
副島ディレクターは、賞金などがタイムアップにどれほどつながったかは分からないとしながらも、「先導車からレースを見ていたが、鈴木選手も喜納選手も、伸び伸びと走っていた。良く走ってくれた」と評価。一方で、男女とも独走となったレース展開について、「見ていて少し寂しかった」と話し、後続の選手たちに対し、今後のレースに向けて、「ここから、上げていってほしい」とさらなる奮起を期待していました。
レースを総括する副島正純車いすレースディレクター。現役選手でもあり、「走りたかったが、今回は(コロナの懸念もあり)、サポートに専念しました」 (撮影:吉村もと)
新型コロナウイルスの感染防止対策をさまざま講じながら、特殊な環境下で行われた「東京マラソン2020」。例年は100万人にも及ぶ沿道観戦者も今年は自粛要請もあり、約72,000人(主催者発表)に留まったそうです。そんななか大きな混乱もなく、好成績にも沸きました。
女子で唯一オーストラリアから出場したクリスティー・ドーズ選手は、新型コロナウイルスのリスクについて、「気をつけなければならないが、東京は(感染防止対策の)マスクや手洗いの励行など、常識的に対応していて不安はなかった。むしろ、オーストラリアも参考にすべき」と話し、初めて走った東京のコースを、「後半風が出てタイムが上がらなかったが、路面もきれいで、『東京ありがとう』と言う思い」と笑顔を見せてくれました。
規模縮小での開催となり、沿道観戦自粛要請も行われ、例年とは異なる雰囲気のなか、スタートを切った、「東京マラソン2020」の車いすランナーたち。後方には号砲を待つエリートランナーの姿も (写真提供:©東京マラソン財団)
多くの大会やイベントが中止になるなか、今年の東京マラソンには運営のヒントも多かったように思いますが、とにかく事態の早期収束を願ってやみません。
=====================
<東京マラソン2020車いすの部成績上位者>
男子1位:鈴木朋樹 (トヨタ自動車)/2位:渡辺勝 (凸版印刷)/3位:洞ノ上浩太 (ヤフー)
左から、渡辺勝選手、鈴木朋樹選手、洞ノ上浩太選手 (撮影:吉村もと)
女子1位:喜納翼 (タイヤランド沖縄)/2位:クリスティー・ドーズ (オーストラリア)/3位:安川祐里香 (日本オラクル)
(文:星野恭子/写真撮影:吉村もと/写真提供:©東京マラソン財団)