佐野稔の4回転トーク 19~20シーズン Vol.⑩ ルッツ解禁と持ち前の冷静さで紀平が2連覇達成 16歳鍵山がいきなりの表彰台 ~ 「四大陸選手権」を振り返って・後編
封印していた得意の3回転ルッツをやっと解禁
ショート・プログラム(SP)を首位で発進した紀平梨花が、フリー・スケーティング(FS)でも、参加選手唯一の150点台をマークしての完全優勝。ヨーロッパ以外の国と地域の選手によって争われる「四大陸選手権」において、男女通じて初となる2連覇を成し遂げました。今回の勝因にあげたいのは、公式戦で久しぶりに跳んだ3回転ルッツです。去年9月に左足首を痛めて以降、その影響で紀平はルッツを封印してきました。6種類あるジャンプのなかで、アクセルに次いで難度が高く、2番目に基礎点が高いのがルッツです。去年11月の「NHK杯」のように、ルッツの差で敗れたと言える試合もありました。
また、ジャンプそのものの加点だけではなく、こういった難しいジャンプをしっかりと成功させることによって、ジャッジに与える印象も違ってくるものです。スケーティング・スキルといった表現面の評価にも、プラスに作用します。
以前にも指摘しましたが、紀平はルッツとフリップの使い分けがひじょうに上手い。このふたつはどちらも右足のトゥをつき、左足で踏み切るジャンプですが、ルッツの踏み切りにはアウトサイド(外側)のエッジを使い、フリップではインサイド(内側)のエッジを使います。女子には、この使い分けを苦手にしている選手が少なくありません。そのなかにあって、紀平はルッツを得意としているのです。今回SP、FSでルッツを跳んで、それぞれ出来栄え点(GOE)でプラス評価の付くジャンプを、キッチリと成功させました。左足首の不安が解消されたのでしょう。3月の「世界選手権」に向けた好材料です。
トリプル・アクセルのミスにも、落ち着いて対処
終わってみれば、堂々の完全優勝でしたが、ピンチもありました。FS序盤に予定していたトリプル・アクセルが1回転半になってしまうミス。それも地元韓国のユ・ヨンが素晴らしい演技を披露して、暫定1位に立った直後だっただけに、そのままズルズル雰囲気に呑み込まれても、おかしくない場面でした。ですが、本人いわく「ステップ・シークエンスの間にしっかり考え直して」演技後半のジャンプ構成を変更。3回転フリップからのコンビネーション・ジャンプを2本組み込み、ミスで失った得点を取り戻してみせました。
昨シーズンのグランプリ・シリーズ「フランス杯」のFSでも、紀平は冒頭のトリプル・アクセルが回転不足になると、自分の調子があまり良くないのだと瞬時に判断して、次に予定していたトリプル・アクセルからのコンビネーションを、確実性の高いダブル・アクセルからのコンビネーションに変更したことがありました。演技中、困難な状況に陥っても、このように落ち着いて対処できるクレバーさは、彼女の強みのひとつです。
また「NHK杯」「全日本選手権」のときと同様、今回も4回転サルコゥの挑戦は見送りました。現地での練習の状態や当日のコンディションなどを踏まえ、この大会での優勝にこだわっての決断だったようです。SPが終わった時点で2位のブレイディ・テネル(アメリカ)との点差は5.25。いわゆる‘ダメでもともと’で4回転に挑むほどの余裕はありませんでした。このあたりの冷静に勝利にこだわる姿勢も、紀平ならではです。
ただ、昨シーズンの絶対的な切り札だったトリプル・アクセルは、もはや紀平だけの武器ではありません。なかでもアリョーナ・コストルナヤ(ロシア)の跳ぶトリプル・アクセルは、男子選手並みの破壊力を持っています。そして、その演技は完成度が高く、4回転ジャンプを跳ぶ同門のアンナ・シェルバコワ、アレクサンドラ・トルソワを抑え、去年12月の「グランプリ・ファイナル」に続いて、今年1月の「欧州選手権」でも女王の座に就きました。
来月の「世界選手権」には、紀平本人が言うように「4回転サルコゥに、SP、FSあわせて3本のトリプル・アクセル、3本の3回転ルッツを入れる、自分史上最高の構成」で挑んで、ぜひロシア勢の牙城を崩してもらいたいところです。
シニア国際大会デビュー戦で表彰台。鍵山が北京五輪に名乗り
男子シングル初優勝の羽生結弦、女子シングル2連覇の紀平梨花だけでなく、今回の「四大陸選手権」で特筆しておきたいのが、会心の演技をみせた鍵山優真です。今回がシニアの国際大会デビュー戦だったのですが、まるで物怖じしない思い切りの良い滑りで、見事3位に輝きました。去年12月の「全日本ジュニア」で優勝、今年1月のユース五輪では金メダルを獲得した逸材です。16歳9ヶ月での「四大陸選手権」の表彰台は、羽生結弦に次いで史上2番目の若さだったそうですが、予想以上に早く頭角を現してきました。
もともとジュニア離れした表現力に定評のある選手でしたが、スケートそのものがひじょうに上手い。言い換えれば、審判に評価したくなる得点に直結する滑りが身に付いているのです。ひじょうによく鍛えられている印象です。本人は「アクセル・ジャンプに苦手意識がある」と言っているみたいですが、私の見る限り、まったく問題なく跳べています。ケガなくこのまま成長してくれれば、22年北京五輪の日本代表争いに間違いなく加わってくる存在でしょう。