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佐野稔の4回転トーク 19~20シーズン Vol.⑨ 成果と課題、それぞれあった羽生のプログラム変更 ~ 「四大陸選手権」を振り返って・前編

非の打ちどころなし。円熟のSP「バラード第1番」

 3年ぶり4度目の出場となった「四大陸選手権」で初優勝。これで男子では初となる、主要国際6大会(五輪、世界選手権、四大陸選手権、グランプリ・ファイナル、ジュニア世界選手権、ジュニアグランプリ・ファイナル)完全制覇の「スーパー・スラム」を達成と、羽生結弦にまた新たな勲章が加わりました。とはいえ、今回はライバルのネーサン・チェン(アメリカ)、宇野昌磨の両選手が不在とあって、最大の関心は勝敗ではなく、プログラム変更の成否にありました。

この大会からショート・プログラム(SP)はショパンの「バラード第1番」、フリー・スケーティング(FS)は「SEIMEI」と、いずれも平昌(ピョンチャン)五輪で金メダルを獲得したときのプログラムに変更。シーズンの折り返しを過ぎてからの異例の決断となりましたが、今シーズンは「グランプリ・ファイナル」「全日本選手権」で、いずれも敗戦。おそらく「何かが違う」「このままではいけない」―。そんな思いに駆られたのでしょう。もちろん来月3月の「世界選手権」までを見据えてのことでしょうが、勝利に対する羽生の強い執念が伝わってきました。

 結果この決断が、SPでは最高の成果をもたらしました。自身の持つ世界最高点を塗り替える111.82点。まったく非の打ちどころのない。神々しさすら覚えるような演技でした。動きのひとつひとつがショパンの旋律に溶け合い、スピン、ステップはすべて最高評価のレベル4。3本のジャンプのうち、2本の4回転ジャンプの出来栄え点(GOE)が4点台、残る1本のトリプル・アクセルも3.77点という圧倒的な完成度。平昌のときと較べて、円熟味が増した印象を受けました。

 あえて欲を言えば、冒頭の4回転ジャンプを、サルコゥより難度の高いループにすれば、さらに得点の伸びる可能性があります。ただ、ループにしたときのGOEや、その後の演技に与える影響を考慮して、いまの段階ではサルコゥがベストだとの判断だったのでしょう。

新プログラムに近かった30秒短縮のFS「SEIMEI」

 SPであれだけの名演を見せられただけに、ネーサン・チェンの持つFSと総合それぞれの世界最高点の更新に、おのずと期待は高まりましたが、あまりに完成度の高い演技をしたことで、それまで張り詰めていたものが途切れてしまったのかもしれません。

FS冒頭に組み込んだ4回転ルッツは、着氷の際にステップ・アウト。バランスを保てず、氷に手が付いてしまいました。ジャンプそのものはひじょうに高さがあったのですが、若干回転軸がゆがんでいたようです。

さらに後半最初のジャンプである4回転トゥ・ループでも体勢を崩しかけてしまいます。ここはどうにか堪えてコンビネーションにしたものの、次の4回転トゥ・ループではまさかの転倒。リンクコンディションの兼ね合いもあったようですが、羽生にしては思わぬ落とし穴にハマったような、ひじょうに珍しいミスでした。

 昨シーズン、フィギュア界では4回転ジャンプの基礎点の引き下げや、GOEの評価が7段階から11段階への拡大といった大幅なルール変更がありました。4分30秒だった男子FSの演技時間も4分に短縮、ジャンプの回数も8本から7本に減りました。

 つまり慣れ親しんで無心に滑ることのできるSPの「バラード第1番」とは違って、今回羽生がFSで演じたのは、曲は同じ「SEIMEI」を使用していても、平昌五輪当時より30秒短くジャンプも1本少ないプログラムだったのです。そのため、演技前半のジャンプとジャンプの間隔が縮めたり、曲のテンポを速くしたり。2年前のイメージを壊さないようにしながらの、再構築とあって、苦心の跡もいろいろと見られました。平昌五輪の「SEIMEI」とは別の、新作に近いプログラムだったと言ってもいいくらいです。

試合後の羽生によれば、年明けにプログラムの変更を決断して、新しい4分バージョンの「SEIMEI」の構成で滑り始めたのは、大会2週間前だったそうですが、やはりそれでは滑り込みが足りません。FSに関しては、異例のプログラム変更による課題が浮き彫りとなりました。

打倒チェンに向けて、どんな攻めに出るのか

 シーズンの最後を締めくくる「世界選手権」は3月18日、カナダ・モントリオールで開幕します。前回の「世界選手権」、そして去年12月の「グランプリ・ファイナル」と、直接対決で続けて敗れたネーサン・チェンへの雪辱なるかに、注目が集まります。

 今回の内容であれば、SPは問題ありません。チェンとの真っ向勝負になります。気になるのはFSです。あらためて言うまでもありませんが、相手は5種類の4回転ジャンプを跳びこなし、2年前の「世界選手権」以降、出場した国際大会すべてで優勝している強敵です。羽生が今回と同じ構成の「SEIMEI」を、たとえノーミスで演じ切ったとしても、3種類4本の4回転ジャンプのままでは、厳しい戦いになることが予想されます。全日本王者の宇野昌磨も今回の「四大陸」を欠場して、満を持した状態で「世界選手権」に乗り込んできます。

 去年の「グランプリ・ファイナル」のFSのように、ある程度のリスクは覚悟の上で、ルッツ、ループを含めた4回転ジャンプを5本跳ぶ「SEIMEI」で攻めるのか。あるいは、夢の4回転アクセルに挑むのか。コンディディションとの相談にもなるのでしょうか、羽生結弦が何を見せてくれるのか。ひじょうに楽しみです。