「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(295) 続々誕生! 東京パラリンピック日本代表への推薦内定選手たち(1)
東京パラリンピック開幕まで、2月7日でちょうど200日。実施される22競技ではそれぞれ、代表選手争いも佳境です。数少ない「代表切符」をつかもうとする渾身のパフォーマンスには、いつも心を揺さぶられます。そんな熾烈な戦いのなかから、今回は1月26日に行われた、パラテコンドーの代表選考会の模様をご紹介します。
■東京パラ新採用のテコンドー、「初代表」をめぐり、真剣勝負
1月26日、東京都内のパラアリーナで行われた「サンマリエ カップ」はパラテコンドーの東京パラリンピック日本代表選手選考会でした。
東京大会から初めてパラリンピック正式競技となるパラテコンドーは上肢に障害のある選手を対象とし、蹴り技による格闘技です。一般のテコンドーとほぼ同じルールで行われ、有効な蹴り技によるポイントの合計で競いますが、障害の特性を考慮して、「頭部への攻撃は反則」など独自のルールも一部あります。
東京パラでは男女それぞれ体重階級別の3種目が実施されますが、開催国の日本には男子2、女子1の出場枠が与えられており、サンマリエカップではこの3枠が争われ、それぞれの優勝者だけが選ばれる苛酷な戦いでした。
まず、男子61kg以下級は、3選手が出場。総当たり戦で行われた試合は初戦で阿渡(あわたり)健太選手(日揮ホールディングス)を48ー24で下した田中光哉(みつや)選手(ブリストル・マイヤーズスクイブ)が2試合目にも伊藤力(ちから)選手(セールスフォース・ドットコム)を38-15で破って連勝し、優勝を決めました。
パラテコンドー男子61㎏以下級で、東京パラリンピック内定を決めた田中光哉選手(右) (撮影:吉村もと)
27歳の田中選手は生まれつき両腕に障害があり、以前は仕事としてパラスポーツ普及に取り組んでいましたが、パラテコンドーを知って「アスリートととして関わろう」と舵を切り、競技歴約3年でパラ代表を勝ち取りました。
選考会ということで、相手2選手についてはビデオで分析し、戦略を立てたそうです。「プレッシャーもあったが、優勝できてほっとしている。練習してきたことを落ち着いて発揮できた」と話しました。
競技を始めた当初は75㎏以下級だった田中選手は、176㎝の身長がもっといかせるようにと、昨年はじめに「階級変更」を決意。3カ月間で13㎏ほど減量し、少しパワーは落ちたもののスピードは増し、また61㎏以下級の選手の中では身長も高く脚のリーチも有利だと言います。
「世界と戦うために、階級を落とした。前足のリーチの長さを生かしたい。もっと練習してレベルアップし、金メダルを狙いたい」と意気込みを語りました。
また、2名が出場した男子75㎏以下級を制したのは、工藤俊介選手(ダイテックス)です。2ラウンド目までは、星野佑介選手(東京都市大学等々力高)に4-5とリードされましたが、最終ラウンドで15-11と逆転して、東京パラへの切符をつかみました。
男子75㎏以下級で東京パラ代表に内定した工藤俊介選手(右)。距離を取って相手をけん制しながら、素早く中に入り、長身(180㎝)を生かした力強い蹴りが持ち味 (撮影:吉村もと)
「ビハインドから、自分で攻めて流れを変えられた」と劣勢からの盛り返しに手ごたえを口にした工藤選手は1993年生まれの26歳。23歳のとき、仕事中の事故で左腕を失いました。パラテコンドーは始めてまだ2年ですが、2019年の世界選手権で銅メダルを獲得するなど急成長中です。
「世界選手権で負けた相手には、(東京)パラで借りを返したい。ガタイのいい海外選手にも押し負けないよう体をもっと鍛え、両親など支えてくれた人たちに金メダルで恩返ししたい」と目標を口にしました。
もう一人、女子58㎏超級で代表に内定したのは太田渉子選手(ソフトバンク)です。生まれたときから左手の指がなく、元々ノルディックスキーで2006年トリノ大会から3大会連続で冬季大会に出場し、メダル2個(銀、銅)を獲得しているパラリンピアンです。2014年ソチ大会後に現役を引退し、パラスポーツ普及活動に取り組む中で、パラテコンドーと出会って競技生活に復帰しました。
女子ではパラテコンドーの第一人者で、昨年の世界選手権では銅メダルにも輝くほど急成長。他に代表候補選手がいなかったため、選考試合ななく、代表に内定しました。サンマリエカップでは、健常の南雲麻衣選手とエキシビションマッチを戦い、接戦の中13-12で勝ち切り、東京パラへ弾みをつけました。
冬季パラのメダリスト、太田渉子選手(右)は、女子58㎏超級で東京パラ内定を決めた。スキーで鍛えた脚力で、夏でもメダルを狙う (撮影:吉村もと)
1989年生まれの太田選手(30歳)は身長164㎝だが、女子の最重量級である58㎏級では小柄な方だと言います。それでも、パラテコンドーには一般のテコンドーとは異なり、「頭部への蹴りは禁止」というルールがあるので、相手の背が高くても上からの攻撃は恐れる必要がありません。太田選手は、「その特徴を生かして、近場(接近戦)の蹴りを練習し、前足の裏で蹴るカットという技が得意」と話します。
夏では初めてですが、4度目のパラリンピックに向けて、「母国開催に特別なものを感じている。挑戦できるのはありがたいこと。『1番は楽しい』という気持ちを持って精進し、東京パラでは選手としてベストなパフォーマンスを見せたい」と抱負を語りました。
なお、男子61㎏以下級では、第2試合で田中選手が内定を決めましたが、その後、伊藤選手と阿渡選手による第3試合も行われました。すでに、東京パラへの道は閉ざされた二人でしたが、互いに意地の見せ合いで譲らず、見ごたえある好試合となりました。2ラウンド終了時点で伊藤選手が5ポイントリードしていましたが、最終ラウンドに阿渡選手が猛攻撃。大技も決め同点に追いつきましたが、終了間際に伊藤選手の蹴りが入り、28-26で勝利しました。
伊藤選手は、日本のパラテコンドー第1号選手として競技の普及にも積極的に関わってきた功労者の一人。目標としていた東京パラ出場はかないませんでしたが、最後まで前を向き、戦い続ける姿には胸がつまりました。お疲れ様でした。
さて、東京パラリンピックでテコンドーは、大会終盤の9月3日(木)~5日(土)に幕張メッセで行われます。代表に内定した選手には敗れた選手たちの思いも力に、健闘を期待したいと思います。
東京パラリンピックで新採用となるテコンドーで、日本代表に内定した3選手。左から、田中光哉選手(男子65㎏以下級)、工藤俊介選手(同75㎏以下級)、太田渉子選手(女子58㎏超級) (撮影:吉村もと)
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東京パラリンピック日本代表内定選手一覧 (~2020年2月2日時点)
この記事で紹介する「内定選手」とは、各競技別にパラリンピック委員会(IPC)が指定した東京パラリンピック参加条件をクリアし、「参加枠」を獲得した選手のことを言います。
東京パラリンピックの日本代表選手は今後、国際パラリンピック委員会(IPC)が上記の「参加枠」も考慮しながら最終的に各国に割り当てる、「国別参加枠(選手数)」をもとに編成されます。IPCからの通知は6月以降になる見通しで、日本選手団の概要が決まるのはそれ以降になります。
国内の手続きとしては、各競技団体が「内定選手」などの候補選手を日本パラリンピック委員会(JPC)に推薦したのち、JPCによる「東京2020パラリンピック競技大会日本代表選手団編成方針及び選手選考・決定手順」に基づいた審査が行われ、最終的に正式決定されることになります。
【アーチェリー】
<男子>
上山 友裕(リカーブ)/仲 喜嗣(W1)
<女子>
重定知佳(リカーブ)/岡 愛子(W1)
【陸上競技】
<男子>
伊藤智也(T52車いす)/上与那原寛和(T52車いす)/大矢勇気(T52車いす)/唐澤剣也(T11視覚障害・全盲)/佐藤友祈(T52車いす)/鈴木徹(T64 片下腿義足)/山本篤(T63片大腿義足)/和田伸也(T11視覚障害・全盲)
<女子>
佐々木真菜(T13視覚障害・弱視)/高田千明(T11視覚障害・全盲)/兎澤朋美(T63片大腿義足義足)/中西麻耶(T64片下腿義足)/前川楓(T63片大腿義足義足)
【陸上・マラソン】
<車いす男子>
鈴木朋樹(T54車いす)
<視覚障害男子>
堀越信司(T12視覚障害・重度弱視)/*熊谷豊(T12視覚障害)
<視覚障害女子>
道下美里(T12視覚障害・重度弱視)/*西島美穂子(T12視覚障害・重度弱視)/*青木洋子(T12視覚障害・重度弱視)
(*東京パラリンピックでの日本の参加枠が未定のため、マラソンの視覚障害クラスに何人出場できるかも未定。そのため、*マークの選手は国内選考での推薦が内定した選手であり、東京パラ出場内定者とは異なる)
【ボッチャ】
<男女混合>
中村拓海(BC1)/廣瀬隆喜(BC2)/河本圭亮(BC3)/江崎 駿(BC4)
【カヌー】
<女子>
瀬立モニカ(KL1)
【ゴールボール】
<男子>
金子和也(レフト)/田口侑治(センター)/宮食行次(レフト)/山口凌河(ライト)
<女子>
欠端瑛子(レフト)/天摩由貴(ライト)/若杉遥(レフト)
【射撃】
<女子>
水田光夏(SH2)
【水泳】
<男子>
木村敬一(S11)/東海林大(SM14)/山口尚秀(SB14)
【テコンドー】
<男子>
田中光哉(61㎏以下級)/工藤俊介(75㎏以下級)
<女子>
太田渉子(58㎏超級)
【車いすテニス】
<男子>
国枝 慎吾(男子)
<女子>
上地 結衣(女子)
(文・取材:星野恭子)