佐野稔の4回転トーク 19~20シーズン Vol.⑧ 紀平がしっかりとまとめて貫禄の新女王。復調の樋口が2位に ~ 「全日本選手権 女子シングル」を振り返って
4回転ジャンプは回避して、しっかりとまとめた紀平
ショート・プログラム(SP)2位の宮原知子と、3位の坂本花織、ふたりの優勝経験者がフリー(FS)で大きく乱れてしまった。これも「全日本」の怖さなのかもしれません。そんななか、紀平梨花がしっかりまとめて、終わってみれば、2位と20点以上の差。初優勝であることが不思議なくらい、勝つべくして勝った感さえありました。試合前から注目されていた4回転サルコゥを回避したことが、勝因のひとつだったと言えます。最終滑走の紀平の順になった時点で、タイトル獲得を考えれば、無理をしてまで4回転を跳ぶ必要はありませんでした。同時に、4回転を失敗しても勝利が確実視できるほどの圧倒的なリードでもなかった。そのような状況で、当日の公式練習から成功していなかったジャンプに挑むのは、得策ではありません。
「NHK杯」「グランプリ・ファイナル」「全日本選手権」と、2週間おきに公式戦が3試合続いた、男子の羽生結弦と変わらないハードな連戦を、大崩れしないで乗り越えてみせた。そればかりかSPでは着氷を乱していたトリプル・アクセルを、FSで2本決めてみせたのですから、日本一の資格は充分です。ライバルたちがミスを犯すなか、ほぼノーミスの演技をしたことが新女王の誕生につながりました。
来年2月の「四大陸選手権(韓国・ソウル)」、3月には「世界選手権(カナダ・モントリオール)」と、大きな大会が待っていますが、ひとまずシーズンの前半戦が終わりました。このインターバルを利用して、3回転ルッツ封印の原因である痛みを抱えた右足首を、万全な状態にすること。そして、あらためて4回転ジャンプに挑戦です。いまや4回転なしには、「世界」で勝つのが難しい時代になっているからです。
2シーズン前の世界選手権がよみがえった樋口会心の演技
4位スタートから巻き返して、2位となった樋口新葉(わかば)のFSは本人も納得の、会心の演技でした。平昌(ピョンチャン)五輪の出賞を逃して「倍返し」を公言。やはりSPは出遅れながらも、FSで鬼気迫る渾身の演技を披露して、銀メダルに輝いた18年の世界選手権を思い出しました。ここ一番で、集中力のスイッチが‘カチッ’と入ったときの、彼女の爆発力はものすごいものがあります。「全日本」の表彰台に立つのは3大会だったそうですが、本来それくらいのポテンシャルは持った選手です。ですが、このところの樋口は精彩に欠けていました。ロシアからアリーナ・ザギトワの去就をめぐるニュースが聞こえたてきましたが、トップ・スケーターといえども、リンクを下りれば10代の少年少女たち。さまざまな浮き沈みがあるものです。
今シーズンの樋口は、開幕前に左足の甲をケガしたこともあって、最大の武器であるジャンプがなかなか決まらず、グランプリ・シリーズでは1度も優勝争いに絡みませんでした。
おそらく並々ならぬ決意で、この「全日本」に懸けていたのだと思います。試合後に、食生活を見直して肉体改造に取り組んでいたことを明かしていましたが、たしかに見た目もすっきりして、ジャンプがひじょうに軽やかでした。
練習ではすでに樋口は、トリプル・アクセルを跳んでいます。実際1日に何本もクリーンに降りている姿を、私は目の当たりにしています。彼女くらいのジャンプの高さがあれば、4回転だって可能なはずです。今回の結果を足掛かりに、どんどん上を目指してもらいたい。
本番で良さが出てくるようになった川畑和愛
男子ではジュニアの鍵山優真が3位に。同じく女子でもジュニアの川畑和愛(ともえ)が3位に輝きました。彼女は私の師匠でもある都築章一郎コーチの指導を受け、今シーズンから練習の拠点を東京に移した選手です。中学1年生の頃から高さのあるルッツを跳ぶなど、その潜在能力は高く評価されていました。ところが、いざ本番になると、ジャンプがパンク(回転がほどけて、予定していた回転数に達しないミス)をしたり、転倒したり。なかなか自分の良さを発揮できないのが弱点でした。川畑本人は「成長が少し遅いと感じていているが、自分のペースでしっかり成績を積み重ねたい」と話していましたが、昨シーズンあたりからミスが減り、演技にまとまりが出てきました。今回の大会も、FSの3連続ジャンプが回転不足になったものの、大きなミスはありませんでした。
カテゴリーはジュニアですが、現在高校3年生。学年で言えば、紀平のひとつ上になります。タイプとしては遅咲きなのかもしれませんが、その分美しく大輪の花が開くことを期待しています。