佐野稔の4回転トーク 19~20シーズン Vol.⑦ 復活の宇野。大逆転で羽生との直接対決初勝利 ~ 「全日本選手権 男子シングル」を振り返って
まさかの結末。予想してなかった羽生の大崩れ
最後の最後に、あっと驚く結末が待っていました。ショート・プログラム(SP)で、非公認ながらも世界最高得点を出した羽生結弦の状態の良さと、3回転ループが減点になるなど、完璧とまではいかなかった宇野昌磨のフリー(FS)の演技を踏まえたら、最終滑走の羽生が4年ぶりの全日本王者に輝くだろうと、多くの人が予想していたと思います。ところが、最初の4回転ループからズレがあり、中盤の3回転ルッツはバランスを崩して2回転に。後半の4回転トゥ・ループはステップアウトで、最後のトリプル・アクセルは転倒と、あそこまで乱れる羽生を見たのは、ずいぶん久しぶりな気がします。シニア・デビューしたばかりの頃の、演技終了と同時にスタミナ不足でヘロヘロになっていた姿を、つい思い出してしまいました。
原因はおそらく疲労の蓄積だったのでしょう。あのFSを見たら、SPで構成を変えて、「4回転+3回転」のコンビネーション・ジャンプを前半に持っていったのも、疲労を考慮してのことだったように思えます。「グランプリ・ファイナル」で逆転を目論み、FSで4回転ルッツを解禁。4種類5本の4回転ジャンプで大勝負に出た反動が、ここに来て噴出したのかもしれません。
SPでは、時間の短い分、最後まで集中して滑り切ることができたのでしょうが、4分間の長丁場であるFSになると、誤魔化しが利かなくなる。しっかりとした準備ができていないと、ボロが出てしまのです。結果論になりますが、「NHK杯」「グランプリ・ファイナル」そして「全日本」と、2週間おきに5週間で3試合のスケジュールは、酷だったのかもしれません。SPからFSの間に中1日空く「全日本」の日程も、味方になりませんでした。
スケートの楽しさを思い出したような宇野の笑顔
試合直後は勝った宇野本人も、何が起こったのか理解できていないような様子でしたが、男子シングル史上6人目となる「全日本」4連覇を達成。そしてついに、羽生との直接対決初勝利をあげました。「グランプリ・ファイナル」出場を逃して以降、この「全日本選手権」に照準を合わせていたはずで、堂々の復調と言えるのではないでしょうか。メインコーチを置かずにスタートした今シーズン、思うような演技ができない時期が続き、自分で自分が不甲斐なかったことでしょう。ですが、もがき苦しんでいるなかで、ステファン・ランビエルとの出会いが、一筋の光明になった。SPでの伸び伸びした演技と、「やっぱり自分にはフィギュアなんだな」と言わんばかりの、喜びに満ちた表情。あんなに楽しそうに演技をする宇野昌磨を見たのも、なんだか久しぶりな気がします。
ランビエルコーチは、ジャンプから着氷したときの姿勢や、そのあとの流れなどに重点を置くタイプの指導者です。今回の宇野を見ていて、ジャンプを降りたときの形がずいぶんと洗練されて、美しさが増した印象を受けました。ひじょうに相性の良いコーチと巡り合ったのではないでしょうか。
これまでの宇野には、4回転からのコンビネーション・ジャンプのセカンドが、3回転ではなく2回転になってしまう傾向があったのですが、ランビエルコーチとの出会いが、それを解決してくれるかもしれません。その実力、実績を考えれば、宇野昌磨は「グランプリ・ファイナル」や「世界選手権」に、本来いるべきスケーターです。今シーズン続いていた羽生とネーサン・チェン(アメリカ)の一騎打ちの構図に、堂々正面から割って入っていって欲しいと思います。
ジュニアにして演技構成点で稼げる鍵山が表彰台に
ジュニアの「グランプリ・ファイナル」で優勝。一躍注目の的になった佐藤駿は、SPで果敢に挑んだ4回転トゥ・ループを成功。3位スタートしたものの、FSでは大技の4回転ルッツを決め切れず、表彰台を逃すことになりました。代わって総合3位に躍り出たのが、佐藤と同学年のライバルで、今年の「全日本ジュニア」王者である鍵山優真です。佐藤の活躍が、格好の燃える材料になったのでしょう。特にFSでは4回転トゥ・ループを2本組み込み、最後のジャンプにトリプル・アクセルを持ってきた。3回転ループの着氷こそ若干乱れたものの、抜群の滑りでした。
鍵山の長所は表現力。演技構成点で得点を稼ぐことができるのです。じつはこれができるジュニアの選手は、なかなかいません。ジャンプにも高さがあって、なおかつ着氷してから次の動きへの移行が滑らか。出来栄え点(GOE)で加点の付きやすい、質の良さがあります。4回転ジャンプこそ、まだ1種類ですが、器の大きさを感じさせる選手です。
まったくの余談ですが、彼の父親である鍵山正和コーチが結婚する際、しつは私たち夫婦が仲人を務めたのです。その息子さんが、気がついたら「全日本」の表彰台に昇っているのですから…。時が過ぎていくあまりの早さに、嫌になります(笑)。それはともかく、鍵山優真と佐藤駿は今後の日本男子フィギュアを引っ張っていく。それくらいの可能性を持った存在です。何年後かには、‘全日本王者’をめぐるふたりの戦いが、観られるかもしれません。