佐野稔の4回転トーク 19~20シーズン Vol.⑤ 世界最高得点は逃すが、羽生が圧勝で3年ぶりにファイナル出場 ~ 「NHK杯」を振り返って
大きな収穫となった4回転ループの成功
グランプリ(GP)・シリーズ第2戦の「スケート・カナダ」では、2位に59.82点差をつけて優勝。最終第6戦となった今回の「NHK杯」も2位のケビン・エイモズ(フランス)との差は55.03点。とても同じ条件で戦った点差だとは思えません。2戦続けて圧勝した羽生結弦が、自身3年ぶりとなる「GP・ファイナル」進出を決めました。
試合後に羽生本人も「最初のループと次のサルコゥを決めることに集中していた」と話していましたが、フリー(FS)の冒頭で4回転ループを成功させたことは、大きな収穫です。このジャンプでは過去にケガをしたことがあり、今年3月の世界選手権では回転不足に。9月の「オータム・クラシック」でも着氷が乱れ、「スケート・カナダ」ではオーバー・ターンとなり出来栄え点(GOE)はマイナス評価と、苦戦が続いていました。それが今回は多少こらえる形になりましたけど、加点の付くジャンプになったのです。嫌なイメージも払拭できたことでしょう。
しっかりとループが決まれば、サルコゥと、2回のトゥ・ループと、合計4本の4回転ジャンプで勝負ができます。この先に待つネーサン・チェン(アメリカ)との戦いを考えても、頼もしい材料です。
最初の4回転ループを降りた時点で、つい私は先走って「これは世界最高得点の更新だ」と期待を膨らませたのですが、後半に思わぬ落とし穴がありました。4回転トゥ・ループからの3連続ジャンプの予定が、単独の2回転トゥ・ループになってしまうミス。回ろうとするあまり余計な力が入って、タイミングが合っていませんでした。その後のジャンプを咄嗟に変更してリカバリーする技術力はたいしたものですが、やはりああいったミスをしてしまうと、世界最高点には届かなくなります。
それでも過去2シーズン、ケガが続いていた‘GP・シリーズの2試合目’を、アクシデントなく乗り越えることができた。まずはそのことに、本人も周囲も、ホッと胸を撫で下ろしているかもしれません。コンディションの整った羽生結弦が「GP・ファイナル」で、どんな滑りを見せてくれるのか。ひじょうに楽しみです。
紀平とコストルナヤの勝敗を分けたルッツ
ショート・プログラム(SP)とFSで、合計3本のトリプル・アクセルに成功。「スケート・カナダ」に続いて総合2位となった紀平梨花が、日本女子では唯一となる「GP・ファイナル」出場を決めました。注目された4回転サルコゥについては、今回は回避することになりました。この選択は大正解だったと、私は思います。今回の「NHK杯」における、紀平の最大のテーマは「GP・ファイナル」の出場権を確保することでした。まだ9月に左足首を痛めた影響が残っているとも聞きました。そうした状態で、まだ公式戦で1度も跳んでいない4回転サルコゥに挑戦したならば、たとえそのジャンプには成功したとしても、演技のどこかで別のところに、必ずそのひずみが出ていたはずで、賢明な判断でした。
昨シーズンはなかなかトリプル・アクセルを3本揃えることができなかった紀平ですが、今シーズンはトリプル・アクセルをほとんど失敗していない。彼女自身がレベルアップしていることは間違いありません。ですが、それでも勝てないのが、今シーズンの女子フィギュアです。
今回優勝したアリョーナ・コストルナヤは、同じロシアのシニア・デビュー組であるアンナ・シェルバコワ、アレクサンドル・トルソワとは違い、4回転ジャンプを跳んでいません。FSのトリプル・アクセルでは回転不足もありました。それでも紀平は、コストルナヤの得点に及びませんでした。
その要因はルッツにありました。6種類あるジャンプのなかで、アクセルに次いで難度が高く、基礎点が2番目に高いのがルッツです。今シーズンの紀平はやはり左足首を痛めた影響により、昨シーズンはプログラムに組み込んでいた3回転ルッツを跳んでいません。それに対して、コストルナヤはSP、FSで、それぞれ3回転ルッツを決めていました。この差が、ふたりの勝敗を分けました。
競技前から戦いが始まる「グランプリ・ファイナル」
10月中旬の「スケート・アメリカ」からスタートしたGP・シリーズ6試合の、成績上位6選手だけが出場できるのが「GP・ファイナル」です。実績やベストスコアを考えれば、男子シングルの優勝争いは、羽生とネーサン・チェンの一騎打ちになりそうです。両選手が跳んでいるジャンプの基礎点だけを較べれば、チェンのほうが上。ですから、羽生が勝つには、ひとつひとつの技のGOEで、加点を積み重ねていく必要があります。羽生勝利の鍵になるのは、完成度です。女子シングルのGP・シリーズはシェルバコワ、トルソワ、コストルナヤが2勝ずつ、6試合すべてロシアのシニア・デビュー組の優勝となりました。ひとつの国の選手がシリーズ全戦制覇したのは、女子シングルでは初めてのことだったそうです。じつはジュニアのGP・シリーズでは、2016年のエストニア大会から今年9月のフランス大会まで、ロシアの女子が代わる代わる「20連勝」していたのです。彼女たちはジュニアでの成績を、そのままシニアで継続してみせたのです。
昨シーズンの「GP・ファイナル」には、紀平梨花、宮原知子、坂本花織が出場。日本女子とロシア女子が3対3の構図になっていたのですが、わずか1年で様相が大きく変わりました。現在のロシア女子の層の厚さは、歴代最高と言えるでしょう。日本のフィギュア界も何かしらの対策を練るべきかもしれません。
6選手しか出場できない「GP・ファイナル」は、世界選手権などの他の大会と違って、選手全員が公式練習から必ず一緒のグループになります。嫌が応にも、ライバルたちの動向が眼に入ってくるのです。状態の良さを練習から見せつけて、相手にプレッシャーを与えていく。そんな心理戦もあるのです。競技自体はSP、FSの2日間ですが、じつは競技が始まる前から、戦いは始まっているのです。