ノーボーダー・スポーツ/記事サムネイル

佐野稔の4回転トーク 19~20シーズン Vol.③ 長い目で見たい宇野の挑戦・表現力で存在感を示した宮原~ GPシリーズ「フランス杯」「中国杯」を振り返って

イメージがわかなかったようなトリプル・アクセルの転倒

グランプリ(GP)・シリーズ第3戦の「フランス杯」に登場した宇野昌磨でしたが、自己ワーストとなる総合8位。シニアデビュー以来、宇野がGPシリーズの表彰台を逃したのは、初めてのことだったそうですが、予想だにしない結果でした。

 本人が「不安があった」と語るショート・プログラム冒頭の4回転フリップこそ無我夢中に成功させましたが、続く4回転トゥ・ループからの連続ジャンプでズレが生じて、最後のトリプル・アクセルでは氷上に強く身体を打ちつけての転倒。得意なはずのトリプル・アクセルで、あんな転び方をする宇野は初めて観ました。

たとえるなら、跳び方もよく分からないまま、トリプル・アクセルに生まれて初めて挑戦したスケーターのようでした。どうやって身体を動かせば、どういうジャンプになるのか。テイクオフから着氷までのイメージが、まったく描けていなかった。それが続いたまま、翌日のフリー(FS)でもジャンプの失敗をくり返してしまいました。

 みなさんご存知のように、今シーズンの宇野はメイン・コーチを置いていません。多くの熟考や葛藤の末に出した答えでしょうが、大きな大きな挑戦になります。最初にこの決断を聞いたとき、私は良い意味で面白いチャレンジだなと思いました。「スクラップ&ビルド」なんて言い方がありますけど、停滞を嫌って変化を怖れず、なんとかして現状をうち破ろうとする、宇野の強い決意を感じたからです。今回の挑戦が良い方に出れば、ひと回り大きくなった宇野昌磨が見られるはずです。

 今はまさに、さまざまな環境の変化にとまどいを覚え、これまで味わったことのない経験をしている真っ最中です。こうしたことが、実際スケートになって演技に表れてくるまでには、それなりに時間が掛かるもの。次の北京冬季五輪は2022年開催です。それまでにはまだ時間の余裕があるからこそ、できる冒険だってあります。まだ現時点では発展途上、産みの苦しみにあると、少し長い目で見たいところです。
 
 もちろん勝負の世界にいる以上、結果が伴わなければ、どうしてもメイン・コーチを置かないことに、結び付けられてしまいます。今回の「フランス杯」での宇野の不振が、はたして「メイン・コーチの不在」によるものだったのか。それとも何かほかに違う原因があったのか。次戦のGPシリーズ「ロシア杯」を見てから、あるいは、今シーズンが終了するまで、結論は急がなくても良いでしょう。

物足りなさを覚える、羽生、チェンを追う立場の男子選手たち

 先月の「スケート・カナダ」で3位に入り、今回の「中国杯」の結果次第では、初の「グランプリ・ファイナル」も狙えた田中刑事でしたが、SPでの出遅れが響いて、結局総合5位に終わりました。特にSPの2つめのジャンプに予定していた4回転サルコゥを4回転トゥ・ループに変更したところが、うまくいかずに3回転に。急遽セカンド・ジャンプを付けてコンビネーションにしたものの、痛恨のミスになってしまいました。トゥ・ループへの変更については、当日の朝の練習で決めたと、演技後に本人が話していました。そのあたりの感覚は選手本人でないと分かりませんが、もったいないことをしました。

 SP2位から逆転優勝した金博洋(ボーヤン・ジン)については、これがGPシリーズ初制覇だと聞き、少し驚いたのですが、地元開催の北京五輪に向けて、良いワン・ステップになりました。ただ「中国杯」の男子シングルはミスの連続でした。これが女子シングルや、ほかの種目でも失敗が相次いでいたのならば、氷の質や会場の不備に、その原因を求めることができたかもしれませんが、そんなことはありません。たしかにGPシリーズは出場選手が12人と限られた大会であるために、一度負の連鎖が始まってしまうと、変な雰囲気に支配されてしまい、そこからなかなか抜け出せない面があるのかもしれません。それでも世界のトップを争う大会としては、物足りない内容でした。

今シーズンここまでの男子については、高いレベルで安定しているネーサン・チェン(アメリカ)と、大きなケガのない羽生結弦。このふたりの状態の良さが際立っています。本来この両選手を追い掛けなくてはいけない立場にいる第2グループの選手たちに、確実性に欠けた演技が目立っています。もう少し4回転ジャンプをまとめて欲しい。このままだと、チェンと羽生の一騎打ちのシーズンになります。

ジャンプ以外の要素ではシェルバコワの上を行った宮原

 坂本花織や樋口新葉の調子がいまひとつで、ここまでのGPシリーズで表彰台に昇ったのは「スケート・カナダ」の紀平梨花だけ。そんななか、満を持した形での「中国杯」出場となった宮原知子でしたが、できることをすべて出し尽くす、さすがの演技を見せてくれました。

FSで4回転ルッツを2本決めたアンナ・シェルバコ(ロシア)に総合順位ではかないませんでしたが、氷の上でうまく滑るとか、表現力、芸術性といった、ジャンプ以外のフィギュアに必要とされる要素では、明らかに宮原のほうが上でした。演技構成点では、SP、FSのどちらも宮原がトップ。FSでは出場12選手のなかで、唯一となる70点台をマークしていたのです。課題であるジャンプの回転不足はありましたが、3回転ジャンプとダブル・アクセルで、4回転ジャンパーとしっかり渡り合ってみせるのだから、たいしたものです。

ただし現在のルールは、簡単な言い方をすれば、高難度のジャンプを‘跳んだ者勝ち’です。技術面を評価するテクニカル・ポイントには上限がなく、いくらでも積み上げることができるのに対して、演技構成点には満点の限界(女子の場合、SP40点、FS80点の合計120点)があるからです。プラスの出来栄え点がつく4回転ルッツやフリップを連発されたら、いくら満点に近い演技構成点の演技をしても、敵わないのが現状です。

この先、より芸術性に重きを置いたルール変更があるかもしれません。技術力と芸術性の最も良いバランスは、いったいどこなのか。選手の進歩や時代のニーズに応じて、その都度最適な採点方法を模索して変更を重ねてきたのが、フィギュア・スケートの歴史です。

時代の申し子となったロシアのシニアデビュー組

 そうしたなかで、今この時代の申し子と言えるのが、ロシアのシニアデビュー組。シェルバコワ、アレクサンドラ・トルソワ、アリーナ・コストルナヤの3選手です。ここまでのGPシリーズ4試合、この3人が金メダルを独占しています。今シーズンの女子フィギュア界は、彼女たち中心にまわっています。

 今回「スケート・アメリカ」に続いて「中国杯」を制したシェルバコワが、GPシリーズの上位6選手で争われる「GPファイナル」の出場を、いち早く決めました。ほかにもロシアには平昌五輪金メダリストのアリーナ・ザギトワをはじめ、「ファイナル」出場の可能性を残している選手が何人かいます。もしかすると、「GPファイナル」に出場する6人のうち4人、もしくは5人がロシア勢…なんてことがあるかもしれません。

 次戦の「ロシア杯」に2週連続出場となる宮原知子と、最終第6戦の「NHK杯」に出場予定の紀平梨花、それぞれの健闘を祈るほかありませんが、それにしても大変なシーズンになったものです。