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佐野稔の4回転トーク 19~20シーズン Vol.②<br> 15歳トルソワの衝撃 一気に進んだ女子フィギュアの時代 ~ 「スケート・カナダ」を振り返って

トゥルソワのジャンプは、男子トップクラスの高難易

昨シーズンはショート・プログラム(SP)で出遅れても、フリー・スケーティング(FS)で大逆転。「逆転の紀平」と呼ばれていた紀平梨花でしたが、今回はシニアデビューの15歳、ロシアのアレクサンドラ・トルソワに、お株を奪われてしまいました。

 FS冒頭の4回転サルコゥこそミスしましたけど、トゥ・ループ、サルコゥ、ルッツと、3種類の4回転ジャンプ4本を組み込んだプログラムは、ネーサン・チェン(アメリカ)、ボーヤン・ジン(中国)といった男子シニアのトップジャンパーたちに、まったく引けを取りません。4回転ルッツと言えば、まだ男子でもごく限られた選手しかできない、現在のフィギュアで最高難度のジャンプです。それを決めてしまうのですから。4回転をあれだけ跳ばれたら、ハッキリ言って、もうお手上げです。

 トルソワのジャンプは軸がブレず、男子並みの高さがあります。脚なども細く、まだまだ子どもの筋肉しか付いていないようにしか見えないのですが。それでいて、なぜあれほど高さのあるジャンプが可能なのか。興味が尽きません。

じつはトルソワも、平昌(ピョンチャン)五輪メダリストであるアリーナ・ザギトワ、エフゲニア・メドべージェワを輩出したロシアの国営アスリート養成学校「サンボ70」で練習する、エテリ・トゥトベリゼコーチの門下生です。この「サンボ70」からは女子に続いて、男子の有望なジュニアの選手も登場してきています。フィギュアの時代の流れを、15年くらい先取りしているかのような印象です。エテリ・トゥトベリゼ恐るべし、です。

美しくまとめてみせた紀平の演技

 総合2位に終わった紀平梨花ですが、演技そのものは素晴らしかった。FS最初のトリプル・アクセルこそ、ステッピング・アウト(着氷の乱れ)してしまいましたが、そのほかのジャンプはすべて成功。ジャンプ以外の踊りや滑りといった要素についても、ひじょうに美しくまとめ、芸術性を評価する演技構成点では、4点以上トルソワを上回りました。

 ただ女子の場合、現在はルールによってSPでの4回転ジャンプが認められていません。ですが、早ければ来シーズン、少なくとも北京冬季五輪が開催される21~22シーズンには、SPの4回転ジャンプが認められている可能性がひじょうに大きい。そうなれば、4回転ジャンプを跳べる選手と跳べない選手との点差は、ますます大きくなります。

 紀平については4回転ジャンプの習得を進めており、すでに練習やアイスショーでは成功していると聞きます。私も映像で彼女の4回転トゥ・ループを見ましたが、かなり高い完成度でした。今大会に関しては9月に 痛めた左足首の不安も踏まえ、4回転ジャンプは回避したようですが、実戦で挑戦する日も近いのではないでしょうか。

4回転ジャンプを軽々跳びこなすジュニアの女子選手がロシアにいると、フィギュア界ではかねてから話題になっていました。トルソワ、そして前の週の「スケート・アメリカ」で、4回転ルッツを2本跳んで優勝したアンナ・シェルバコワ。彼女たちのシニアデビューによって、もはや女子フィギュアも4回転ジャンプなしに、世界の頂点に立つのが難しくなってしまいました。そんな時代は、まだ何シーズンかあとのことだと思っていたのですが…。

 16~17シーズンはメドベージェワが絶対女王に君臨。それが翌シーズンの平昌五輪ではザギトワが金メダルに輝き、昨シーズンは紀平がトリプル・アクセルを武器にシニアデビューして、シンデレラ誕生と言われました。それが今シーズンはトルソワ登場と、ここ数年の女子フィギュアはシーズンごとに、中心人物がめまぐるしく入れ替わっています。

 トルソワ、シェルバコワ、そして昨シーズンのジュニアの「グランプリ・ファイナル」優勝者で、来週グランプリ・シリーズデビューが予定されているアリーナ・コストルナヤ。この3人のシニアデビュー組が、ロシアの国内選手権で表彰台を独占。メドべージェワもザギトワも世界選手権に出場できない…なんてことになる可能性だってあるのです。いったい何が起こるのか。一瞬たりとも目の離せないシーズンになります。