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どすこい土俵批評(8)名古屋場所遠望☆打倒白鵬は、安美錦を見習え!

 優勝争いは千秋楽までもつれた先場所だったが、最後に賜盃を抱いたのはやはり白鵬だった。

 

 ただし、その内実はこれまでのように圧倒的な強さを誇っていたわけではなく、関脇以下の相手にも善戦を許す相撲が何番かあった。それでも勝負の主導権までは渡さないのは、守勢に回ってから体勢を立て直し、反撃に移るまでの反応が、他の力士に比べてワンテンポ速いからだ。

 

「どんな動きにも対応できる、形にとらわれない相撲が取れた。それが目指す相撲でもある」と本人は語る。優勝30回の大台にリーチをかけた横綱の最近の取り口は、まさに“負けない相撲”と言える。

 

 ただし、他の力士も付け入る隙がないわけではない。上体を起こされると急に余裕がなくなり、張り手が大振りとなって脇が大きく空いてしまいがち。また、呼び込むようにまともに叩く場面も珍しくない。勝機を手繰り寄せるためにはいかに横綱を慌てさせ、そういった展開に持ち込めるかが、攻略法のカギと言えそうだ。

 

 勝敗の結果はともかく、そうした意図を強く感じさせる攻めを見せるのが、35歳のベテラン業師、安美錦だ。横綱に右を差させないために立ち合いは左をしっかり固めて当たる、相手の左上手を遠ざけるために自らは左上手を取って左へ回り込むなど、たとえ一方的な内容で敗れたとしても、勝つための“痕跡”がそこには必ず見て取れる。

 

 しかし、全般的に見れば、対戦力士は総じて工夫と覚悟が希薄ではないだろうか。実力レベルが格段に違うのだから「思い切っていくだけ」では勝てるはずはない。右四つの力士が「とにかく自分の相撲を取るだけ」と言わんばかりに右を差しても、白鵬に得意の左上手を取られるのは目に見えている。いくら自分十分な体勢になっても横綱は十二分。高い入場料を払って見に来る観客も、そんな無策の相撲は見たくないだろう。

 

 実力がない者が勝つために立ち合い変化や奇襲攻撃を敢行しても、決して批判されるものではないし、仕切りのときに陽動作戦を仕掛けるのもいいだろう。かつて貴闘力は横綱曙に対し、仕切りの時点から心理的に揺さぶりをかけ、相撲では平然と張り手を見舞ったように、下位の力士はそれぐらいの強い気持ちで向かっていってほしい。もちろん、横綱に対して尊敬の念は持ってしかるべきだが、勝負となれば1対1の対等だ。

 

 一方で、白鵬の強さは土俵内だけにとどまらない。横綱に対して張り手を見舞ったり、立ち合いで変化をする力士には、苦言を呈することも忘れない。「横綱に失礼」だと。しかし、自身は張り手を多用し、優勝に絡むような大一番でも注文相撲を取ることをいとわない。持てる者はあらゆる武器を持ち、持たざる者はとことん何も持たせてもらえない。要は強ければ何をやってもいいという発想だ。

 

 あるいはクレバーな横綱のこと、相手に奇襲を使わせないための“戦略”の一環として、下の者を威嚇しているだけなのかもしれない。いずれにしても、こんなことで挑戦者が委縮してしまうようでは話にならない。

 

 今場所も白鵬を中心とした優勝争いになることは間違いないだろう。対抗馬は同じモンゴル出身で4場所ぶりの賜盃を目指す横綱日馬富士、先場所は白鵬と最後まで優勝を争う形となった大関稀勢の里あたりだろうか。

 

 好不調の波が激しい日馬富士は序盤を無難に乗り切れば、そのまま突っ走る可能性は大だ。稀勢の里は今年に入り低迷が続いたが、先場所は13勝と見事に復活。以前に比べて攻め急ぎや慌てることもなくなった。嘉風戦は終始、攻められっぱなしだったが「我慢すれば必ず勝機が来ると思っていた」と危ない局面もあったが最後まで焦らず、我慢することで自身のほうに流れを呼び寄せた。

 

 悔やまれるのは白鵬戦だ。立ち合いで2度突っかけたことで心理的に後がない状況に追い込まれ、3度目は仕切り直しをしようとした瞬間を狙い澄まされ、完全な立ち遅れで一方的に敗れてしまった。大横綱らしからぬ姑息な立ち合いは感心できないが、雰囲気に飲まれて不本意な立ち合いをしてしまった稀勢の里は、厳しい言い方をすれば気持ちの弱さを露呈した結果でもある。

 

 北の湖理事長は7月場所での綱取りを明言しなかったものの、順調に白星を重ねていけば昇進ムードも醸成されるはずで、そうなれば審判部も動くことになるだろう。初の綱取りだった1年前の7月場所は「重圧があった」と暗に“自滅”したことを認めた。綱取りの失敗やケガ、鶴竜に先を越された悔しい思い、様々な経験が肥やしとなり、この1年で精神面も大きく成長したに違いない。プレッシャーのかかる局面でも、先場所のように冷静な相撲を取り切ることができれば、場所後の横綱昇進も不可能ではないだろう。

 

 もう1人の横綱、鶴竜は9勝に終わった新横綱場所の雪辱を晴らしたいところだが、依然、厳しい状況は続きそうだ。“綱デビュー”の場所は慣れない土俵入りや公式行事による多忙で体調管理が難しかったという言い訳は立つが、それを差し引いても相撲は精彩を欠いていた。体重もさらに増えたことで、動きにキレが失われたようにも見えた。横綱2場所目以降は周囲の目も厳しくなってくる。しっかり体調を整えて巻き返しを図りたい。

 

 期待の遠藤は2場所連続の負け越しで番付が後退。上位戦が組まれるかは微妙な地位だ。代わって大砂嵐が横綱、大関に初挑戦となる。イスラム教徒であるために毎夏、ラマダン(断食月)があるが、今年は番付発表直前から千秋楽までと“丸かぶり”だが、本人は“大丈夫”とキッパリ。相撲は粗削りだが、パワー相撲がどこまで通用するか、また強烈なカチ上げを上位陣に繰り出すことができるか、そのあたりにも注目だ。

 

 大相撲人気が復活してきたのは遠藤というスターの出現もさることながら、ひと頃に比べ明らかに攻防の激しい熱戦が増えたことも大きな要因であるに違いない。ここでまた、周りの力士が気概も工夫もない相撲で白鵬の独走を許すようでは、せっかくの人気回復傾向に水を差しかねない。名古屋の酷暑に負けないぐらいの、一番でも多くの熱戦を期待したい。

 

(荒井太郎)

写真:kimuracamera