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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(278) 東京パラ内定の瀬立モニカがV~パラカヌー日本スプリント選手権

2016年リオオリンピックで羽根田卓也選手が銅メダルを獲得し注目が高まるカヌー競技ですが、パラリンピックでもリオ大会から正式競技に採用されています。羽根田選手の種目はスラロームと呼ばれる、激流のなかに設定されたゲートをクリアしながら下るものですが、パラカヌーは波も障害物もない200mの直線コースでタイムを競うスプリントです。使う艇の種類によりカヤック(KL)とヴァー(VL)の2種目が行われ、男女障害クラス別に順位が競われます。

そのパラカヌーで今季の日本一を決める日本スプリント選手権が9月6日、東京・海の森水上競技場(東京・江東区)で行われました。この会場は、東京2020大会のボート・カヌー会場として新設され、6月中旬にはボートの名門、イギリスのオックスフォード大とケンブリッジ大のOB チームを招いての「完成記念レガッタ」も行われました。東京パラリンピックのカヌー競技も、ここで実施されます。日本スプリント選手権が、この会場で開催されるのはもちろん初めてです。

9月6日、日本パラカヌー選手権が行われた海の森水上競技場(東京・江東区)。レース場と観客席が間近な構造となっており、「声援がすごくよく聞こえる」と選手からは高評価(撮影:星野恭子)

こうして行われた日本スプリント選手権では、各クラスの日本一が決定しています(下記リスト参照)。女子KL1クラスを制したのは、この競技の第一人者で、江東区出身の瀬立モニカ選手(江東区カヌー協会)でした。

「地元でレースができたのは、来年に向けていい経験になりました。(東京パラリンピックで)女子カヤック決勝は9月5日に行われるので、いい緊張感を持って、残りの364日を過ごしたいです。一日一日を無駄にせず、メダル獲得に向けて毎日どん欲に頑張っていきたいです」
 カヤック種目で東京パラリンピック出場内定も得ている、瀬立モニカ選手の力強いパフォーマンス。ここ数年でパワーアップしている上半身の力強さに注目! (撮影:星野恭子)

この日のレースを笑顔で振り返り、今後の意気込みを語った瀬立選手。実は8月下旬にハンガリーで行われた世界選手権で5位に入賞し、6位までに与えられる2020年東京パラリンピックの出場枠を獲得し、自身2度目となるパラリンピック出場を内定させているのです。

「内定をいただいたので、気持ちに余裕が持て、『ここで漕いでいるんだな』とイメージしながら今日のレースに挑むことができました。目標がしっかりしたので、やれることが明確になってきたと気持ちも変化しています」

カヌー競技会場は一般に淡水が多いそうですが、海の森水上競技場は海水です。浮力が高いのでバランスがとりにくく、「慣れないので少し漕ぎにくい」と話す選手も多かったなか、瀬立選手は、練習拠点の江東区の旧中川も海水と淡水が混ざる汽水域なので、「漕ぎやすかった」と地の利を語りました。また、地元の応援団など多くの声援に後押しされながらのレースに、「こんな雰囲気で(東京パラの)レースを行えるのだと思うと、強い武器を手に入れたかなと思えた。応援してくださる皆さんと一緒に最高の時間を共有し、一番いい色のメダルを取りたいと思います」と力強く話しました。
 日本選手権2冠の瀬立モニカ選手。「応援が力になります」 (撮影:星野恭子)

先の世界選手権は5位でしたが、3位の選手には0.9秒差と迫り、メダル圏内も見えてきています。オフリーズンになる冬場には温暖な地域で長期合宿を張り、バドルを漕ぐピッチ数を増やし、ラストスパートの切れ味にも磨きをかけたいと意気込んでいました。

瀬立選手は3年前にリオパラリンピック出場時に比べ、上半身の筋肉が増し、たくましさが格段にアップしています。1年後の活躍が今から楽しみです。

■瀬立選手につづけ!

瀬立選手以外の日本人選手の次の目標は、東京パラリンピック出場権がかかった最後のチャンスとなる、来年5月にドイツで開催される東京パラリンピックの世界最終予選大会への出場です。日本選手権はその日本代表の第一次選考会も兼ねて行われました。来年3月の国内大会と合わせた総合成績で最終予選の日本代表が決定します。

女子KL3を制した加治良美選手(ネッツトヨタ名古屋)は、「初めての海水でのレースで楽しみと不安があったが、スタートも反応よく出られて、スピードにも乗れてよかったです。ただ、中盤にシートの不具合があり、失速したのが残念」と用具のメンテナンスと、パドリングの向上を今後の強化課題に挙げました。

女子のKL3クラスは障害の程度が最も軽度で競技レベルも高く、競技人口も多いクラスとなります。体格のよい海外勢も多く、小柄な加藤選手は、「腕の長さの違いはどうにもならない部分。体力や筋力、パドリングなどを総合的に上げたいです。課題を一つずつクリアし、自信を持って(5月の最終予選に)臨めるように頑張りたいです」と話していました。

<2019年度日本パラカヌー選手権大会:各クラス優勝者>
男子=KL1:高木裕太(1分5秒803)/KL2:辰己博実(49秒186)/KL3:小山真(52秒867)/VL2:辰己博実(1分0秒181)/VL3:今井航一(1分2秒689)
女子=KL1:瀬立モニカ(59秒941)/KL2:宮崎志帆(1分13秒259)KL3:加治良美(58秒061)/VL1:瀬立モニカ(1分32秒013)

なお、パラカヌーは2016年リオ大会から正式競技となり、カヤック種目(KL)のみが行われましたが、東京 2020 大会ではヴァー種目(VL)も加わります。「アウトリガー」と呼ばれる浮き具付きのついた「ヴァー」と呼ばれるカヌーに乗り、片側にだけブレードのついたパドルで左右どちらかを漕ぐタイプの艇になります。

実施されるのは、KL1(男子/女子)、KL2(男子/女子)、KL3(男子/女子)、VL2(男子/女子)、VL3(男子)の9種目。アルファベットは種目(カヤックが K、ヴァーが V)を表し、アルファベットの後ろの数字は下肢障害の程度を示し、数字が小さいほど重度、大きいほど軽度の障害となります。東京パラリンピックでは、来年9月3日から5日の3日間に行われます。

 東京パラリンピックから追加される、ヴァー種目。片側に浮きが付き、片側だけ漕ぐので、方向維持が難しいとされる。VL1優勝の瀬立モニカ選手(写真)は、「特に女子選手が少ないので、増やしたい」とアピール。(撮影:星野恭子)

バランス感覚と高度なパドリングで水上をグイグイと進むカヌー競技。選手は下肢に障害があり、日常生活では車いすや義足、杖などを使っていますが、上半身の力だけで自由に進める水上は、「究極のバリアフリー環境」とカヌーの魅力を語ります。瀬立選手をはじめ、鍛え上げたアスリートたちをぜひ応援ください!

(文・写真:星野恭子)