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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(276) 東京・お台場でトライアスロンのテスト大会。「選手ファースト」でさらなる整備に期待

東京2020大会を来年に控え、8月15日から18日にかけて、トライアスロンのテスト大会を兼ねた大会が東京・お台場海浜公園で開催されました。「暑熱」や「水質」など、さまざまな課題があったなかでしたが、最も印象に残ったのは、「選手の強さ」でした。

オリンピック種目(男子、女子、ミックスリレー)に加え、パラの部は17日にITUパラトライアスロンワールドカップ東京大会として行われることになっていました。でも、会場の水質が実施基準値を超えたことから当日朝、スイムパートが中止され、代わりにラン(2.5km)、バイク(20km)、ラン(5.0km)の計27.5kmの「デュアスロン」で実施されました。
8月17日に東京・お台場でパラトライアスロンのテスト大会が開催。水質悪化によりスイムが中止され、ディアスロン(ラン→バイク→ラン)に変更された。「選手の安全第一」の対応。 (撮影:吉村もと)

ちなみに、パラリンピックでの正式なトライアスロンは、スイム(0.75㎞)、バイク(20km)、ラン(5㎞)の計25.75kmで行われます。オリンピックは、ちょうどこの倍の距離(計51.5㎞)です。

オリンピックも含めて、自然環境の中で行う競技、トライアスロンではもともと、天候や環境条件によっては競技種目や距離などが変更される可能性があることが国際ルールで決められています。「選手の安全が第一」という措置であり、このテスト大会でもそのルールが適用された形です。

変更の可能性はパラリンピックやオリンピックも含まれます。例えば、2000年から正式採用されたオリンピックではまだないものの、世界選手権では過去、変更されたことがあるそうです。ただし、「水質が要因となった変更はなかったのでは」ということでした。

さて、当日のレース結果ですが、国内外から有力選手が全70選手(男子42名、女子28名)出走、66選手が完走しました。日本選手は男子5名、女子4名の計9選手が全員完走。女子PTWC(車いす)の土田和歌子選手(八千代工業)が優勝し、同PTS4(立位)の谷真海選手(サントリー)と、男子PTS2(立位)の中山賢史朗選手(東京ガスパイプライン)が2位となり、計3選手が表彰台に上りました。
女子PTWC(車いす)で優勝した土田和歌子選手。「応援に後押しされることを実感したレース。パワーになりました」 (撮影:吉村もと)

優勝した土田選手は第1ランでトップ通過後、バイクで世界ランク1位のオーストラリアのエミリー・タップ選手に抜かれたものの、第2ランで抜き返すという快走でした。当日早朝、競技が変更になったことについて、「デュアスロンは初めての経験。いつもとは違うルーティンでのスタートになったが、トライアスロンは、これ(変更)も含めてトライアスロン。2020年に向けて貴重な経験になった」と前向きに受け止めていました。

トライアスロンからディアスロンに変更された場合、大きな違いの一つに「トランジション」があります。通常は、「スイムからバイク、そしてラン」の流れですが、ディアスロンになると、「ランからバイク」という通常とは逆の動きが必要なります。さまざまな機材や用具を使うパラの場合は特に、「慣れない動き」は大きなタイムロスになり得ます。土田選手も変更を聞いてから急遽、サポートするハンドラーとともに、「逆の流れ」をシミュレーションして臨んだと言います。「変更の可能性は(ルールとして)知っていたので、気持ちはすぐに切り替えられた」と臨機応変の対応ができたと言います。

優勝という結果については、課題とするスイムが中止されたこともあり、「今回、スイムがあったら、この結果はどうだったろうと思う。今年、このコースを経験できてよかった。来年に向けてしっかり対策したい」と話しました。スイムについても、前日に試泳したといい、「台風の影響で流れがあり、視界が得られない部分もあったが、高波が起こる海よりもはるかに楽なコース。水質は、他の大会と遜色はないと思う。テストイベントなので、これからの部分もまだあると思う。パラリンピック本番については『トライアスロン』で実施できるよう、(今後の)対策をお願いしたい」と話しました。

本番と同じ会場での実施で、特に東京出身でもある土田選手は、「応援も多く、力になった。東京という最高の舞台に立てるよう、しっかり結果を残していきたい」と意気込み、さらに、「来年はここに、世界から最高レベルの選手たちが集まるので、ぜひ多くの皆さんに観戦いただき、国内外問わず、選手たちを応援してほしい」と呼びかけました。

他にも、海外選手を含め、複数の選手からテスト大会ついてのコメントを聞きましたが、ほぼ土田選手と同様の内容が聞かれました。「選手は強かった」です。

■お台場の水質について
お台場が会場に決まって以降、主に水質など環境条件が問題視され、会場の変更なども取りざたされてきましたが、今回のテスト大会も踏まえ、東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会は会場変更の可能性については否定しています。その根拠や妥当性はどこにあるのでしょうか?

今回のトライアスロンのテスト大会はオリンピック種目も含め4日間にかけて行われたなか、「水質悪化によるスイム中止」は3日目のパラトライアスロンだけでした。翌日のオリンピック・ミックスリレーは「水質が改善した」ということで、スイムを含む3種目で競技が実施されています。

なぜこのような事態になったのか。3日目のパラトライアスロンのレース終了後、国際トライアスロン連合(ITU)と日本トライアスロン連合(JTU)によるスイム中止に至った経緯などの説明会見が行われました。
パラトライアスロンのテスト大会への対応について会見を行った、ITUスポーツディレクターのマーカス氏(中央)、JTU大塚真一郎専務理事(右) (撮影:星野恭子)

それによると、まず、スイム会場は、ポリエステル製の「水中スクリーン1枚」で囲い、細菌などの侵入を防ぐ対策が取られました。ちなみに来年の本番にはスクリーンを3枚に増やす予定だそうです。そして、大会数日前から午前5時と午後1時に囲ったなかの海水を検査し、大腸菌の数を調べ、水質管理をしていました。

ITUは競技規則で水質基準を明文化し、「1.非常に良い」、「2.良い」、「3.普通」、「4.悪い」の4段階を設定しています。スイム中止となった経緯については、大会2日目(16日)の午後1時の大腸菌の数値が100ml中で500個を超え、これは「レベル4」に値する数値だそうです。

翌朝3時の定例の危機管理会議でこの水質結果が協議された結果、「選手の安全第一」でスイム中止、競技変更の決定が行われたということです。

なお、詳しい経緯については、下記のサイトでご確認ください。
▼トライアスロンテスト大会公式サイト
・ITUパラトライアスロンワールドカップ(東京/2019) デュアスロンで実施
https://triathlon-tokyo-2019.org/2019/08/17/news0817-1/

・8月18日(日)のトライアスロン競技等について
https://triathlon-tokyo-2019.org/2019/08/18/news_0818-1/

また、16日午後1時に増加した大腸菌の数値は17日午後1時の検査で「レベル1」まで改善したことで、18日のオリンピック種目ミックスリレーは予定通り3種目で実施されました。

JTUの大塚真一郎専務理事は水質悪化の原因について、台風10号の大量降雨や強風、潮の状況により水位が高くなったため、オイルフェンスによる囲いを越えて海水が入り込んだことなど数値が想定を超えてしまったと推測されるとし、「(3種目での)競技環境が用意できなかったことは申し訳なく、残念だが、ルールに従った想定内の変更」と話しました。来年の本番についても、「悪天候など何らかの事象が起きれば、オリンピックでも競技変更はある」とし、トライアスロンのルールは、選手の安全第一で規定されていることを強調しました。

また、同席したITUスポーツディレクターのゲルゲイ・マーカス氏は、会場変更の議論は済んでおり、今は、「選手のリスクを確実に下げる環境づくりに努めたい」と力を込めました。

競技変更に伴うレーススタート時刻も調整され、午前3時半過ぎには全選手に変更が通知されたそうです。選手の受け止め方にはついては、前述の土田選手に代表されるように、前向きでした。

男子PT4(立位)4位の宇田秀生選手。「ディアスロン(への変更)は他の大会でも経験がある。水質について細かいことは分からないが、あと1年あるので整備していただき、(来年の東京大会は)トライアスロンで実施できればいいと思う」 (撮影:吉村もと)

女子PTS4(立位)2位の谷真海選手は、「(大腸菌の)数値が基準を上回ったところを無理して泳いで体調に影響するより、健康第一でスポーツをしているので、(中止という)よい判断をしていただいたと思う。トライアスロンは当日まで何があるか分からないスポーツ。そういうシチュエーションに合わせて自分も対策をしていきたい」 (撮影:吉村もと)

海外選手からも、「気にしていない」「もっと良くなると期待している」という声が聞かれました。例えば、男子PT5(立位)で優勝したステファン・ダニエル選手(カナダ)は、「勝てて幸せ。コースを試すことができ、来年がとても楽しみになった。ディアスロンへの変更に文句はない。安全が一番大事。オフィシャルは正しい判断だったと思う。スイムは試せなかったが、現時点ではパーフェクトだ」とテスト大会を笑顔で振り返りました。

一つの大会として、選手の練習の成果を発揮しきれなかったことは、大塚専務理事も言うように残念なことでしたが、この大会は「テスト大会」でもありました。今回見えた課題(オイルフェンスの高さやスクリーンの枚数、他)をしっかり検証し、対策を講じ、来年の本番大会をしっかり実施できるようにすることが重要だと思います。もしかしたら、会場整備を進めることでお台場の将来的な環境改善にもつながり、レガシーになり得るかもしれません。

暑熱対策についても懸念されていましたが、選手はそれこそ「想定内」で準備、対策をしてきていました。日本選手はもちろんそうですが、アメリカの女子視覚障害選手は、「猛暑と聞いていたので準備していたが、思ったほどではなかった。運営もしっかりしていて、何の心配もなく走れた。来年も楽しみ」と話していました。
女子PTS2(立位)5位の秦由加子選手はスイムが得意。「海外レースでは同様の状況で泳ぐこともある。(東京のコースは)前日に試泳したが、体調異常はない。来年、泳げるように祈りたい」と話したが、5位に終わったことについては想定以上の暑さで義足のソケット(脚とつなぐ部分)内に大量の汗がたまり、義足がずれ、思ったようにバイクのペダルを踏めなかったと悔しさをにじませたが、「この暑さや湿気は海外勢よりは慣れていると思う。これを強味に変えられるよう、さらにトレーニングと積みたい」と前を向いた。(撮影:吉村もと)

運営面の対策もしっかりされていました。まず、給水所を増やし、「コーチングエリア」を設け、水分や栄養、氷のパックなども手渡ししやすくしていました。さらに、通常はルールで禁止されている、「コース上でのごみの投げ捨て」も、今回は「自由に捨ててもよい」とルールを緩和し、選手の負担を減らす対策をとっていたと言います。
男子PTS5(立位)6位に入った佐藤圭一選手は、「始めから持てる力を出し切ることに挑戦したので、体に負担がかかったが、いいレースができた。熱中症については、(レース前もレース中も)水をしっかりとったし、コーチゾーンも作っていただいたが、(自分の準備に)足りない部分がまだ少しあった。最後まで力を出し切れる対策を今後、考えたい」 (撮影:吉村もと)

リオパラリンピック代表で、今大会は女子PTVI(視覚障害)5位の円尾敦子選手は「さまざまな対策を行っていただいた。過去、こんなに配慮された大会に出場したことはない」と話し、また、リオも大会前に水質が懸念されたことを振り返り、「リオ大会も走って問題はなかった。東京の水質は全然気になりません。」 (撮影:吉村もと)

トライアスロンはもともと、レース当日の自然環境のなかで順位を競う競技。「チャレンジ」を重視し、「完走者は全員が勝者」と称え合う競技文化を持っています。だからこそ、今回の環境条件にも、競技変更にも動揺することなく、冷静に受け止め、さらなる努力を誓う、強くたくましい選手ばかり。誰一人、「ここで泳ぎたくない」「不安だ」と話すことはありませんでした。

そんな選手たちが来年の東京・お台場で気持ちよく、楽しく、チャレンジができるように、今すべきは「会場変更」や「競技中止」を考えることでなく、「選手ファースト」で環境をいかに整えるか、そこに全力を尽くすことだろうと、そう強く思ったテスト大会でした。

【日本人選手結果】
<PTWC女子>
1位:土田和歌子(八千代工業/東京)
<PT2女子>
5位:秦由加子(キヤノンマーケティングジャパン・マーズフラッグ・稲毛インター/千葉)
<PTS4女子>
2位:谷真海(サントリー/東京)
<PTVI女子>
5位:円尾敦子(日本オラクル・グンゼスポーツ/兵庫)
<PTWC男子>
4位:木村潤平(社会福祉法人ひまわり福祉会/東京)
<PTS2男子>
2位:中山賢史朗(東京ガスパイプライン/東京)
PTS4男子>
4位 宇田秀生(NTT東日本・NTT西日本/滋賀)
<PTS5男子>
6位:佐藤圭一 エイベックス/愛知)
9位:梶鉄輝(日本写真判定/兵庫)

(文:星野恭子)