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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(271) わずか3秒で決する真剣勝負。パラ・パワーリフティングの世界選手権、まもなく開幕!

今週末7月12日にカザフスタンで開幕するパラ・パワーリフティングの世界選手権、「2019ヌルスルタン大会」に出場する日本代表選手団が7月3日、東京・品川区のパラスポーツ専用体育館「日本財団パラアリーナ」で実施中の強化合宿を報道陣に公開したので取材に行ってきました。今回はパラ・パワーリフティングの魅力と、大会に向け最終調整中の日本代表チームの横顔などをご紹介します。

パラ・パワーリフティングは、東京2020パラリンピックの正式競技の一つで、下肢に障害がある選手を対象にしたベンチプレス競技です。ベンチプレスは一般に筋肉トレーニングにも使われ、健常者の大会も行われています。でも、健常者は台上に仰向けで横たわるものの両脚は床につけているので下半身の力も使えますが、パラスポーツでは選手は専用の台に全身を乗せてしまうので、胸や肩、腕力だけで勝負する点が大きく異なります。
練習中のパラ・パワーリフティングの様子。台上に横たわり、主に腕力だけでバーベルを挙げる。写真は男子97Kg級代表の馬島誠選手 (撮影:星野恭子)

パラリンピックでは男女それぞれ体重別に各10階級で競われ、ラック上に置かれたバーを持ち上げて一度、胸までおろしてから、再び持ち上げ腕を伸ばしきると成功となります。その間、わずか3秒。選手はその一瞬のために、日々、上半身を鍛え、集中力を磨きあげます。試合会場は緊張感とドラマティックな雰囲気に包まれ、パラリンピックでも観戦者の多い人気競技の一つです。

さて、「2019ヌルスルタン世界選手権」は東京パラリンピック出場のためには参加必須大会としてIPC(国際パラリンピック委員会)が指定した重要な大会の一つです。日本国内では今年4月中旬に、その代表選考を兼ねた「チャレンジカップ京都」が京都府城陽市で開催され、派遣標準記録をクリアした男女各階級上位2名まで、ジュニア選手を含む、計24選手が代表に選出されています。

東京パラリンピックの全出場選手枠数は各階級で男子10名、女子8名のみの狭き門です。まずは、今回のヌルスルタン世界選手権でひとつでも上位に食い込み、「東京パラ出場ランキング」を引き上げるようなポイントをしっかり獲得することが重要です。

■母国開催のパラに向け、さまざまに進む強化策

2013年に東京2020パラリンピックの開催が決まり、実施される22競技は選手発掘や競技環境の整備などに取り組み、競技レベルの向上に努めています。日本パラ・パワーリフティング連盟もその一つです。

選手発掘には体験会を実施したり、日本スポーツ振興センターや日本パラリンピック委員会、東京都などが主催する発掘イベントにも積極的に参加し、適性のある選手をスカウトし、連盟登録選手数も増やしています。練習拠点としては、2016年夏には京都府城陽市サン・アビリティーズ城陽内に強強化拠点施設を整備。さらに、昨年新設された日本財団パラアリーナにもベンチプレス台が常設されたこともあり、定期的な合宿を開催できるようになりました。

指導体制にも変化を加え、世界的に著名でメダリストの指導歴もあるイギリス人コーチのジョン・エイモス氏を招へいしています。氏は2017年春からアドバイザーとして定期的に来日し、選手や日本のコーチ陣にも指導や助言を行っていましたが、今年4月からは正式に日本チームのヘッドコーチとして迎えました。
男子88kg級代表の石原正治選手(左)に通訳を交えながら、丁寧に指導するジョン・エイモス日本代表ヘッドコーチ(右)。 (撮影:星野恭子)

エイモス氏は自身も車いすアスリートで、パラ・パワーリフティングでパラリンピック出場経験もあります。下肢障害といっても麻痺などの機能障害から、両脚・片脚の切断者など障害の内容や程度はさまざまであり選手ごとに筋力やフォームなども異なるため、個別に的確な指導が必要となります。指導経験豊富なエイモス氏は、選手個々の特性を見極める力に長け、それぞれに合った工夫を凝らしたアドバイスを行い、選手たちの記録更新など大きな成果を上げているそうです。

例えば、選手は台に横たわったときに、台に体を固定するためベルト2本の使用が認められていますが、巻き方や位置などは選手それぞれの身体状態に合わせられます。例えば、女子55㎏級代表の山本恵理選手は脚の機能に左右差があり、それぞれの脚をベルト1本で固定するよう、エイモス氏にアドバイスされてから安定感が増し、また力が出しやすくなったと言います。山本選手によれば、ベルトを1本ずつ使う巻き方は、「世界でも見たことがない」そうです。
1試技ごとに、ベルトの巻き方などについて話をしながら、練習を進める山本恵理選手(右)とエイモスヘッドコーチ (撮影:星野恭子)

また、指導内容にも特徴があります。「トレイン・スマート(賢く、練習しよう)」をモットーに、選手には「量より質」を求めます。毎日、重いバーベルを持ち上げているイメージですが、エイモス氏の作る練習メニューにはメリハリがあるようで、選手の中には「物足りなさ」を感じることもあるそうです。それでも、エイモス氏は、「最もよくないのは、『ケガ』」という信念から、練習しすぎを抑え、練習継続を重視し指導します。

スポーツではよく、「練習でできないことは試合でもできない」と言われますが、パラ・パワーリフティングでは、「試合で初めて挑戦する重量」なども多く、「初挑戦、初成功」が試合で見られることも少なくなく、それも見どころの一つとなっているそうです。

公開合宿では、一部の選手が取材にも応じてくれましたので、意気込みなどをご紹介します。まず、ベルトの巻き方でご紹介した山本選手はジョンコーチの「トレイン・スマート」のアドバイスで開眼し、「生活面から見直して、やるべきことが明確になった。いいコンディションなので、3回の試技を全部成功させ、記録をしっかり残すことが目標」と力を込めます。

競技歴2年半で、世界選手権は初出場となる女子41kg級の成毛美和選手は東京大会はもちろん、その先の2014年パリ大会も見据えます。「練習は積めている。トップ選手からテクニックなどをいろいろ盗み、これからにつながる大会にしたい」と目標を口にしました。
呼吸を意識しながら、最終調整中の女子41kg級の成毛美和選手 (撮影:星野恭子)

男子97kg級の馬島誠選手は元パラアイスホッケー選手で、2010年バンクーバー冬季大会の銀メダリスト。団体競技とは異なり、「個人で限界を超えていく」パワーリフティングに美しさを感じて転向して4年。「完全な個人競技と思っていたが、コーチやチームメート、応援してくれる人など、一体感が力になると分かった。ようやく世界と戦える手ごたえがつかめてきたので、いろいろな思いを力に頑張りたい」と意気込んでいました。
男子97kg級の馬島誠選手の真剣な表情に、見ている方も思わず力が入る (撮影:星野恭子)

東京パラリンピックを占う上で重要な戦いとなる、ヌルスルタン世界選手権は、ライブ配信も実施される予定です。「3秒の刹那」にかける選手たちの挑戦をぜひ、応援ください!

<2019ヌルスルタン・パラパワーリフティング世界選手権大会>
日程: 7月12日~20日
会場: カザフスタン・ヌルスルタン
競技日程:https://jppf.jp/news/detail/id/344 (7/4更新版)
参考:日本パラ・パワーリフティング連盟: https://jppf.jp/index
Facebook(英文): https://www.facebook.com/parapowerlifting/
Twitter(英文): https://twitter.com/powerlifting
ライブ配信:YouTube: https://www.youtube.com/paralympics (大会当日より視聴可能)

(文・写真:星野恭子)