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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(266) 東京パラまで1年。30回を迎えたパラ陸上の日本選手権で、期待の星が続々!

6月1日から2日かけて大阪市長居陸上競技場で開催された、パラ陸上の日本一を競う第30回日本パラ陸上選手権大会。2020年東京パラリンピックを控えたなか、日本のパラ陸上の可能性を感じさせる見どころの多い大会となりました。

まず、多くの新記録が生まれました。2020年東京大会に向け、陸上を始める選手も増え、練習環境や強化体制が向上していることも記録が伸びている要因の一つでしょう。新記録が多すぎて、詳しくは下記の結果サイトでご確認いただきたいのですが、いくつかピックアップしてみます。

▼第30回日本パラ陸上競技選手権大会 結果
https://gold.jaic.org/jaic/para/results/2019/30npara/kyougi.html

佐々木真菜選手(東邦銀行)は女子400mT13(視覚障害・弱視)で58秒34をマークして、自身の持つアジア記録と日本記録を更新しました。実業団の東邦銀行でオリンピックを目指す健常の選手たちとの練習で着実に力をつけ、ここ数年、日本記録を更新し続けています。400m女子T13(視覚障害)で58秒34をマークし、自身のもつアジア記録、日本記録を更新した佐々木真菜選手。世界選手権派遣記録(58秒11)は逃し、「残念ですが、手ごたえは得ました。次戦以降で行けそうな感触」と笑顔 (撮影:星野恭子)

男子1500mT11(視覚障害・全盲)の和田伸也選手(長瀬産業)はリオパラリンピックで出した日本記録を2秒以上更新する4分13秒41で優勝。4月のロンドンマラソン3位のT12 (弱視)の堀越信司選手(NTT西日本)に0.01秒差で競り勝つ、勝負強さも見せました。ゴール前で堀越信司選手(左)と競り合う和田伸也選手(中央)。右は長谷部匠ガイド。伴走者は選手より一歩引いてゴールしなければならない。長谷部ガイドとは3月からペアを組み、今大会が公式戦としては初戦。「40歳でのラストレースで良い記録がでて嬉しい。長谷部くんは息子ほど年齢差があるが、相性もよく、走力があるので余裕をもって伴走してくれます」という和田選手に、長谷部ガイドも「和田さんから刺激をもらって、(走ることがまた)楽しくなっています」 (撮影:星野恭子)

世界記録も更新されました。湯口英理菜選手(日体大1年)は両大腿切断のため義足をつけて競技をします。T61という障害クラスになりますが、世界でも数少なく、特に女子はほとんどいないなか、果敢なチャレンジは国際的に注目されています。現在は100mと200mに挑むスプリンターで、先月、北京での大会で樹立したばかりの世界記録を、今大会でさらに、100mを20秒61、200mは46秒69と伸ばしました。残念ながら、競技人口が少ないこともあり、東京パラリンピックで女子T61の短距離種目は実施されないこともあり、座ってプレーするシッティングバレーボールも練習しているそうです。世界でも数少ない女子の両大腿切断で義足をつけて競技する、湯口英理菜選手。今年4月に日本体育大学に入学し、陸上部パラアスリートブロックで練習中。「今までより練習量が増え、きついけど、やりたいことができて充実し楽しい。バレーボールで体幹が鍛えられ、走りのフォームも良くなりました!」 (撮影: 星野恭子)

他競技からの転向や二刀流選手も増えています。例えば、やり投げ種目では元高校球児など野球からの転向選手も多く、特にF46 (上肢障害)やF12(視覚障害)といったクラスでは強化指定選手に選ばれる選手も多く、活躍が期待されています。元々肩が強いのと、投球動作とやり投げの動作が近いこともあり、日本パラ陸上競技連盟(JPA)による積極的なスカウトにより、発掘された選手が多いのが特徴です。

転向組で注目を特に集めた一人は、平昌パラリンピックのスノーボードで金、銅メダルを獲得した成田緑夢選手(ぐりむ/フリー)です。平昌大会直後に、「夏季競技転向」を発表し、さまざまな競技を試した結果、昨年秋に陸上走り高跳び挑戦を表明。今大会では、5月に出した自己記録(1m84)に迫る1m82で優勝したのですが、記録もさることながら、独特の助走に驚かされました。一般的な助走はバーに正対する位置からまっすぐに、あるいは弧を描くようにバーに近づいていきますが、成田選手はバーに対してほぼ左真横からバーと平行に助走して近づき、バーを跳び越すイメージです。文章にすると分かりにくいので、ぜひ一度、会場でご観戦いただけたらと思います。

成田選手によれば、現在はコーチをつけず、自分で他選手の動画などで研究したりしながら練習を積んでいるそうです。パラアスリートは障害もさまざまなため、自己に合わせた独特なフォームなども特徴ですが、成田選手も左脚に麻痺などがあり、その辺りも考慮しながらたどり着いたオリジナルな助走のようです。このフォームに変えてからまだ数週間で自己ベストに迫る跳躍を見せた成田選手。「どこまで伸びるか分からない」という声もあり、目が離せません。成田緑夢(ぐりむ)選手は1m82で優勝。助走を大きく変えてからまだ3週間ほどでの初戦での好結果に、「今日の1日としては100点です」(撮影: 星野恭子)

最近増えている「二刀流」の選手として注目されたのは、女子100m車いすに出場した村岡桃佳選手(トヨタ自動車)です。平昌大会アルペンスキーでメダル5個を獲得し、一躍注目されたのでご存知の方も多いのではないでしょうか? 雪上の印象が強い村岡選手ですが、実はスキーを始める前に陸上に取り組んでいた時代もあり、「久しぶりに挑戦したくなった」と参戦。

車いす陸上の実業団チームWORLD AC(ワールドAC/岡山)で指導を受けていると言い、レースでは力強いフォームで競技用車いす(レーサー)を漕ぎ、トップに0秒34差の18秒36でフィニッシュし、2位に入る健闘を見せました。パラリンピアンという国際経験も武器に、伸びしろはまだまだありそうです。

2020年大会をにらみ、選手発掘や転向組などで選手層も厚みを増しています。そのため、障害クラスによっては国内でもライバル争いが激しくなっています。スポーツとしては当然のことですし、切磋琢磨により競技力アップも期待できます。

例えば、男子100mT64(片下腿切断)では、5月に11秒55をマークしてアジア記録を更新したばかりの井谷俊介選手(SMBC日興)がスタートで出遅れたものの、先行した佐藤圭太選手(トヨタ自動車)を交わし、0.32秒差で先着。昨年大会では0.02秒差で敗れた悔しさを晴らし、「どうしても勝ちたかった」と笑顔で喜びを語りました。元日本記録保持者の佐藤選手は冬場のケガが響き、まだ調整中とのことですが、勝ったり負けたりのライバル関係は見ごたえがあります。男子100mT64を制した井谷俊介(左)は中盤で、佐藤圭太選手と激しいトップ争いを演じた。2週間前に右太もも裏を痛め、万全ではないなかでの優勝にも、「今日のパフォーマンスとしてはベストを出せた」が、来年の大舞台に向け、「ケガで泣かないよう、細かな点に気を遣い、日頃から賢く過ごしたい」(撮影:星野恭子)

他にも、男子T37(脳性まひ)や同T54 (ともに車いす)、同T63(片大腿切断)などの100mでは国内大会でも予選が行われるほど選手が増えています。また、女子T63も国際大会レベルの選手も複数いてトップ争いをしています。一発決勝の種目でも、すべてのレーンが選手で埋まるようなレースも増えています。競技の普及や競技力向上にはとてもいい傾向だと思います。男子T63 クラスをけん引する、リオパラリンピック銀メダリストの山本篤選手(新日本住設)。5月初旬に6m70を跳び、走り幅跳びの日本記録を更新。今大会は腰痛などもあり、6m53での優勝に留まったものの、ドイツ選手がもつ世界記録(6m77)を「今季中には塗り替えたい」と意気込む (撮影: 星野恭子)

また、今年は2年に1度の世界選手権が11月にドバイで開かれる予定です。特にパラリンピック前年の大会は前哨戦ともいわれ、東京パラリンピック出場にもつながることから世界の強豪たちも顔をそろえる見込みです。今大会はその選考大会の一つとなっており、日本パラ陸上競技連盟(JPA)が設定した派遣標準記録突破を目指す選手たちがハイレベルなレースを繰り広げたのも、記録更新につながったと思われます。

この派遣記録は、国際パラリンピック委員会(IPC)が設定する参加標準記録でなく、日本パラ陸上競技連盟が独自に設定したもので、なかには現日本記録以上の記録が必要な種目もあります。JPAによれば、派遣標準は直近のパラリンピックと世界選手権の結果から入賞8位以内を目安に設定したそうで、「世界で戦える選手のみ」の派遣となります。来年の東京パラリンピックの代表選考にも関わってくるので、選手たちは真剣です。国内外のIPC公認大会で記録しなければならないため、選手たちに残された時間はそう多くはありません。

パラ陸上は対象となる障害の種類も多彩で、本当にさまざまな選手たちが自己の障害と向き合い、創意工夫で残された機能を最大限に生かして、自分越えに挑む競技です。見どころもいっぱいです。以下に世界選手権選考大会にもなっている大会をご紹介しました。ぜひ会場で応援ください!

<これからの主なパラ陸上大会>
■7月6日(土)~7日(日)
【陸上競技】 第24回関東パラ陸上競技選手権大会 (WPA公認)
昨年は車いすクラスの佐藤友祈選手が世界新記録を樹立など、「好記録が出る大会」としても知られる伝統の大会。今年も期待!
会場: 町田市立陸上競技場 (東京都町田市)
詳細: http://www.kanto-para.org/custom.html

■7月20日(土)~21日(日)
【陸上競技】 2019ジャパンパラ陸上競技選手権大会 (WPA公認)
海外強豪選手も招待され、世界レベルのレースも観られる。11月にドバイで開かれる世界選手権代表選考に向けた最終の指定大会。ハイレベルな真剣勝負をぜひ!
会場: 岐阜メモリアルセンター長良川競技場 (岐阜市)
詳細: https://jaafd.org/events/20190507-001-35

(文・写真:星野恭子)