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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(264) パラトライアスロン横浜大会閉幕。過酷だからこそ、魅力!? 選手層も拡大中!

2019ITU世界パラトライアスロンシリーズ横浜大会のエリート・パラの部が5月18日、横浜市山下公園周辺コースで行われ、2020年東京パラリンピックを控えるなか、世界トップランカーを含む全70選手がエントリー。日本からは9選手が出場し、男子立位(PTS4)の宇田秀生選手(NTT東日本・NTT西日本)が同クラス8人中3位に食い込みました。

パラトライアスロンはスイム750m、バイク20km、ラン5kmの3種目を連続して行い、全25.75kmのタイムを競う過酷な競技で、障害に応じて6クラス(PTWC=車いす、PTS2~5=立位、PTVI=視覚障害)に分かれて競います。2019世界パラトライアスロンシリーズ横浜大会エリート・パラの部、男子立位(PTS4)で銅メダルを獲得した宇田秀生選手(右)は表彰台で笑顔を見せ、優勝したアレクシ・アンカンコン選手(フランス)、2位の王家超(=オウ・カチョウ/中国)と健闘を称え合う (撮影:星野恭子)

屋外コースで行われるトライアスロンは当日の天候にも左右されやすく、単純比較はできませんが、宇田選手は昨年の記録を約1分短縮し、1時間4分27秒でフィニッシュ。昨年は4分以上あった世界王者、アレクシ・アンカンコン選手(フランス)とのタイム差も今年は2分以内に短縮。2位の王家超選手(=オウ・チョウカ/中国)とは12秒遅れ、4位のミハイル・コルマコフ選手(ロシア)は20秒差で振り切っての3位入賞でした。

「レース内容には満足しています。表彰台を目指して走り、(力を)出し切れたのでよかった」と充実の笑顔を見せた宇田選手。苦手のスイムで7位と遅れたものの、バイクパートでは懸命に前を追いパート1位となる快走(30分)で順位を上げると、得意のランでも粘り通しました。

現在32歳の宇田選手は26歳だった2013年、仕事中の事故に遭い、利き腕の右腕を肩から失ったものの、リハビリで始めた水泳と、大学時代までのサッカー経験で鍛えた脚力を活かし、トライアスロンを始めます。2015年に国内大会でレースデビューを果たして以降、メキメキと実力を伸ばし、国際大会でも活躍。今年5月7日時点の世界ランクは5位になっています。左腕一本で操作するバイクパートの強化にはパラサイクリングチームの合宿に参加させてもらって専門的な技術指導を受けるなど、地道な努力を続け、成長曲線を描いています。

「今日のレースで、バイクとランでは、(世界とも)いいレベルで勝負ができるなと確認できました。スイムをもう少しいい位置で上がれることが課題」だと、日常練習ではスイムにウエイトを置いているそうです。初出場を目指す2020年東京パラリンピックの出場権獲得のためのポイントレースは来月から始まり、来年6月まで続きます。

「ここまで、心も体もいい感じてきています。(東京大会に向け)うまく調整して、いいところを狙えるように頑張ります」

ともに3連覇を狙った女子の有力選手二人。結果は?

3連覇を狙った女子立位(PTS4)の谷真海選手(サントリー)は女子PTS4クラス2人中2位に終わり、涙をぬぐってから取材エリアに立ちました。東京パラリンピックでは大会全体の参加人数制限があるため、トライアスロンでは、「女子立位PTS3~PTS5までが統合されて実施」と決まったため、谷選手は障害の軽い選手たちとも出場権を争わねばなりません。この日のレースもPTS5の選手らと同じスタートとなったため、「思い切って最初から力を抜かず行こうと思い、スイムまではよかったが、(1回目の)トランジションとバイクで何人もに抜かれ、完全に力負けでした」と悔しさをにじませ、来月から始まるポイントレースに対しても、「危機感しかない」と不安を口にしました。3連覇を目指し、スイムからバイクへと1回目のトランジションを行う谷真海選手。右脚に着けた義足はランパート用。2回目のトランジションの時間短縮を狙った新たな挑戦! (撮影:星野恭子)

でも、バイクパートでの苦戦には理由がありました。骨肉腫のため失った右脚に義足を装着して競技する谷選手は、昨年まではバイク用の義足とラン用の義足を2種類使っていましたが、今季からラン用の義足でバイクも漕ぐ「1本化」を図ることで装着にかかる時間を短縮する戦略を採用。横浜大会が初レースでした。実際、バイクからランへの2回目のトランジションは昨年に比べ、38秒短縮されていました。

ただし、1本化した義足はラン用に特化しているため、カーブしていたり、たわみを考慮して左脚より長く作られているため、バイクを漕ぐにはバランスをとったり、左右差なくペダルに力を加えるのは難しいという面もあります。

実際、「バイクがぐらぐらし、パワーが伝わりにくいと感じた」そうですが、トランジションでは、「バイクからランはスムーズにいった」と手ごたえもあったと言い、「もうこれで行くしかないと思う。あと1年あるので、チームで今日のレースを振り返り、積み上げて行きたい」と巻き返しを力強く誓っていました。

同じく女子車いすクラス(PTWC)で3連覇に挑んだ土田和歌子選手(八千代工業)も7人中4位だったものの、マラソンから本格転向してまだ2シーズン。「スキルもパワーも上がってはいる。気持ちを切らさず、最後のランにつなげられ、順位を(4位まで)上げられたことはプラスに考えています」と前向きに結果を受け止めていました。車いすクラス(PTWC)のバイクパートでは仰向けに横たわり、手で漕ぐハンドバイクを使う。土田和歌子選手は初めて「ドラフティング」の反則を取られ順位を落とすも、得意のランで2人を抜き、4位入賞 (撮影:星野恭子)

実は、バイクパートで「ドラフティング」の反則を取られ、途中、ペナルティボックスに1分間入ることとなり、順位を落としてしまったというのです。パラトライアスロンでは接触事故防止や公平な競技目的もあり、バイクパートでは同じクラスの選手の後ろに着く場合、10m離れなくてはならないというルールがあり、追い抜く場合も20秒以内で完了しなければなりません。

土田選手は6.6kmのバイクコースの3周目に、他選手と抜きつ抜かれつのレースを展開し、途中で追い抜かれた後に距離が調整しきれず、「ドラフティング」の違反を取られたようです。高速でのレース中のスピード調整は簡単ではないでしょう。トライアスロン歴も浅く、仰向けに乗るハンドバイクでの距離感もつかみにくかったかもしれません。

マラソン女王のキャリアも武器に、昨年の世界選手権では2位に入った土田選手。今大会では、「2020年に向け、海外の有力選手たちも力をつけ、非常に速くなってきていると感じた」そうですが、「より高いレベルを目指すのは、一選手として、ますますモチベーションが上がります」と意欲的。

東京大会出場が決まれば、冬2回、夏6回と、「8回目のパラリンピック出場」となります。「自国開催の東京パラリンピックで、選手として立っている(自分の)姿を思い浮かべると本当にワクワクします。苦手な(スイム)を強化し、得意分野もさらに上げて頑張りたい」と意気込みます。

▼エリート・パラの部 公式リザルト
http://www.jtu.or.jp/results/2019/2019yokohama_para_result.pdf

▼エイジ・パラの部(5/19実施) 公式リザルト
http://www.jtu.or.jp/results/2019/2019yokohama_agepara.pdf

人気上昇のトライアスロン。有力なチャレンジャーも続々

トライアスロンは1970年代の競技誕生後、早くから障害のあるアスリートも受け入れてきた歴史があります。そして、2016年リオ大会でパラリンピックの正式競技になったこともあり、人気は急上昇。競技人口もどんどん増え、昨年、今年と横浜大会も定員70選手(全クラス合計)を越える出場申し込みがあり、クラスによっては「キャンセル待ち」が多数発生し、結局、出場がかなわない選手もいたほどでした。

そんな人気クラスの一つは、男子視覚障害クラス(PTVI)です。リオ大会では人数制限のため、視覚障害クラスは女子のみしか実施されず、東京大会でようやく男子も実施されることになりました。「初出場」を目指し、既存の選手はもとより他競技から転向してくる選手も増えてきています。今年の横浜大会で3位に入ったブラッド・スナイダー選手(アメリカ)もその一人。水泳のパラリンピアンで、メダル7個のキャリアを誇ります。 視覚障害クラス(PTVI)で2位に入ったアメリカのブラッド・スナイダー選手(左)は、「目の代わり」となるガイドのコリー・ライリーさんとともに競技。「ガイドはタフな役割。もっと知ってほしい」 (撮影:星野恭子)

1984年フロリダ州に生まれたスナイダー選手は幼い頃から水泳を楽しみ、高校の水泳部などで活躍後、海軍学校を経て米国海軍に入ります。2011年アフガニスタンでの爆発物処理の任務中、爆発事故に遭い、両眼を負傷し、失明。義眼となったスナイダー選手は1年後、ロンドンパラリンピックに出場を果たし、男子全盲クラスで金2、銀1を獲得。2016年リオ大会でも日本のエース木村敬一選手らと競い、自由形(100m、400m)での連覇など金3、銀1に輝きます。

東京大会でも活躍が期待される中、「僕はチャレンジが好き」と約1年半前からトライアスロンにも挑戦。昨年の横浜大会で世界シリーズ戦デビューを果たして5位入賞。今年は3位と初の表彰台にも上りました。

「トライアスロンは楽しくて大好きです。国の代表として泳ぐのは楽しいけれど、(他選手を)見ることもできず、ただ自分のレースに集中するだけです。でも、トライアスロンでは周囲の選手の存在を意識しながら競り合えるから、楽しいのです」と笑顔。すでに世界の頂点を極めた水泳に比べ、「挑戦者」であるトライアスロンの魅力はまた別物のようです。

「僕は今、35歳。水泳は20年、取り組んだので、何か新しいチャレンジをしたかったんです。(競技に使う)バイクには、日本語の『カイゼン(改善)』という名前を付けています。僕は常に自分自身を成長させていきたいからです」

視覚障害クラスではガイドとともに競技し、スイムではロープでつながり、バイクは2人乗りのタンデム車を使います。スナイダー選手はこの日、コリン・ライリーさんと競技しました。ガイドとしての経験も豊富なライリーさんはスナイダー選手を、「常に前向きで、エネルギッシュ。ここ1年半の成長は素晴らしく、この先の進化を見られるのも楽しみです」と評価していました。

今大会がペアとしての初レースだったそうですが、数日間の合宿でコンビネーションを磨いたそうです。スナイダー選手は、「ガイドは僕だけでなく、周りの選手の動きも含め、すべてを見なければならず、とても大変な役割。とても難しいし、選手にとって特別な存在なんです」とライリーさんに感謝の思いを示しました。

アメリカには有力選手が多く、東京パラリンピックへの出場は、「簡単ではない」と冷静ですが、「とにかくチャンレジ。その結果、出場できれば嬉しい」というスナイダー選手。日本選手たちにとっても大きなライバルが増えたことになりますが、選手層が厚くなり、ハイレベルなパフォーマンスを見られることは一ファンとしては楽しみでもあります。パラトライアスロン人気の高まり、今後にも注目です。

(文・写真:星野恭子)