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佐野稔の4回転トーク 18~19シーズン Vol.⑬ ことごとく良い風が吹かなかった日本女子 ~ 世界選手権を振り返って

表彰台を逃したのは、ほんのわずかの差

 女子の日本勢は本当に惜しかった。紀平梨花はフリー(FS)2本目のトリプル・アクセルが成功していれば…。坂本花織もFS後半の3回転フリップの抜け方が1回転ではなく、せめて2回転だったならば…。それぞれ表彰台に昇っていたことでしょう。ふたりにとっては初めての世界選手権で、しかも日本開催。重圧もあるなかで、よく頑張ったのですが、わずかの差で表彰台には届きませんでした。

 またしても回転不足の判定に苦しめられた宮原知子も含めて、今大会の日本女子には、どうも良い風が吹きませんでした。フィギュア・スケートの神様が「お前たちはできるんだから、もっと精進しなさい」と、叱咤していたかのようでした。

 ただ、いくら「逆転の紀平」と言えども、五輪女王のアリーナ・ザギトワ(ロシア)を相手に、ショート・プログラム(SP)を終えての11.18点差では、さすがに厳しくなります。大会前の予想では、SP、FSあわせて3本を予定しているトリプル・アクセルのうち、3本とも成功したら紀平の優勝。3本中2本だったら勝負は微妙。3本のうち1本しか成功できなかったら、優勝は難しいと考えていました。トリプル・アクセルとは、それくらい些細な感覚やタイミングのズレが成否を分ける。ハイリスク・ハイリターンの大技です。

 これで紀平の国際大会での連勝は「6」でストップしましたが、その間にもSPでトリプル・アクセルにきちんと成功したのは、去年12月のグランプリ・ファイナルくらい。「逆転の紀平」は裏を返すと、それだけSPで出遅れていたということです。SP最初のトリプル・アクセルの成功率を、いかに高めていくのか。彼女の今後の課題です。ただ、こればかりは手軽な解決策などはなく、愚直に挑み続けるしかありません。

坂本に期待したい、完璧なルッツのマスター

 SPでは自己最高の76.86点をマークして2位発進した坂本でしたが、総合5位へと転落。やはりSPで2位につけながら、4位に終わった先月の四大陸選手権と、同じような展開になってしまいました。

 坂本を指導する中野園子コーチが、来シーズンはトリプル・アクセルに挑戦することを示唆していましたが、彼女の能力からすれば、充分可能だと思います。それと同時に、私が坂本に期待するのは、ルッツを完璧に使いこなすことです。

 現行のルールでは、女子シングルのSPでジャンプ要素は3本。要約すると、そのうち1本は2回転か、3回転のアクセル。あとはアクセル以外の3回転ジャンプを1本。もう1本は、3回転+2回転か、3回転+3回転のコンビネーションで構成することになっています。

 たとえば今回優勝したザギトワだと、アクセル以外のジャンプはフリップ、そしてルッツ+ループのコンビネーションです。紀平梨花は、ルッツ、フリップ+トゥ・ループの組み合わせです。それに対して坂本の場合、ループ、フリップ+トゥ・ループで、アクセルに次いで基礎点の高いルッツを組み込んでいません。

 FSでは坂本もルッツを跳んでいます。ただ採点表を見直すと、エッジの使い方の間違いや不明確との判定があり、もしかすると苦手意識があるのかもしれません。ですが、昨年の「全日本」を制して、次は「世界大会で勝つ」ことが目標ならば、ぜひトライして欲しいと思います。

ついに4回転成功。新しい時代が動き始める

 昨シーズン平昌五輪で金メダルに輝きながら、身長が7センチ伸びた影響もあってか、このところ苦しんでいたザギトワですが、今回久々に楽しそうな表情を見ました。また五輪銀メダリストでありながら、新たな挑戦を求めてカナダへ拠点を移したエフゲニア・メドベージェワ(ロシア)も3位に入り、復活を示しました。

そもそも女子の場合、五輪メダリストが休養も引退もせず、翌シーズンも競技を続けていることのほうが珍しいくらいなので、今回のふたりの素晴らしい演技を、日本のフィギュア・ファンは存分に堪能できたのではないでしょうか。

 そして、ついにエリザベート・トゥルシンバエワ(カザフスタン)が、4回転サルコゥを決めてみせました。これまでも何度か挑んでは失敗していたのですが、シニアの女子では国際スケート連盟(ISU)公認大会で初めてとなる、4回転ジャンプ成功です。

 02年に14歳だった安藤美姫が初めて4回転に成功するなど、これまでもジュニアでの成功例はあったのですが、女子の場合シニアになると、体型や体重の変化もあって、なかなか実現しませんでした。

ひとりの選手の成功によって、ガラリと世界が一変することが、スポーツではよくあります。今年2月のロシア選手権で1位、2位となったアンナ・シェルバコワ、アレクサンドラ・トゥルソワは、どちらも4回転ジャンプを武器にするジュニアの選手です。彼女たちのシニアデビューが近づいています。紀平梨花もすでに4回転に向けた準備を始めていると聞きます。2022年北京五輪に向けた、新しい時代の扉が開かれたと言えるでしょう。