佐野稔の4回転トーク 18~19シーズン Vol.⑫ 羽生とチェンの激闘。勝負を分けた4回転ジャンプの難度 ~ 世界選手権を振り返って
300点超えで迫った羽生。隙を与えなかったチェン
4回転サルコゥのまさかの失敗が響き、ショート・プログラム(SP)が終了した時点で、首位のネーサン・チェン(アメリカ)との差は12.53点。この大差をフリー(FS)で覆し、羽生結弦が逆転優勝するためのシナリオは、まずは自身最高難度の演技をノーミスでやり切る。そのことで直後の滑走順のチェンにプレッシャーを掛けて、彼のミスを待つしかありませんでした。そしてその通り、羽生は課題の4回転ループに成功。続く4回転サルコゥは回転不足になったものの、4回転トゥ・ループからのトリプル・アクセルの連続技も完璧に決め、ルール改正された今シーズンの国際大会で初となる300点超えをしてみせました。ケガ明けで約4ヶ月ぶりの復帰戦であったことを考えれば、いまでき得るベストに近い、気迫に満ちあふれた演技だったと思います。
ところが、まるでそうなることを予期していたかのように、ネーサン・チェンはひじょうに落ち着いていました。羽生に向けられた大歓声にも、リンクに投げ込まれた花束やクマのぬいぐるみを片付けるために空いた間にも、まったく集中を乱すことなく、SPに続いてFSもノーミスで滑り切ってみせました。
敗れた羽生自身が「(SP、FS)両方ノーミスだったとしても、ぎりぎりで勝てなかった」と振り返ったように、付け入る隙を与えず、逆に点差を22.45と拡げてみせた。両者が300点を超えるハイレベルな激闘でしたが、今回はネーサン・チェンの完勝だったと言えるでしょう。
かつての羽生を彷彿させたチェンの勝ち方
羽生もチェンも同じく、FSでは3種類計4本の4回転ジャンプを跳びました。勝負を分けたのは、跳んだジャンプの難度です。あらためての説明になりますが、フィギュアのジャンプは踏み切る足の左右や使うエッジの内外などの違いによって6種類に分けられています。難しいほうから順にアクセル、ルッツ、フリップ、ループ、サルコゥ、トゥ・ループで、その難しさに応じた基礎点がそれぞれ決められています。4回転ジャンプの場合、基礎点はアクセルが12.50、ルッツが11.50、フリップ11.00、ループ10.50、サルコゥ9.70、トゥ・ループ9.50です。
羽生の4回転ジャンプがループ、サルコゥ、トゥ・ループだったのに対して、チェンが跳んだのはルッツ、フリップ、トゥ・ループの3種類です。これだけで基礎点で2.30の差がありました。しかも羽生の4回転サルコゥは回転不足だったため、基礎点は75%の7.28になってしまいました。
さらにチェンが跳んだ4回転ルッツは素晴らしく、GOE(出来栄え点)で4.76もの加点が付きました。FSの冒頭で跳んだふたつのジャンプだけで、羽生とチェンには9.42もの点差が生じていたのです。
高難度の4回転ジャンプを使いこなし、さらにはそのGOEでライバルたちを突き放す。これはまさに、絶対王者と呼ばれたパトリック・チャン(カナダ)の牙城を崩した、かつての羽生がやってきた勝ち方そのものです。チェンが羽生のお株を奪った形での勝利でした。
昨年2月の平昌(ピョンチャン)五輪ではSPで大失敗していたネーサン・チェンですが、今シーズンは出場したほぼすべての試合で、SP、FSを揃えてみせました。唯一苦手としていたトリプル・アクセルも克服。FSで7本のジャンプの要素を終えたあとに、スピード感とキレのある動きで‘踊れる’ことをアピールする構成も見事です。この1年間でさらに大きく成長しました。
2年続けての大ケガで、新技を習得できなかった羽生
本来であれば、いま頃は羽生も自身が世界初めて成功させた4回転ループを、不安のないレベルにまで磨きあげ、4回転ルッツも自分のモノにしていたハズでした。ですが、17年11月のNHK杯の公式練習中、その4回転ルッツの着氷時に右足首を捻挫。そして、去年11月のロシア杯、FS当日朝の練習中に4回転ループで転倒して、やはり右足首を傷めてしまい、算段は大きく狂いました。2年続けての大ケガによって、技術の上積み、新技の習得ができなくなってしまったのです。そのための練習をしたくても、できなかったのが実状でしょう。今回は平昌五輪以前の状態に戻すだけで精一杯でした。
ただ平昌五輪では、サルコゥ、トゥ・ループ2種類の4回転ジャンプで勝てていたのが、わずか1シーズンで、それでは勝てなくなってしまった。それくらい、いまのフィギュアは急速に時代が流れていきます。
いまだ痛み止めの薬を服用している状態だそうですが、羽生が世界の頂点に立ち続けるには、まずは納得のいく練習ができるだけの状態に右足首を回復させること。その上で4回転ルッツの完成と、夢のクワッド・アクセル(4回転半)を現実にしていく必要があります。
挑戦した上での失敗なら、無駄にはならない
4回目の出場となった世界選手権で、初めて「結果にこだわる」「優勝を狙う」ことを公言していた宇野昌磨でしたが、全体的に動きが硬かった印象を受けました。自分の言葉に縛られてしまったのか。あるいは、直前に滑った羽生のミスに、余計なことが脳裏をよぎったのか。いずれにせよ、SPでは得意にしているはずの4回転フリップを失敗してしまいました。続く4回転-3回転トゥ・ループの連続ジャンプの予定を4回転-2回転にしたのは、とてもクレバーな判断でした。なんら恥じる必要はありません。ですが、FSでもいきなり4回転サルコゥ、4回転フリップと着氷を続けざまに乱してしまい、立て直しが利かなくなりました。
優勝を狙ったなかでの総合4位と落差が大きかった分、落胆も大きかったことでしょう。ですが、今回は挑戦した上での失敗です。これまでと同じことをくり返して、淡々と同じ結果に終わるよりは、ずっと良かったのではないでしょうか。
グランプリ・シリーズとファイナル、全日本選手権、四大陸選手権、そして世界選手権と、今シーズンの宇野はフル回転しました。途中には右足首のケガもありました。そのなかで気持ちや顔つきの変化、四大陸選手権での逆転優勝といった、たしかな成長の跡が見られるシーズンになりました。今回の敗戦も糧にこそなれ、けっして無駄にはならないと思います。