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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(257) ストックなしで雪上をグイグイ走り滑る川除大輝が初V!~パラノルディックスキーW杯札幌大会

国際パラリンピック委員会ノルディックスキー(WPNS)主催の「CO・OP共済2019ワールドパラノルディックスキーワールドカップ札幌大会」が3月13日から17日まで北海道札幌市の西岡バイアスロン競技場で行われた。同W杯が札幌市で開催されるのは2017年に続いて2回目。パラリンピック、世界選手権に次ぐステイタスの大会として年間3回ほど行われ、札幌大会は今季の最終戦として年間チャンピオンが決まる大会でもあり、世界13カ国から強豪選手が集結し熱戦を繰り広げた。

連日、地元小学生や市民らの応援で会場がにぎわうなか、ひときわ会場が沸いたのは、大会3日目、クロスカントリースキー・ミドル・フリー種目が行われた16日だった。男子10キロ立位で川除大輝(かわよけ・たいき/日立ソリューションズジュニアスキークラブ・富山県雄山高)が今季W杯ランキング上位につけている海外強豪勢を抑え、金メダルを獲得したのだ。
ミドル・フリーで優勝した川除大輝選手(中央)。3位のB・ダビエ選手(フランス/右)が2位のW・スクピエン(ポーランド)に声をかけ、表彰台常連の二人が肩車で初優勝の川除を祝福 (撮影:星野恭子)

現在、高校3年の川除とってW杯では初優勝。2月にカナダで行われた世界選手権の男子20キロ・クラシカルでの初の金メダル獲得に続く快挙になった。クロスカントリースキーではクラシカルとフリーという2つの滑走スタイルに種目が分かれるが、元々、クラシカル・スタイルを得意としてきた川除。

「フリー・スタイルではW杯だけでなく、国際大会での初優勝です。優勝できると思っていなかったので、(ガッツポーツは)嬉しいという感情があふれ出ました。(勝因は)事前合宿でしっかり練習を積めたこと。今まで後半に失速していたので、長い距離を走って体力をつけることとスピード練習にも取り組みました」
優勝を確信し、笑顔のガッツポーズでフィニッシュする川除大輝選手 (撮影:星野恭子)

積み重ねた練習で培った実力を存分に発揮したレースだった。1周2.5キロを4周回するなか、15選手中11番目にスタートした川除は力強い滑走で1周回目から首位に立つと、周回ごとに後続との秒差を広げながら24分39秒1でフィニッシュ。2位に入ったW・スクピエン(ポーランド)には13.3秒、3位の B・ダビエ(フランス)には54.3秒の差をつけての快走だった。

川除は生まれつき、両手の人差し指と中指がなく、ストックを持たずに滑走する。実は両足の指も一部に欠損があるため、シューズには特製の中敷きを入れ、スキーを踏む足裏の感覚やバランスを補っているという。クロスカントリースキーは起伏のあるコースを走る、「雪上のマラソン」。この日は雪が降り続く中のレースだったが、「雪が降って固まり、スキーが蹴りやすかった」と話し、さらに、海外トップ選手の滑りを動画で研究し、「腰が落ちて効率の悪かったフォームを改善した」ことも勝利につながったと振り返った。
ストックは持たず、力強いキックでスキーを滑らせる川除大輝選手 (撮影:星野恭子)

川除を小学生時代から指導してきた日本代表の荒井秀樹監督は、「高校3年になって体もでき、技術も上がっている。インターハイなど健常者の大会にも出場するなど試合数も増え、経験を積んできたことも大きい。快心のレースだった」と評価した。

川除は翌17日のショート・クラシカルにも出場し、男子5キロ立位で3位に入った。自身の憧れの先輩であり、平昌パラリンピックで金と銀の二つのメダルを獲得した新田佳浩(日立ソリューションズ)を3.9秒の僅差で交わした。
1998年長野大会からパラリンピック 6大会出場の新田佳浩選手。メダルは惜しくも逃したが、世界を制した力強いフォームは健在。日本チームの精神的支柱でもある (撮影:星野恭子)

「金メダルを狙い、距離が短いので最初からガンガン攻めていこうと考えていました。作戦通り最後まで全力で走り切れたが、(金を逃し)悔しい」とコメント。4月からは日本大学に進学し、名門のスキー部でさらなる強化を図る予定だ。

「来シーズンは今までよりいい環境に進めるので、たくさんトレーニングを積んで、また優勝を目指して頑張りたい」

2022年の北京冬季パラリンピックに向け、また一人、活躍が楽しみな選手が誕生した。

なお、パラリンピックなど障害者のノルディックスキーは障害に応じて、立位(立って滑る)、座位(そりのようなシットスキーに座って滑る)、視覚障害(ガイドスキーヤーとともに滑る)の3つのカテゴリーがあり、さらにカテゴリーごとに障害の程度に応じてクラスに分かれて競う。
座席にスキー2本を取り付けたシットスキーで滑る座位カテゴリー。障害クラスはLW10~12の5クラス。写真はアメリカのオクサナ・マスターズ選手(LW12)。平昌パラリンピック金メダルなど表彰台の常連 (撮影:星野恭子)

視覚障害カテゴリーでは、腰にスピーカーを装着したガイドスキーヤーの声を頼りに、視覚に障害のある選手が滑る。見え方の違いにより、B1~3の3クラスに分かれる。写真のように、急カーブなどではガイドのストックをつかんで滑ることも認められている。写真はB1クラスの高村和人選手(岩手県立盛岡視覚支援学校教諭)と藤田佑平ガイド(早稲田大学大学院スポーツ科学研究科)ペアで、17日のショートでは6位入賞 (撮影:星野恭子)

川除の立位クラスは下肢障害(LW2~4)、上肢障害(同5/7~8)、上下肢障害(同9)の7クラスがあり、それぞれの障害で数字の小さいほうが障害の程度が重い。障害の異なる選手が公平に競うため、「計算タイム制」が導入されている。クラスごとに「係数(掛け率)」が設定されていて、実際に走ったタイムに、その係数を掛けた「計算タイム」によって勝敗が決まる。ゴルフにおけるハンデキャップのようなものと考えると分かりやすいかもしれない。

選手の障害クラスは、「クラス分け委員」と呼ばれる有資格の専門家が障害の内容の他、筋力や可動域など運動機能も測定し、慎重に判定される。また、「係数」も実戦データを精査して決定され、公平性を保つため、数年ごとに再検討されている。

ちなみに、ストックなしで滑る川除は上肢障害の中で最も重いLW5/7クラスで係数は89%、右ストック1本で滑る新田は同8クラスで係数は92%。最終日の5キロスプリントの実走タイムでは川除選手が17分59秒3、新田選手が15分34秒0だったが、計算タイムでは川除が14分12秒6、新田が14分19秒3となり、川除が逆転した。

レースでは選手は通常、世界ランキング下位から順に30秒ごとなど一人ずつスタートする。途中経過はコース上にいるコーチらが計算タイムなど伝えて把握し、「見えないライバル」を追いかける。

川除も優勝したミドルではコース途中でコーチから、「経過タイムで1位だと聞き、『このまま行けるかも』と思った」と振り返り、後半に向けてのペースアップにつなげている。

また、今大会は雪が強く降っているかと思えば、薄日が差したりと、レース中でも天候やコース条件が目まぐるしく変わる難しいコンディションだった。ノルディックスキーではスキー板を滑走させたり、坂では止まるように、「ワックス使い」も重要なポイントで、専門のスタッフがさまざまな要因を考慮して多種類のワックスを組み合わせて「最良のスキー」に仕上げる。こうしたスタッフ陣との連携も選手の力を引き出し、勝利をつかみ取る重要な要素になる。

(文・写真:星野恭子)