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風を待っていた石川遼(小林一人)

第55回を迎えた2014中日クラウンズ最終日。トップと3打差で迎えた石川遼はおそらく、「風が吹けば自分にチャンスがある」と考えていたに違いない。なぜなら、風をものともしない強力な武器を懐に忍ばせていたからだ。

クラウンズの舞台となるのは、国内ツアーで屈指の難易度を誇る名古屋ゴルフ倶楽部和合コース。昨年の優勝スコアがトータル2アンダーということでも、その群を抜いた難しさがうかがえるが、和合の難しさは「硬くて速い砲台グリーン」と、「目玉になりやすく、スピンのかけにくいバンカー」だけではなく、「予測不能な風」という要素もかなり大きなパーセンテージを占めるのだ。

距離が短いため、風がなければグリーンに乗せることはやさしい。しかしひとたび風が吹けば、それが簡単ではなくなってしまうのが和合というコース。特に林が途切れる3番のパー4や17番のパー3は風の通り道となるため、打ち出されたボールが想定外の挙動を起こすことがままあるのだ。ひとたびグリーンを外せばボギーを覚悟しなければならないのが和合の鉄則。無理にパーセーブしようとすると、ダブルボギーやトリプルボギーになってしまうことが、ここでスコアを作れない最大の理由なのだ。

そんな和合で、石川遼は風が吹いても吹かなくてもローボールで攻め続けたのである。3番では連日、同伴競技者がドライバーでいつも通りのティショットを打つのとは対照的に、リアルロフト16度のフェアウェイウッドで地を這うような超ローボールを打って見せた。このノックダウンショットは見ていて鳥肌が立つぐらいの完成度で、パンチショットではなく、全身を使って振り切るから距離が出る。しかもドロー回転、フェード回転どちらも打てるのが強みだ。

最終日の3番は右からの軽い風。同じ組の金亨成と近藤共弘はドライバーでカット気味に打っていったが、石川はフェード回転のノックダウンショットで右のラフに置いた。かぶりつきで見ていたギャラリーからどよめきが起こるほどの、それは美しいノックダウンショットだった。セカンドも低いライン出しショットでグリーンをとらえたが、それは風を見越したサンデーバックナインに向けた予行演習に見えたものだった。5番パー4のセカンドでも低いライン出しショットを繰り出すと、グリーンの手前に落とし、奥のピンまで転がし上げる石川。スコアは伸びていなかったが、ショットのクオリティ(質)とクリエーティビティ(創造性)では他の選手に圧倒的な差をつけていたといっていいだろう。


それはとりもなおさず、米ツアーで揉まれているからに他ならない。昨年ある試合のラウンド後のインタビューで「毎週問題を出されているような感じ」と語っていたが、海外ツアーのコースセッティングは14本のクラブを駆使しないと解けないパズルのようなもの。参戦当初こそドライバーにこだわっていた石川だが、世界最高峰の舞台で戦っているうちに、マネジメントの重要性と、それを実行するための多様なショットメーキングの必要性に気付いたのだろう。クラウンズ3日目の朝のドライビングレンジでは、挨拶に来たジュニアゴルファーに対し「僕がこのコースでドライバーを使うのは3回あるかどうか。選手によっていろんな攻め方があるから、それをよく見たほうがいいよ」とアドバイスを送っていたが、そのリラックスした表情から察するに、どうやらコースを攻略する面白さに目覚めた様子だった。ともすればスイングに注力し過ぎの傾向があった石川にとって、これは大きな進化といえるだろう。

というわけで、クラウンズの最終日、石川遼は間違いなく風を待っていたのである。ローボールを打ちながら。風が吹けばトップ集団のスコアは伸びないどころか、落ちてくるはずだから、そこへ自分が2つ3つ伸ばせば逆転は十分可能だというゲームプランを立てていたに違いない。しかし風は吹かなかった。それを悟ってスクランブル発進したのだろうが、攻めるとしっぺ返しを食らうのが和合の掟。ピンを狙っていった7番のダブルボギーでこの日のゲームは終わってしまった。優勝した金亨成とは7打差の5位タイ。

しかし勝てなかったからといって、ここに来て再上昇しつつある石川遼の評価がゆるぐものではないし、むしろクラウンズでの戦いぶりによって、米ツアー初制覇が近いことを予感せずにはいられない。今年の和合に風は吹かなかったが、近いうちにきっと追い風が彼を後押しして、これまでの努力が報われる日が来ることだろう。

文・小林一人 写真・宮本卓