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五月場所(夏場所)展望:モンゴル3横綱の活躍は?豪栄道の大関昇進は?遠藤の逆襲は?(荒井太郎)

“クンロク大関”と揶揄されていた鶴竜が、ワンチャンスをモノにして第71代横綱に栄進した。大関昇進以降、昨年11月場所までの10場所で2ケタ白星はわずか3場所だったのが今年に入り、いきなり連続14勝。まさに“突然変異”だが、先場所前の稽古で実際に肌を合わせた複数の力士からは、「今までの大関(鶴竜)とは全然違う」といった声も上がっていた。

140キロ台だった体重は今年に入り150キロ台をキープ。相撲ぶりも相手の攻めを凌ぎながら勝機を見出すものから、自分から押し込んで主導権を握る内容に変貌し、昨年夏から取り組んできた“肉体改造”が実を結ぶこととなった。

大事な場所で取りこぼしが隠岐の海戦だけというのは立派だが、優勝争いは興ざめだった。盤石の相撲で全勝を守っていた白鵬、日馬富士が、終盤に来て大崩れ。両横綱ともに、満身創痍でフラフラ状態の琴奨菊に完敗した相撲などは、見るべき価値がまったくない内容だった。せっかく相撲人気が回復傾向にある中で、あのような相撲が今後も続くようであれば、今度こそ大相撲が、世間の信頼を永久に失うことになるだろう。

鶴竜が初優勝と綱取りを事実上、成就させた千秋楽翌日は、これを一面で伝えたスポーツ紙はゼロ。ワイドショーも大々的に扱った局は皆無で、伝達式の生中継もなかった。こうした事態は何を意味しているのかは、真剣に考えるべきだろう。おそらく稀勢の里が昇進となれば、マスコミはまったく真逆の反応を示していたに違いない。要はどれだけ見る者の心を揺さぶる相撲を取っているかということが、周囲の人間の行動をも突き動かすものなのだ。

北の湖理事長が場所前、綱取りの条件として「13勝以上での優勝」と明言した手前、それをクリアしたのだから文句なしの昇進と言える。千秋楽翌日の横綱審議委員会も、全会一致でわずか10分で終了したという。

鶴竜の急成長ぶりが素晴らしいのは確かだが、大関在位12場所中、優勝争いに絡んだのは直前2場所だけ。ムードに流されることなく、そうした厳然たる事実に鑑みて「時期尚早論」を唱える気骨のある委員が、今の横審に皆無であることに驚きを禁じ得ない。大関、横綱の昇進は単なる数字合わせではない。協会も然りだが、条件を問われたら「内容を見て判断する」の一言で十分なはずだ。基準はあくまでも、それぞれの“プロの目”であってほしいものだ。

横綱に推挙されるには「力量」とともに「品格」も抜群でなければならない。横審の内山斉委員長は鶴竜の品格について「真面目を絵に描いたような関取」と“太鼓判”を押した。横綱として初参加となる先の巡業でも綱の自覚は十分。しっかり「仕事」をまっとうした。


場所後も昇進行事で多忙を極め、慣れない横綱土俵入りを行ったせいか、疲労のため巡業序盤は稽古を回避したものの、巡業中盤から本格始動。4月29日に行われた横審稽古総見でも、稀勢の里を完全に圧倒していた。

注目の新横綱場所だが、モンゴルの先輩横綱は“昇進疲れ”と言うべきなのか、昇進直前の好成績が嘘のように不調に陥る傾向がある。中盤までは白星を大きく先行させながら、終盤で大崩れするパターンが顕著だ。

平成15年3月場所の朝青龍は、7勝3敗から最終盤で2連敗して10勝という平凡な成績。19年7月場所の白鵬は10勝1敗とトップに立ちながら、翌日から3連敗。24年11月場所の日馬富士に至っては、9勝1敗から5連敗と信じられないような崩れ方で、2場所連続全勝で昇進した強さは形無しだった。

鶴竜にはこうしたパターンを踏襲してもらいたくない。特に終盤戦の結果いかんでは、今後の相撲人生の真価が問われると言っても過言ではない。

角界はモンゴル3横綱時代を迎えることにより、必然的に白鵬の優勝ペースも落ちることになるだろう。それでも白鵬の優位性は揺らぐことはなさそうだが、春巡業は体調不良を理由に前半は土俵入りのみの参加。その後も稽古を回避する日が目立った。自らの体調を見極めてのことだろうが、3横綱になったからと言って、綱の責任が分散されるわけではない。しっかり体調を整え、本場所以外でも横綱としての役割を全うしてもらいたい。

先場所は地元大阪の大声援の後押しもあり12勝をマークした豪栄道に、再び大関取りのチャンスが巡ってきた。今度の場所で関脇在位は連続13場所。昭和以降では魁皇に並ぶ史上1位のタイ記録となる。大願成就に向けては「心と体を鍛えて、いい精神状態で毎日土俵に立てれば結果はついてくる」と精神面をポイントに挙げた。

春巡業では遠藤、高安、千代鳳クラスをまったく寄せつけず、格の違いを見せつけるような稽古内容で、豪栄道が土俵に上がるとその場の雰囲気が一変するのが分かる。風格はすでに“大関級”。巡業中に28歳の誕生日を迎え、「大関は目の前にある目標。ここ2年ぐらいでその気持ちが大きくなってきた。もう若くないと思うので、悔いのないようにやりたい」とキッパリ言い切った。“万年関脇”を卒業する時が、いよいよやって来た。

“ちょん髷デビュー”となる遠藤はやや番付を後退させたが、今場所も何番かは大関戦が組まれそうだ。簡単に得意の右上手を取らせてくれないなど、相手も当然ながら研究しているはず。それを上回る相撲を一番でも多く取って殻を破ってほしい。

例年は苦戦すると言われる5月場所のチケットの売れ行きも、今年は絶好調が伝えられている。巡業も各地で満員の大盛況だった。せっかくのいい流れに水を差すことなく、中身の濃い取組を一番でも多く見せてもらいたい。