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「冬の競技=自然との闘い」とキム・ヨナ高得点の怪?(玉木 正之)

スピード・スケート、フィギュア・スケート、スキー・ジャンプ、アイスホッケー……等々、ウィンター・スポーツの季節が到来した。

冬のオリンピックが「雪と氷の祭典」といわれるように、冬のスポーツ(Winter Games)は「自然」が主役、「自然」との勝負、といえる。

スキーのジャンプでは一瞬の風の強弱や風向きの変化が勝負の分かれ目となり、風の有無や強弱が、勝敗を左右することも少なくない。そんな「公平性」のないものはスポーツといえない、というのは自然との格闘(自然の生み出す運と不運)の面白さに目を閉じた、それこそスポーツ的でない意見と言うほかない(スポーツとは「公平性」以上に「面白さの快楽」を追求するモノでもあるのだ)。

スピード・スケートの選手は、氷から溶けた水のつくりだす薄い皮膜をいかにうまくとらえるかに、細心の神経を注ぐ。以前、スピード・スケートを見たオリンピック開催県の知事が、「ミズスマシが滑ってるようで面白くない(迫力がない)」と言って顰蹙を買ったことがある。が、氷を削るとブレーキになるから、まさにミズスマシのように滑ることと、前進する力を得るために氷をどのように蹴るか……の勝負なのだ。

夏の大会でも、時に猛暑や雨がスポーツの結果に影響を与える場合がある。が、走るのは人工的に作られたアンツーカー(全天候型トラック)や、人工のアスファルトの上である(クロスカントリーは土の上を走るが、マラソンは舗装道路の上を走るのがルールで決められている)。

また、闘うのは冷房のきいた体育館のなかであり、人工的に整備された芝生の上であり、泳ぐのは波を消す装置の付いたプールであり、夏のスポーツ(Summer Games)は、ほとんどすべてが人工的環境のなかで行われる。

人間の「身体」はもちろん「人工」ではなく「自然」の存在だから、夏のスポーツは「身体という自然をできるだけ邪魔しない人工の環境のなかで、身体という人間に備わった自然の機能を極限まで発揮させる競技」といえる。

それに対して冬のスポーツは、「大自然のなかで身体も自然の一部であることを改めて認識する競技」という言い方ができるだろう。

たとえばスキーのジャンプの有力選手が、気まぐれな自然の不運な一陣の突風によって失速し、メダルを失うことがある。通常の地上以上に勢いよく動きすぎる(滑りすぎる)自分の身体の制御(コントロール)に必死になるフィギュア・スケーターは、その時々の氷の状態で練習通りの動きができなくなる場合も少なくない。

それらはたしかに「不運な出来事」といえる。が、人間の「身体」も「自然」の一部であるならば、(観客には見えないが)その内側の自然(身体)にも一陣の突風が吹くことは起こりうるし、動きすぎる自分の身体に自分で驚くこともある。

太陽が昇り、雪の温度が上昇し、スキーヤーがワックスの種類を選び直しているときは、身体という自然も、変化する周囲の環境に適応するため、あらゆる細胞が蠢動(しゅんどう)しているのだ。

風も雪も氷も、そして自らの身体も、すべて同じ自然の一部であり、選手は、内なる自然と外なる自然の両者を融合させながら、すべての「自然」と闘っているのだ。

そのことに気づくとき、ウィンター・スポーツは(サマー・スポーツも)、さらにダイナミックな姿で、我々スポーツ・ファンを楽しませてくれるに違いない。

先週末、再来年の冬季五輪と同じロシアのソチで行われたフィギュアスケート・グランプリファイナルで、日本人選手が男子1位(高橋大輔)、2位(羽生弓弦)を独占(他に5位に小塚崇彦、6位に町田樹)。女子も1位(浅田真央)、3位(鈴木明子)と、素晴らしい成績を残した。

が、同じ時にドイツのドルトムントで行われたNRW(ノルトライン・ヴェストファーレン)杯(というさほどレベルの高くない大会)で、1年8か月ぶりにリンクに立ったバンクーバー五輪金メダリストの韓国キム・ヨナが優勝。しかもポイントが201.61(SP=72.27、FP=129.34)で、浅田真央選手がグランプリファイナルで記録した今季最高得点196.80(SP=66.96、FP=129.84)を上回ったのだ。

しかもキム・ヨナはフリーの演技で後半転倒。自然(氷)のイタズラに身体を制御できなかったのだろうが、尻餅をつきながらも200点を超える高得点。この結果に対して、日本のフィギュア・ファンのあいだからは、また始まったか……との声もあがっている。

そういえば、浅田真央はトリプル・アクセルを2度成功させる演技をしても、なぜかキム・ヨナには勝てなかった。以来、フィギュアの女子シングルの演技から、難易度の高い演技に積極的に挑戦する姿勢が、多くの選手から消えてしまったようにも思えるが、ウィンター・スポーツは、「自然との闘い」だけにしておいてほしいものだ。

【毎日新聞「時評点描」+NLオリジナル】