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どすこい土俵批評・三月場所総括:“変身”が求められる遠藤と“変身”した鶴竜(荒井太郎)

 場所前の話題を独占したのは綱取り大関でもなければ、優勝の本命とされる両横綱でもない。入門してわずか1年、まだ髷すらも結えない23歳のホープだった。

 前売りチケットの売れ行きは前年ベースを大きく上回り、いつもは苦戦する前半週の平日が、今年は遠藤の横綱、大関戦が続くため、例年にも増して好調だったという。番付上位者を差し置いて、“ザンバラ力士”が本場所パンフレットの表紙を飾るのも異例中の異例だ。角界の超新星は人気面では、すでに“看板力士”として協会の屋台骨を支えている。

 初日は大関鶴竜を土俵際まで追い詰めたが、俵伝いに右へ回り込み、右足一本で残った鶴竜に叩き込まれると、遠藤の右肩が一瞬、早く落ちる惜敗。

「無我夢中でした」いつもは冷静さを失わない若武者が、珍しく我を忘れて無心で向かっていった。それはよいことだったのか……?「(浅田)真央ちゃんじゃないけど、ハーフ・ハーフ」。悔しさに満ちた表情がわずかに緩んだ。

 しかし、上位陣の壁はさすがに厚く、その後も日馬富士、白鵬の2横綱、大関琴奨菊に敗れ、初日から4連敗。
「確かに強いけど、みんなが騒ぐほどではないよね。遠藤よりは千代大龍みたいに立ち合いの一発がある力士のほうが、横綱や大関にとっては嫌なはず」と三役経験豊富なある力士は語る。

 遠藤は廻しを取って力を発揮する「四つ相撲タイプ」。安定感はあるが馬力に欠け、立ち合いの当たりもさほど強くないので、上位陣はじっくり見ながら対処できる。対する千代大龍のように馬力に任せて体当たりしてくる「突き押しタイプ」は、たとえ横綱でもゼロコンマ何秒でも立ち遅れれば、一気に持っていかれるリスクが伴い、厄介だ。

 中盤以降は星を五分に戻すなど、勝ち越しの期待もかかったが、豪栄道や栃煌山の両関脇とは相撲にならず、一気呵成に攻めてくる相手には相変わらず、弱点を露呈した。
それでも6勝9敗は大健闘だが、「課題?全部だよ。まだ“お子ちゃま”。早くプロの体を作らないと」と、昭和の大横綱、元千代の富士の九重親方から見れば、ザンバラのホープはまだプロの力士になり切れてないと映る。

 現在の幕内の平均体重は163.3キロに対し、遠藤は145キロ。42人中、下から数えて5番目だ。三役定着、さらにその上を目指すには、体をもう一回り大きくする必要があるだろう。“プロ仕様”の肉体が形成されれば、立ち合いの当たりも今よりパワーアップできるはずだ。


 遠藤に代わって後半は、鶴竜が日に日に本領を発揮していった。序盤で1月場所に続いて隠岐の海に苦杯を舐めたが、「立ち合いが駄目ですね。悪いところが出ちゃった」と苦笑い。そこに悲壮感や重圧に苦しむ様子はまったくなかった。初賜盃や綱取りについて報道陣から連日、問われても「目の前の一番に集中するだけ」と、気持ちは平静を保ったままだった。

“クンロク大関”と揶揄されていた時期もあったが、その間は“肉体改造”に着手していた。140キロ台だった体重は今年に入り、154キロをキープ。もともと備わっていたうまさやしぶとさに加え、力強さが増したことで突っ張りを多用するようになった。稀勢の里戦や白鵬戦といった大一番では、そんな進化した取り口で相手を圧倒した。

「少なくとも以前の自分とは違うと思う」。白鵬に勝ったあと、いつもはポーカーフェイスの男が珍しく顔を紅潮させながら、自負心を垣間見せた。
 中盤まで全勝を守ってきた両横綱の大失速という“お膳立て”はあったものの、14勝1敗での優勝は立派。第71代横綱に栄進し、角界は史上初の「モンゴル3横綱時代」に突入する。

 横綱貴乃花が引退したのが平成15年1月場所。奇しくもこの場所で朝青龍が横綱昇進を決めた。以来、角界は今日まで“モンゴル天下”が続いている。そんな中で“孤軍奮闘”してきた稀勢の里。だが、たった1人の力では、角界の“失われた10年”を取り戻すことはできなかった。孤独な戦いを強いられてきた大関に1人でも“援軍”が加わっていれば、あるいはモンゴルの“牙城”は崩せたかもしれない。

 本来であれば、関脇の豪栄道や栃煌山あたりが、その任につくべきだったが、コンスタントに2ケタの星を上げるほどの安定感は得られずにいる。年齢的にも白鵬とは同世代であり、この先、多くは望めそうにない。

「強い日本人力士が現れてほしい」。
 稀勢の里が一身に背負ってきたファンの期待は、23歳の、しかも“ザンバラ力士”に託すしかないのが現状だ。久々に現れた角界のニューヒーローはこの先、重い命題を背負った戦いを強いられることになる。