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スポーツの正しい発展のために指導者ライセンス制度の確立とメディアからの自立を!(玉木正之)

 ソチ冬季五輪が開幕する直前の2月1日、ローザンヌ国際バレエ・コンクールで日本人の若者3人が、1位(男性17歳)2位(女性15歳)6位(18歳男性)に入賞するという出来事が報じられた。

 これは確かに快挙に違いない。
 が、このニュースを聞いて、私の脳裏には様々な思いが駈け巡った。

 このコンクールの入賞者は奨学金を得て、本人の希望する世界一流のバレエ団に付属するバレエ・スクールに留学することができる。そして、そこで腕を磨き、実力が認められれば、ソリストやプリンシパル(バレエ団で主役を務めるトップダンサー)への道も開ける。

 ローザンヌでの入賞をスポーツの世界に喩えるなら、サッカー名門チームのバルセロナやマンチェスター・ユナイテッドの「ユース・チーム」への入団を許されたようなもの。あるいはニューヨーク・ヤンキースのプロテストに合格し、マイナーリーグのチームへの入団を許されたようなものと言えるだろう。

 それは快挙には違いない。しかし、ここから「メジャー」へ昇格するのは、決して楽な道のりではないはずだ。

 実際1973年に始まったローザンヌ・コンクールで、日本人入賞者は70人以上いるが、名前の知られる一流の有名ダンサーになったのは、吉田都さんや熊川哲也さんなど、10人程度。改めて言うまでもなく芸術の世界もスポーツの世界も、実力だけが勝負の厳しい世界なのだ。

 そのなかで東洋人として初めて英国ロイヤル・バレエ団に入団し、ソリストとして大活躍した熊川哲也さんは、日本のバレエ教育に疑問を抱き、2003年「Kバレエ・スクール」を開校。そのホームページには次のような文章が書かれている。

《日本の旧態依然としたバレエ教育の惨状に唖然としました》《バレエ教師として国家資格が承認されていないこの国においては、舞踊家としての基礎のない(略)バレエが好きな趣味の方までがしっかりとした教えの知識も無くスタジオを開き、教育に携わっている》……

 この文章を読んで、私はすぐに、スポーツの世界もまったく同じだ、と思った。

 ちょっと野球が好きなだけ……ちょっと高校の野球部に籍を置いただけ……という人物が、少年野球の指導にあたっているケースは少なくない。いや、そういうケースは、少年野球だけではあるまい。


 1988年日本体育協会は「社会体育指導者の資格付与制度」を創設した。が、特に罰則規定はなく(資格がないとスポーツの指導ができないわけでなく)、そもそも指導者のライセンス(資格認定)制度が存在しないスポーツ組織が少なくない。

 日本サッカー協会は、S級(Jリーグや日本代表チームの監督)以下、A級(JFLの監督など)からB・C・D級(少年少女サッカー指導員)まで、細かくライセンス制度を整え、ゴールキーパー指導者やフットサル指導者も定め、それぞれの指導者になるには講習を受けたり、実技や筆記の試験に合格することを求めている。ライセンス取得者でなければサッカーの指導には携われないうえ、資格取得後も一定期間内に講習を受け続けなければ資格を失うというルールも定めている。

 しかし野球には、少年野球チームでも高校野球チームでもプロ野球チームでも、「指導者(監督)」になるためのライセンス制度は存在しない。熊川さんがバレエの世界で書いているように「しっかりとした教えの知識が無く」ても、誰でも指導者(監督)になれるのだ。

 NPB(プロ野球)は去年から野球指導者の公認ライセンス制度を設けようとしている。が、それはプロ経験者が社会人や大学の野球指導者に返り咲く道を開こうとするもので、すべての野球指導者を視野に入れたものとは言えない。

 どうせなら日本野球界の頂点に立つプロ野球が、すべての野球指導者の統一公認ライセンス制度の成立を目指し、夏の甲子園大会での投手の肩の酷使などについても指導上のルール(高校生以下の投手の連投の禁止や1試合に投げる球数の制限など)を積極的に示すべきではないだろうか。

 高校野球と関係の深い朝日新聞社や毎日新聞社が、プロ野球に強い影響力を持つ読売新聞社の“言いなり”にはなれない……といった馬鹿な意見が出てこないよう、あらゆる野球組織は、メディアに利用されないよう、まずメディアから独立し、自立したスポーツ組織として、草野球も少年野球も高校野球も、大学野球も社会人野球もプロ野球も、すべての野球組織は、ひとつの(日本サッカー協会のような)大きな組織に統合されるべきだろう。

 野球だけでなく「体罰」が大問題となった柔道やバスケットボールなどの競技でも、世界のスポーツ界の模範となり規範となるような指導者ライセンス制度を導入し、指導者には競技の技術指導のほかに、医学・心理学・スポーツ史などの基礎知識も身に付けさせるべきである(ちなみに、そのような指導者制度をフランス柔道界は実践し、ナショナルチームのコーチ・クラスの指導者は、全員国家公務員となっている)。

 そのような指導者育成の事業こそ、2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催に向けての文科省(あるいは近く創設されるはずのスポーツ庁)の大切な仕事であるはずだ。

 そして、そのようなスポーツの指導大系や指導者養成のシステムを論じないで、オリンピック・パラリンピックの開催成功やメダル獲得、さらに開会式や閉会式のあり方ばかりを話題にすることこそ、テレビや新聞など(スポーツ・ジャーナリズムを実践できない)マスメディアの悪癖であり弱点と言うべきだろう。

(2014年2月下旬共同通信配信『現論』+カメラータ・ディ・タマキ『ナンヤラカンヤラ』+NBSオリジナル)