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どすこい土俵批評(7)三月場所展望:"遠藤効果"で活気づく"荒れる春場所"の行方は?(荒井太郎)

 ここ数場所はハイレベルで安定した成績を残し、綱に一番近いと思われていた稀勢の里だったが、先場所は千秋楽に休場してまさかの負け越し。今場所は一転してカド番で迎えることとなった。右足親指付け根の靭帯損傷で安静を余儀なくされ、場所後の花相撲は土俵入りのみの参加。それでも「焦ることはないと思います。これまで体を休めることがなかったので、これがいい方向に向かってくれれば」と表情は明るかった。

 15歳で入門して以来、27歳となるこの歳まで、たゆまなく精進を重ねてきた稀勢の里。初土俵以来の連続出場は現役2位の953回でストップ。「約3週間の安静加療を要する」という診断書から推察すると、3月場所の出場におそらく支障はないだろう。しかし、負傷箇所が足の親指というのが気がかりだ。前に出るにも土俵際で踏ん張るにも、足の親指は力士にとって一番力が入る部位。しかも右足から踏み込む稀勢の里にとってはいわば“生命線”であり、最大の持ち味である馬力も半減しかねない事態だ。

 診断書からは大ケガでないことが察せられるが、一つのケガをきっかけに休場が増えるパターンは、角界では枚挙にいとまがない。負傷箇所を無意識のうちに庇うあまり、反対側の部位を痛めてしまい、やがてあちこちを庇ううちに満身創痍となる。ましてや稀勢の里は10代で入幕を果たし、すでに10年目となる幕内生活の大半で上位陣の激しい当たりを受け続けてきた。いくら屈強な体の持ち主でまだ若いとはいえ、キャリア的にはそろそろ“勤続疲労”が起きても不思議ではない。

 もちろん、稀勢の里にはこの試練を乗り越えて、悲願の初優勝や綱取りに再チャレンジしてもらいたいが、一抹の不安は休場明けの土俵を見るまでは拭えない。朝青龍時代から続く“モンゴル包囲網”の中で年間90番、孤軍奮闘してきた代償を今後、払わされるとしたら何とも酷な話だ。残された時間はそう多くはない。とにかく一刻も早い完全復活を願ってやまない。

 カド番の稀勢の里と入れ替わるように、綱取りに挑戦するのが鶴竜だ。大関昇進以降の10場所で2ケタ白星が3度しかなく、優勝戦線に絡んだことがなかったのが、先場所はいきなり14勝で優勝決定戦に出場する活躍。ただし、星数ほどの圧倒的な強さが見られたわけではない。


 初日の隠岐の海戦は相手に両カイナを極められズルズルと土俵際に後退し、いいところなく黒星発進。5日目は豊響に一方的に押し込まれ、わずかに相手の踏み出しが早く“命拾い”した。さらには8日目の勢戦はまともな叩きで相手を呼び込み、俵の上でつま先立ちの辛勝。10日目の豪栄道戦も同様な相撲で星を拾ったような内容だった。本人のせいではないが、苦手な妙義龍とは相手の途中休場で対戦が組まれず、6連敗中の稀勢の里に勝利するも相手は故障を抱えており、立派な成績ではあったが多分にラッキーな面があったことは否めない。

 北の湖理事長は綱取りについて、「13勝以上の優勝」という条件を挙げているが、現状は厳しいと言わざるを得ない。元々の持ち味であったうまさやしぶとさに加え、力強さが身についてきたことは窺える。昨年夏ごろから取り組んできた体力アップも成果が表れ、体重も念願の“150キロ超え”を果たした。「この体重にも慣れてきた」と突っ張りを繰り出す機会が増えたのも、体重増と無関係ではないだろう。

 しかし、突っ張ると両脇が空いて相手を懐に入れてしまい、叩いて呼び込むという悪循環に陥る場面が先場所は少なくなかった。新たな武器の精度を上げていくことが更なる安定感を生み出し、綱取りという大きな目標にもつながっていくことになる。果たして、ワンチャンスをモノにできるか。

 優勝決定戦までもつれ込んだ先場所の優勝争いだったが、実質的には白鵬の“独走V”といった印象だ。力強さと言うよりは、つけ入る隙をまったく与えない取り口で他を寄せつけなかった。それにしても全体的に、対戦相手に研究の形跡や執念が、率直に言って感じられない。まともに行って勝てる相手ではないのだから、仕切りで横綱を心理的に揺さぶるなり、立ち合い変化の奇襲を仕掛けたりと、やれることは何でも試すべきだ。

「立ち合いで変わって勝っても、自分のためにならない」といった声は漏れ伝わってくる。相撲ぶりの特性上、奇襲を仕掛けられない関取衆も中には存在する。しかし、勝つための工夫がまったく感じられない相撲を見せられては、高い入場料を払って会場に足を運んでいる観客は興ざめだろう。たとえ、あっけない相撲で負けても、そこに勝つための何かしらの意図を汲み取ることが出来れば、ファンは納得するものなのだ。

 その点で言えば、立ち合いで左に動いて前褌を取りにいった先場所の豪栄道には、工夫の跡と心意気が感じられた。おそらく師匠も含め、あの変化を咎める者は皆無だったであろう。


 豪栄道が一瞬、絶好の体勢を作ったものの、その後の横綱の反応は速かった。左から突き落として相手の左上手を切ると、すぐさま自身も左上手を取って豪快に投げを決めた。こうした一連の動作を間髪入れずにやってのける白鵬の技術の高さには、感服するしかない。全休明けの日馬富士は出場の意向を示しているが、今場所の優勝争いも有力な対抗馬は見当たらないのが現状だ。

 今や稀勢の里を凌ぐほどの人気力士となった遠藤が今場所は平幕上位に進出し、横綱、大関陣と総当たりになることが確実。注目度がさらにアップするのは間違いない。端正な顔立ちにクールな立ち振る舞いは、見るからにスター性十分。初場所が終わり、大阪入りするまではイベントや協会のPRなどで多忙な毎日を過ごした。一方で稽古時間もしっかり確保。“荒れる春場所”に向けて抜かりはない。

 相撲ぶりにも“華”がある。土俵際で逆転勝ちした宝富士戦で見せた俵伝いの絶妙な足の運び、琴欧洲戦の“後の先(ごのせん)”の立ち合いなど、好角家をも唸らせるセンスとうまさも、人気とともにこの男は兼ね備えている。

 しかし、うまさだけでは通用しないのが上位戦だ。大関初挑戦となった先場所の琴奨菊との一番がいい例だ。まったく相撲を取らせてもらえず、立ち合いから電車道で完敗。上位陣に一矢報いるためには、立ち合いの当たりの強さを磨いていかなくてはならない。この地位でいきなり勝ち越すのはハードルが高い。果たして、どれほど相撲を取らせてもらえるだろうか。

 遠藤で注目したいのが、その相乗効果。三役の地位でやや頭打ち状態の豪栄道、栃煌山らは、尻に火がつく思いだろうし、同年代である高安や舛ノ山あたりは、たたき上げの意地があるに違いない。いつも熱戦を繰り広げる大砂嵐は今後、“ライバル物語”を紡いでいくことだろう。他にも刺激を受けている力士は大勢いるはずだ。

 類い稀なスター性を持った男が放つ光は、自分自身だけでなく対戦相手をも輝かせる。今後の土俵は“遠藤効果”でさらに活気づくに違いない。