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佐野稔のフィギュアスケート4回転トーク/ソチ五輪特別編 パート③ あれぞ浅田真央! 女子シングルは、五輪史上に残る名勝負に

●世界最高のフリー あれぞ浅田真央!
「そこまで失敗するか!」と、世界中の人を心配させるようなSP(ショート・プログラム)から一転。「そこまでできるのか!!」と、世界中の人を感服させるようなフリーへ。そうした危うさも含めて、観る人の感情を惹きつけてやまない。それが浅田真央の浅田真央たる由縁なのかもしれませんが、とにかくソチの彼女には、驚かされることの連続でした。

 大会前にはメダルを有力視されていた選手なのですから、結果が6位に終わったことで、非難の声があっても不思議はありません。ところが「浅田真央のスケーティング」を見事にやり切って、すべての人を魅了して、最終的には満足させてしまった。あれだけの滑りを見せつけられたら、誰も文句は言えないでしょう。ただ、ただ「すごい」としか言いようがありません。

 今回、浅田がみせたフリーは、世界最高の出来でした。回転不足の判定はありましたが、6種類で計8回のトリプル・ジャンプを組み込んだ演技構成は、ほかの誰にも真似できません。ソチから帰国後、あるテレビ番組の収録で、本田武史くん、安藤美姫さん、伊藤みどりさんといった歴代のトップスケーターたちと話をする機会があったのですが、誰もが「素晴らしかった。最高のフリーだった」と、声を揃えて称賛していました。世界のフィギュアスケートの歴史に残る名演技でした。

●低く抑えられた得点は、滑走順の影響か
それほど見事だったのに、フリーの得点だけを較べても、浅田はアデリナ・ソトニコワ(ロシア)とキム・ヨナ(韓国)に及びませんでした。正直なところ、演技構成点については、もっと高くて良かったのではないかと、私も感じています。それでも、浅田の得点が低くなった理由のひとつには、滑走順の影響があったように思います。

彼女は第2グループの最終滑走でした。それまでに滑った11人の選手とは、明らかに演技のレベルが違っていました。ですが、採点する側の心理を考えたとき、すでに滑走を終えた11人との比較で、ひとりだけあまりに飛び抜けた点数はつけにくい…といった気持ちが、点数を抑える方向に働いたのではないでしょうか。

 もし仮に、最終滑走グループのなかに入って、浅田があのフリーの演技をしていたら、違う得点になっていたのかもしれません。そうした「不確定な要素」が結果を左右することは、人間が採点する競技である以上、ある程度仕方のないことです。もちろん、はたして最終滑走グループだったときに、浅田があの演技をできていたのか。それは誰にも分からない話です。また、その滑走順にしても、SPでの浅田の失敗に拠るものです。案外浅田本人は、周りが感じているほど順位や得点に対して思うところはなく、自分が集大成と決めた舞台で、納得のいくスケーティングができた達成感のほうが大きいのかもしれません。


●よくやった…だけで終わらせずに。4年後に向けた検証も
 浅田のフリーの印象があまりに強くて、陰に隠れた形になってしまいましたが、SPの日本の女子3選手は3人とも、自分で自分を苦しめているような堅さがありました。鈴木明子にしても、村上佳菜子にしても、去年12月の全日本選手権で見せたような素晴らしい演技ができるはずなのに、結果だけで言うと、五輪代表の座を射止めたことで満足してしまったように映ってしまいます。もちろん彼女たちに、そんなつもりはなかったはずです。五輪で戦う思いや意識はあっても、身体のほうが追いつかなかったのかもしれません。それこそが4年に1度しかない五輪の難しさだと言えます。 

 ですが、多くの人の努力が実り、現在日本のフィギュア界は「参加」するだけでなく、五輪で「勝負」ができるレベルまで来ました。五輪で最高のパフォーマンスをしてメダルを獲得するためには、どうすれば良いのかをこれからも考えていく必要があります。浅田でさえSPが終わった段階では、あの経験豊富な佐藤信夫コーチをして「なぜこうなったのか。理由が分からない」と言うような状態になったのです。彼女たちの心と身体に、いったい何が起こっていたのか。当事者である本人たちにとって、振り返ることは辛いことかもしれないけれど、団体戦からのつながりを含め、憶測の入り込む余地のない充分な検証をして欲しい。しばらく時間が経って落ち着いてからで構いませんから、今回ソチで3人が経験したことを、ぜひ次回以降の五輪のために、フィギュア界の後輩たちのための良い財産になるように、今後につなげていってもらいたい。

●表彰台の3選手は、誰もが金メダルに相当する内容 女子シングルはフィギュア史に残る名勝負  
 表彰台に立った3選手は誰が金メダルを獲得していてもおかしくありませんでした。いずれも遜色ない。素晴らしい滑りでした。メダルの色を分けたのは、わずかな勝負のアヤだけで。金メダルに輝いたソトニコワと、銀メダルとなったキム・ヨナとの差をあげるとすれば、ソトニコワのほうがより難しいことをやってみせたことくらいです。前回のバンクーバー大会のときより、ジャンプの回転不足による減点が緩和されて、1/4~1/2回転の不足だったら基礎点の70%がもらえるようになった。そのルール変更を利用して、ソトニコワは難しいことにチャレンジしていたけど、キム・ヨナの演技は4年前と変わらないレベルだった。それくらいの違いしかありませんでした。


 ロシア・スケート連盟の意図したところかどうかは分かりませんが、団体戦ではユリア・リプ二ツカヤに出番を奪われ、ソトニコワには出場機会すら与えられなかった。今年1月のヨーロッパ選手権でもリプニツカヤが初優勝。後輩に先を越されて、忸怩たるものがあったはずです。そういう思いを、ソトニコワは見事シングルで爆発させてみせた。フリーのジャンプでミスが1度あったものの、全体としてひじょうによく頑張っていました。

 結果的に、ソトニコワ、リプリツカヤという2枚の切り札を使い切って、ロシアは、過去に手にしたことのなかった女子のシングル、そして五輪史上初の団体戦、地元開催の五輪でふたつの金メダルを獲得することに成功しました。エフゲニー・プルシェンコの欠場で、男子のシングルは不出場に終わったことなど誰も覚えていないほど、綺麗に消し去ってみせたのです。

 銀メダルだったキム・ヨナの出来も素晴らしかった。バンクーバー五輪のときと同じく、SP、フリーともノーミスでした。4年前と同じレベルの演技をしたと言いましたけど、それがどれほど困難なことなのか。ひとりのアスリートが世界最高峰のレベルを4年間維持してみせたのです。この変わらない強さこそが、キム・ヨナの真髄なのでしょう。フリーの演技を終えて、自分が金メダルではないと分かったとき、彼女は「キス&クライ」で笑っていました。大会前から公言していたように、金メダルにはこだわっていなかったからこそ、できた笑顔だったのかもしれません。が、彼女が浮かべた、あの表情には「自分にできることはやり切った」といった、ある種の清々しさがありました。

 3度目の五輪で初めてのメダル獲得となったカロリーナ・コストナー(イタリア)は、シングルのSP、フリーだけでなく、団体戦でのSPを入れた全3回の滑走を、3回ともパーフェクトにやってのけました。しかもシングルの構成は、団体戦のときより、さらに一段レベルの高いことをやった上でのノーミスでしたから、価値があります。これまでの彼女は良い滑りはするのだけど、2日間は続かないイメージの選手でした。それが27歳になっての大舞台で、最高の滑りを続けて披露してくれた。ひじょうに熱いものを感じました。

 じつは、第2グループの最後に浅田があれほどの滑りを見せたことで、アリーナ内の空気は一変していました。整氷作業が終わってもなお、場内には浅田の演技の余韻が残っていたのです「これは第3グループ、そして最終グループの選手たちに、かなりの重圧になるんじゃないか」。そんな予測をして見ていたのですが、最終滑走グループの選手たちはものともせずに、次々と自分たちにできる最高レベルの演技をしていきました。男子のフリーが金メダル争いと銅メダル争いのふたつの重圧のなか、ミスが少なかったほうの勝ち。言わば「ミス合戦」になったのとは、対照的でした。今回ソチでくり広げられた女子シングルのフリーは、浅田の名演技とともに、おそらく今後長く語り継がれることになるでしょう。五輪フィギュア史に残る名勝負でした。

PHOTO : By Atos International [CC-BY-SA-2.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0)], via Wikimedia Commons