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佐野稔のフィギュアスケート4回転トーク/日本勢表彰台独占も!ソチ五輪直前展望

●羽生は金メダル本命 注目は「ジャンプの精度」
 いよいよソチ五輪の開幕が近づいてきました。日本のフィギュアスケートの歴史のなかで、これほどまで表彰台への期待、しかも金メダルや複数メダルの期待が高まって迎える五輪は初めてです。まさに最強の日本勢です。そこで、まずは日本勢の男女個人6選手の注目ポイントから話していきます。

羽生結弦は日本のみならず世界的に見ても、今大会の最重要人物。ズバリ本命です。イギリスのブック・メーカーも、羽生のオッズ(掛け率)を一番低くしていると聞きました(笑)。そこまで高く評価されている理由は、何と言っても昨年12月のグランプリ(GP)ファイナル優勝です。あの‘絶対王者’パトリック・チャン(カナダ)を破っての優勝。しかも、チャンが失敗したり自滅をしたりして、運よく転がり込んできた1位ではない。内容と結果で、堂々チャンを上回ってのGPファイナル制覇でした。本人の掴んだ自信、あるいは、チャンを破ったイメージを世界に発信できたこと、ジャッジへのアピールといったさまざまな点で、あの勝利の意味は小さくありません。

 羽生について、私が注目するポイントは「ジャンプの精度」です。GPファイナルでも、その後の全日本選手権でも、フリー冒頭の4回転サルコゥには失敗しています。それでも高得点を出しているとはいえ、ソチ五輪本番ではショート・プログラム(SP)、フリーとも、少なくともGPファイナルのときの精度でジャンプを跳ぶことが、金メダル獲得の条件になるでしょう。

●日本男子3選手が万全なら、表彰台独占の可能性も
 髙橋大輔の場合、まずはコンディションです。右脚のケガのため仕方なかったとはいえ、全日本選手権では不甲斐ない演技をしてしまった。それでも、技術、経験、精神力、どれをとっても、彼が日本の第一人者であることは間違いありません。髙橋が自分本来の演技、髙橋らしい演技ができたならば、当然メダル圏内に入ってきます。

 この五輪を前にして、町田樹はコーチの人数を絞り込みました。全日本選手権までは3人体制でしたが、それを大西勝敬コーチひとりにした。五輪では帯同できるコーチの人数が限られますから、おそらく自分のよりやりやすい環境をつくりたかったんだと思います。そのことで、いっそう伸び伸びと演技のできる可能性があります。23歳での五輪初出場ですが、自分の力を安定して発揮できれば、彼もまたメダルに手の届く実力の持ち主です。

 羽生、髙橋、町田の3選手が、それぞれ自分の持てる能力を発揮して、思う存分に演技することができれば、日本男子表彰台独占……そんな偉業も、けっして夢物語ではないと、僕は思っています。


●浅田の金メダルはトリプル・アクセルと、佐藤コーチの決断が鍵!? 
 続いて女子ですが、浅田真央の金メダル獲得はSPとフリーで、トリプル・アクセルを3回成功させるかどうか。それに尽きます。「浅田真央=トリプル・アクセル」。トリプル・アクセルを成功させて獲る金メダルでなければ、自分にとっては意味がない。それくらいの強いこだわりを彼女は持っています。
 いまできる最高の演技に挑戦する。そして勝つ。それこそが浅田真央なのでしょう。ぜひ競技生活の集大成にふさわしい、悔いのない演技をしてもらいたい。

 ただ、今シーズンの浅田の繊細なスケーティング技術や表現力をもってすれば、展開によってはトリプル・アクセルを回避したほうが、より確実に金メダルを手にすることができるような状況が訪れるかもしれません。そうしたときに注目されるのが、佐藤信夫コーチの存在です。ライバルたちの動向、浅田の仕上がり具合やモチベーション、あるいは浅田本人にとって何が一番大切なことなのか…。トリプル・アクセルに挑戦するか否かを判断するための材料は、あまりに多過ぎます。難しい決断になるでしょう。もし仮に、そうした状況が訪れたとしたら、これはもう百戦錬磨の名伯楽、佐藤コーチにお任せするしかありません。今回の金メダルの鍵を握っているのは、案外佐藤コーチなのかもしれません。

●重圧をプラスに換えて、ぜひ全日本選手権の再現を。
 鈴木明子と村上佳菜子に期待するのは、昨年12月の全日本選手権の再現です。ふたりとも、押し潰されそうになる重圧を、五輪に懸ける強い意欲で跳ね除けて、ミスのない素晴らしい演技をみせてくれました。それこそ日本じゅうの人を巻き込んで、重圧をプラスに転換することに成功しました。

 やはり五輪というのは、特別な重圧の掛かる大会です。ですけど、その重圧をうまく自分に取り込んでしまえば、より大きな力を発揮することのできる大会でもあります。大会が大きくなればなるほど、重圧も大きくなります。その分、それをプラスに換えることができたときは、発揮できる力もそれだけ大きくなるわけです。鈴木と村上は、全日本選手権でそのことを体験したはずです。ぜひ、あのときの体験をよい経験にして、ソチの舞台で再現して欲しい。それができれば、男子同様、女子にも表彰台独占の可能性があるのではないでしょうか。

●男子はチャン、フェルナンデス、アボットがライバル 気になる存在はレイノルズ
 日本勢のライバルを考えたとき、男子でまず名前の挙がるのは、パトリック・チャンです。以前もお話しましたが(※)、軸のブレる癖があり、唯一の弱点と言えたトリプル・アクセルへの苦手意識を、今シーズンはしっかりと克服できている。くり返しますが、羽生に敗れたとはいえ、GPファイナルの演技も悪くはなかった。トータルで見れば、チャンが世界の頂点を争う選手であることに変わりありません。

 そして、2種類の4回転ジャンプが武器のハビエル・フェルナンデス(スペイン)。GPシリーズでの演技は本調子に程遠かったけど、スペイン代表の枠は、ほぼ彼で確定していたから、焦らずに五輪本番に向けて調整していた。まだ本気を出していなかったという見方もできます。あとはジェレミー・アボット(アメリカ)。日本ほどではなかったにせよ、アメリカの代表争いもひじょうに激しいものでした。28歳でその激戦を勝ち上がってきた彼が、自分の演技をキッチリとしてきたら、間違いなく上位に喰い込んでくるはずです。

 個人的にはデニス・デン(カザフスタン)に注目していたのですが、先日行われた四大陸選手権の演技などを見ていると、今シーズンはあまり良い状態ではなさそうです。ロシアの若手のマクシム・コフトゥンのことも楽しみにしていましたが、今年1月になってからエフゲニー・プルシェンコの代表入りが決まり、今回の五輪には出場しなくなってしまいました(ロシアの男子シングルの代表枠は1)。

 実績からすれば、大穴と呼ぶのは失礼ですが、僕が気になる存在はケビン・レイノルズ(カナダ)です。今シーズンはケガのため、GPシリーズを欠場。主だった国際舞台にも顔を見せていません。昨シーズンの四大陸選手権では、3度の4回転ジャンプに成功したほどの選手だけに。どんなプログラムで登場してくるのかを含めて、ひじょうに予想のしにくい存在です。

(※)佐野稔のフィギュアスケート4回転トーク/グランプリ・シリーズ総括&グランプリ・ファイナル直前展望 参照


●女子はキム・ヨナ&米・露の若手勢がライバルか
 女子では、やはりキム・ヨナ(韓国)が、日本勢最大のライバルです。今年1月の韓国選手権の得点は、いくらなんでも高過ぎるだろうといった声もありますが、その構成や演技内容を見ると、彼女が優勝した昨シーズンの世界選手権のときと遜色ありません。実際に生で間近に見ると分かるのですが、やはり彼女の演技は質が高い。ジャッジ席で見たときの印象は、さらに凄いはずです。また、報道されているコメントなどを聞くかぎり、それほど五輪2連覇にはこだわっていない様子をうかがわせています。前回女王の余裕なのでしょうか。あるいはその逆で、重圧を避けるため、自分からは注目をそらしたいのかもしれませんが……。五輪を前にしても、あまりに平常のままでいる姿には、彼女のスケールの大きさを感じさせます。

 そのほか強敵になりそうなのは、グレイシー・ゴールド(アメリカ)。そして、アデリナ・ソトニコワ、ユリア・リプニツカヤ(いずれもロシア)のハイティーン勢です。3人とも潜在能力が相当に高い。ゴールドとソトニコワの3回転-3回転のコンビネーションジャンプ。リプリツカヤの柔軟性は、それだけで武器になるほどの魅力があります。しかも、ロシア勢のふたりについては地元開催ですから。五輪本番に近い環境で合宿もできたはずですし、会場である「アイスバーグ・スケートパレス」の氷に慣れているだけでなく、舞台裏まで知り尽くしている。そんな些細なことでも、こうした大きな舞台では有利に働きます。彼女たちの若さが良い方に働けば、それまでにしたことのないような演技を、五輪本番でやってのける可能性を秘めています。

●世界初の団体戦、まったく予想のつかない展開に
 ソチ五輪の注目すべきポイントに、男子シングル、女子シングル、ペア、アイスダンス4種目で争う団体戦があります。これまでにも、09年から日本で開催されている国別対抗戦はありましたが、今回のように、団体戦と、男女のシングル、ペア、アイスダンスを、ひとつの同じ大会のなかで実施するのは、初めてのケースです。しかも観る人たちの興味や関心を、より惹きつけたいのでしょう。ISU(国際スケート連盟)は、ギリギリまで団体戦のメンバーを発表しないよう、各国のスケート連盟に通達しています。いまのISUには、ずいぶんと「商売上手な」人がいるものだなぁと、ある意味感心します(笑)。すでに参加資格のある10カ国の駆け引き、腹の探り合いが始まっています。

 その一方で、この団体戦が、シングルなどのそれぞれの種目にどんな影響をもたらすのか。正直、まるで想像がつきません。たとえば、団体戦が終了してから女子のシングルが始まるまで、スケジュールが10日間空きます。日本の女子選手たちはその間に、ロシアの隣国アルメニアで合宿をするそうですが、この期間での調整が、シングルの勝敗を左右する可能性があります。

 各国の代表選手があらかじめ「アイスバーグ・スケートパレス」のリンクで、団体戦を経験できることで、各種目になったときの開催国のホーム・アドヴァンテージは、従来の五輪より小さくなることも考えられます。極端な言い方をすれば、各種目の直前リハーサルのような感覚で、団体戦にのぞむつもりの選手がいるかもしれません。

 また、団体戦で行うシングルについては、SPとフリーに出場する選手が別々で構わないのですが、ロシア男子のプルシェンコのように、シングルの出場枠が1つしかない国の選手は、団体戦と個人戦のシングルそれぞれでSP、フリーと、合計4回滑らなくてはなりません(ただし、団体戦はSPを終えた段階で、上位5か国だけがフリーに進める。フリーに進めなかった場合は団体戦のSP、個人SP、個人フリーの3回滑走)。体力的にかなりハードな要求をされています。

 参加するすべての国が初めてのことばかりで、条件は一緒だと言えるのかもしれません。が、いずれにせよ、この団体戦の導入によって、思わぬ波乱がまきおこる五輪になるかもしれません。