われ敗れたり-コンピュータ棋戦のすべてを語る
著者:米長邦雄
出版社:中央公論新社
価格:¥1,404
2012年1月、コンピュータ将棋ソフトとの対局に敗れた米長邦雄永世棋聖の全手記。平易な言葉で書かれているが非常に興味深い一冊。チェスではすでに97年、世界チャンピオンが敗れ、そのルーティンが組み込まれ将棋ソフトが大きく進歩したことや、人間相手とコンピュータ相手の対局の違い、自分の将棋を貫くのか相手に合わせるのかなど、興味をそそられる事柄は多いが、驚嘆すべきは著者が対局の9カ月前から対局中までの戦略戦術から思考、感じ方、すべてを記していることである。コンピュータよりも自らが弱いと認識し作戦を立て、自己の弱点を明らかにし、そして敗因をも詳細に分析していく。どの競技においても(言うまでもないが、将棋などのボードゲームもスポーツ(遊び)の一種である)、選手の多くは終わった試合を事細かに聞かれることを嫌う。手の内を見せ、自分をさらけ出すことになるからだ。しかし、どんな試合でも戦った本人の解説ほど面白いものはない。ましてコンピュータ相手に負けた試合を著した本書は、面白い上に貴重と言っていい。さらに興味深いのは、対局を前に著者は将棋盤の前に座る相手(コンピュータの指示通りに駒を指す代理人)を慎重に選び、その相手が勝負を左右すると断言する。まさに将棋も他のスポーツ同様、肉体を必要としているという証左である。