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どすこい土俵批評⑥初場所展望:期待を裏切り続けてきた稀勢の里は変身するか?!(荒井太郎)

「(優勝回数を)30回という大きな数字に確実に乗せていきたい」と、白鵬が、千代の富士以来となる24年ぶりの大台突破を新年の目標に掲げれば、先場所優勝の日馬富士は「10回目の優勝を目指します。夢ではなく目標です」と、今年は年4回の賜盃を宣言した。先の九州場所では千秋楽相星決戦を演じた両横綱だったが、いずれも稀勢の里には完敗を喫している。

 特に日馬富士は5連敗中だ。最大の武器である突き刺さるような鋭い立ち合いが、なかなか通用しなくなってきた。内容的にも圧勝を許しており、対戦成績や番付とは裏腹に地力の差すら感じさせる。

 一方の白鵬も、先場所の敗戦後には「特に今年から力をつけてきたのは事実」と、率直に強さを認めている。27回目の優勝を決めた9月場所も「実力者の稀勢の里関に勝って満足です」とコメント。最近のインタビューでは、最大の好敵手の名を口にする機会がとみに増えた。5月場所以降の両者の対戦成績は2勝2敗の五分だが、内容的にはむしろ押されていると言っても過言ではなく、角界第一人者もそのあたりは肌で実感しているに違いない。

 その稀勢の里が平成26年最初の場所で綱取りに挑む。北の湖理事長は「13勝以上の優勝」という条件を示した。自分の相撲さえ取り切れれば、実力的にも十分可能な数字だと見た。

 冬巡業では全5日間を通じて稽古で相撲を取ることはなく、体育館の隅で立ち合いの確認を入念に行うなど、独自調整に終始した。これは稀勢の里にとっては極めて異例なことである。

「しっかり体を作っていこうということで、前から決めていた。(申し合いよりも)それ以上のものがありますから」と自信たっぷりに語った。初の綱取りだった7月場所は、場所前の出稽古で右足を負傷。「皆さん(報道陣)のおかげで緊張した」と初めての経験が、平常心に少なからず影響を及ぼしたことを暗に認めた。プレッシャーを払拭しようと、逆にオーバーワークとなってしまったようだ。


「何をやってもプレッシャーから解放されることはないと思います。悔しさは土俵の上で返すしかない」。前回の失敗がいい教訓になっている。

 しかし、年が明けて二所一門の連合稽古では平幕相手に苦戦するなど、精彩を欠いた内容に終始。「この1週間で調子を上げて、もっと精度を高めていきたい」と語っていたが、果たして…。

 これまでは期待をすれば裏切られ、の連続だった。昨年は“あと一番”という大事な相撲をことごとく落としてきた。5月場所は千秋楽に勝てば、優勝決定戦進出の可能性があり、翌7月場所も千秋楽に勝っていれば綱取り継続だったが、いずれも琴奨菊に完敗したことは記憶に新しい。

 最大のヤマ場を乗り切った後のポカに、周囲は大きく失望したものだが、先場所は違った。両横綱を撃破して迎えた千秋楽の鶴竜戦は苦戦したものの、慌てずに我慢の末の勝利。2度目の綱取りに挑む大関の成長が垣間見えた場面だった。

「いい経験をした1年だった」との言葉には実感がこもる。綱取りの大きなポイントとなってくるのは序盤戦。白鵬戦で見せる厳しい立ち合いがコンスタントに出せれば、課題だった取りこぼしもおのずと解消されるはずだ。横綱戦は最低でも星の差1つ以内で迎えないとチャンスはない。

 機はもう熟した。番付発表後に所属する鳴戸部屋が、田子ノ浦部屋に名称変更。暮れも押し迫った時期に部屋が引っ越しを余儀なくされるなど、土俵外は慌ただしかったが、今は精神的にはスッキリした形で場所を迎えられるはずだ。年明けとともに、期待を裏切り続けてきた男の逆襲が始まろうとしている。